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 俺はこの晩、ガラージュ公国からの帰路で初めての一人寝に甘んじていた。これまでは野営で夜を明かしていたから、毎晩姫さんと一緒の天幕で横になっていた。


 もちろん別の敷布で、だが。


 姫さんが怪我をしたあの日、俺が艶やかな黒猫姫さんに魅せられて腕に抱いて眠ったのは、あれはまぁほんの出来心だ。

 しかしまぁ、中身はいい大人なんだからいいっちゃいいんだよなぁ。


「……しかしあの成りの姫さんを組み敷くのってなんか犯罪チックじゃねーかぁ」


 ごろんと寝台に横たわる。夕食前の一時、腕に抱いた姫さんの細さと真白い肌、黒く輝く黒曜石の瞳を思い出せばしらず高揚する。

 俺はたぶん、姫さんのあの告白をこそ待っていた。姫さんの凛としなやかなその人となりに、ある種の敬意を抱いていた。


 けれど姫さんは、やっとドルーガン王国の成人である十五を数えたばかりの若い身空。倍も歳のいった男が成人と同時の女に手を出すというのは、あまり外聞のいいもんじゃない。

 しかも姫さんの外見は小柄なのと彫りの浅い童顔で、十五より余程幼げに見える。


 俺がまさか人様に顔向けできない趣味嗜好だなどと考えたくもなかったが、姫さんの中身が大人の女とあっちゃ話は別だ。


 間違いない、俺は姫さんのその人となりに惹かれているのだ。 


「アスラン将軍、その発言は激しく誤解を招く恐れがありますので私以外に人の耳の在るところでは控えるがよろしいかと」

 セリュートの声音がずいぶんと刺々しい。


「なんだよ。随分とつれねーじゃねーか?」

「しりません!!」


 我が補佐官は虫の居所が悪いようで、少し乱暴にバタンと扉を閉めて自室に下がっていった。


「なんだぁ?」

 

 いつだって冷静沈着でそつのないセリュートにしちゃ、珍しい事もあるもんだ。セリュートの消えた扉を眺めながら、俺は一人首を傾げていた。


 将軍である俺の補佐官に最年少で就任したセリュートの能力というのは伊達ではない。セリュートの貴公子然とした優し気な風貌に騙されれば、痛い目を見る事になる。

 穏やかなセリュートは、しかし一度剣を握ればその雰囲気が一変する。

 武に優れ、知略に長ける。セリュートというのはまさに、軍部を背負って立つに相応しい人材なのだ。


 ……うん? 待てよ!?

 ここでふと、俺は思い至った。


「軍部を背負って立つのはセリュートじゃねぇ、将軍である俺だろが!」


 宿の一室に、俺の雄叫びが反響した。


 そうしてその晩は、黒猫になった姫さんにいいように遊ばれる夢でもって、悶々と唸りながら眠る羽目になった。




 ドルーガン王国の領内に入ればもう、王都は目前だ。


「ミーナさま、最初が肝心だろ? 王宮に着きゃ多くの人の目があんたに行くよ。そん時に見てくれってーのは思いの外大事になってくんのさ」

 トルテッタは至極まっとうな事を言ってのけ、朝から姫さんにドレスを着せ付けて食堂に現れた。


「へー、上手く着せ付けたもんだな」

 実用重視の姫さんがガラージュ公国からドレスを持って来ている訳がない。そうすると、そのドレスは必然的にトルテッタが宿周辺で手に入れた物になる。

 小さな集落で子供用のドレスなんかは手に入らないから、一晩でトルテッタが姫さんの体形に合わせて手を加えたんだろう。それに物の無い中で、なかなかに良いチョイスをしたと思えた。

 ハイウエストのプリンセスラインは小柄な姫さんを大きく見せて、真白い肌との対比が眩しい濃紺の深い色味が、姫さんを神秘的な佇まいに見せていた。

 可愛いのにどこか艶のある、そんな仕上がりだ。

 俺の台詞にトルテッタは満更でもない様子で胸を張っていた。


「ねー、トルテッタ。これじゃ馬に横座りしなきゃならなくない?」

 心配そうに姫さんがトルテッタの袖を引いた。

「大丈夫さ! アスラン将軍がしっかり支えてくれるだろうから、ミーナさまは寄りかかってりゃじき王宮に着いちまうさ」

 お、流石トルテッタは分かってる。

「えっ? 今日もトルテッタが一緒に乗っけてくれるんじゃないの?」

 不満を滲ませて姫さんがトルテッタを見上げるのが気に食わない。

 なんだ? 俺との相乗りが不満だとでも言うのか?


「さっきも言ったろ? 最初の印象は肝心なのさ。料理女と相乗りしててもなーんもなりゃしない。アスラン将軍との相乗りってのが、ミーナさまの皇女としての格を知らしめるのに打ってつけさ。ま、たまにあたしみたいな阿呆が嫉妬を燃やしたりもするだろうけどさ」

「えっ? トルテッタが私に嫉妬? あり得ないよ~」


 カラカラと笑って見せる姫さんは全く無邪気なもんだ。ともあれ、姫さんも一応の納得を見せたのか、これ以上言い募る事はしなかった。



***



 私は再びアスラン将軍との相乗りに甘んじていた。しかも裾の広がるドレスのせいで、ここに来てまさかの横座りだ。


 なんとか一人でバランスを取ろうと頑張るのは、早々に諦めていた。よって今は、ぶ厚いアスラン将軍の胸にどっかりと肩を預けて楽ちんに凭れ掛かっていた。

 上からアスラン将軍の不平不満は聞こえてこないから、まぁいいという事なんだろう。


「もうじきに王宮だ。高台に一段高い中央尖塔が見えるだろう? あれは王宮の一部だ」

 結構な距離があるのにもう尖塔が見て取れる。ドルーガン王城は随分と大きい城のようだ。


 そうして私達が進む道も剥き出しの土から、舗装された道路に変った。周囲には民家や商店、人々の生きた暮らしがみてとれる。

 人々は私達が通れば、必ず足を止めて見上げた。そして十人中十人が称賛の声を上げるのだ。


「アスラン将軍、万歳!」

「アスラン将軍がご帰還だぞ!」


 公表された凱旋ではないから出迎えのパレードこそ無いけれど、行きあった皆が思い思いにアスラン将軍を称えて歓声と拍手を送る。

 ガラージュ公国では強制された賛辞以外を軍列に投げかける事などなかった。それだけ人心は公国から離れていたという事だ。


「なぁ、将軍が抱くお姫さまは一体誰だい?」

「さぁなぁ?」


 アスラン将軍を称賛した後に、必ず同じ台詞が聞こえる。

「……アスラン将軍、もしかしてこのドレスのせいで逆に目立ってませんか?」


 よくよく考えれば私は存在を秘された皇女。むしろトルテッタと同じような恰好をして、後方からひっそり付いていけば、誰一人目を留めなかったのではないか?

「ま、それはそれだ」

 !

 ニヤリとしながらもたらされた返答に私は一人、ガックリと肩を落とした。



 そうしていくらもしないうち、一行はドルーガン王国の王宮に辿り着いた。

 アスラン将軍は王宮正門で馬を止め、丁寧に私を馬上から抱き降ろした。相変わらずゆらゆらと体が揺れる感覚がしたけれど、アスラン将軍がしっかりと腰を支えてくれたおかげで、醜態を晒すには至らなかった。


「アスラン将軍、此度の戦勝、一同心よりお喜び申し上げます」

「其方らの後方支援があってこその勝利だ。大儀であった」


 アスラン将軍は方々から掛けられる祝賀の言葉に、常の砕けた態度とは打って変わった丁寧な応対を披露した。

 その威風堂々とした凛々しい姿に、ドキリとした。腰を支えるアスラン将軍の腕が妙に熱く感じて、そわそわと落ち着かなかった。


「アスラン将軍、どうぞこちらへ。陛下が首を長くしてお待ちでございます」

「うむ」


 そのまま私達は、待ち構えていた先達の案内で王宮内を進んだ。

 アスラン将軍と並び、絨毯敷きの回廊を進む。ドルーガン王宮は質実剛健、ガラージュ宮殿よりも装飾が抑えられて堅牢な印象だった。

 

 そのまま回廊を奥へと進み、突き当りになった一際重厚な両開きの扉の前で、先達は足を止めた。

 見上げる高さの扉の両脇には近衛兵が控えており、私達を目にするや敬礼し、真鍮のハンドルをそれぞれに取って引き開ける。

 私は緊張にゴクリと喉を鳴らした。

 この扉の先にさて、鬼が出るか蛇が出るか……いや、出てくるのは国王陛下だ。


「お進みください」

 先達が丁寧に腰を折り、私達を室内に促す。

「ご苦労」


 アスラン将軍はスマートに労いの言葉を残し、私を促して室内に進む。


「ご、ご苦労様です」

 

 私が慌てたように振り返って伝えれば、先達と近衛兵は一瞬驚いたような顔をして、けれどすぐに丁寧な礼を返してくれた。





 扉が閉ざされると、待ち構えていたように奥から豪奢なマントを翻して美丈夫が現れた。


「ほぅ、美しい娘さん? 戦勝の功労者、アスラン将軍がその胸に抱いて連れ帰った其方は何者かな?」


 夕刻の茜色にも負けないキラキラと輝く金髪。アスラン将軍とよく似たコバルトブルーの瞳。体格こそアスラン将軍に及ばないけれど、王者の風格というのだろうか、圧倒的な存在感でその人は立っていた。


「お初にお目にかかります、ドルーガン国王陛下。私はガラージュ公国第三皇女ミーナと申します」


 幽閉皇女は正式な作法なんて習った事も無い。けれど、敗戦国の皇女である私はきっと最大限に敬意を示して頭を下げるのが正解。私はスカートの端を摘み上げ、深く膝を折って頭を垂れた。


 頭を下げたまま、続くドルーガン国王の言葉を待った。


「へぇ、公式には存在しない第三皇女だと言うのかい? それは君の容姿と関係があるの?」


 流石にドルーガン国王は察しがいい。ガラージュ公国よりは色素の濃い人々が散見されるドルーガン王国だけれど、やはり黒髪黒目を両方に持つ者はいない。


「はい。私の黒髪黒目は異端にございますれば」

「こんなに綺麗なのに? なぁアスラン?」


 数歩分の距離を空けて対峙していたはずだったのに、その声が予想外に近くから聞こえた事に少し驚く。


「顔を上げよ」


 しかし乞われれば無下にも出来ない。ゆっくりと顔を上げれば、っっ!!


 上げた顔の間近、鼻先が触れあいそうな距離にドルーガン国王の顔があった。

 いつの間にかドルーガン国王その人が私の目の前にしゃがみ込み、まじまじと私を覗きこんでいた。


「カルバン! 顔、近けぇ!」


 驚く私の隣、アスラン将軍が不敬にもドルーガン国王の額をグイッと押しやる。


「おっと、なんだアスラン? お前がそんな風に独占欲を剥き出しにするなんて珍しいじゃないか?」


 バランスを崩して後ろに仰け反ったドルーガン国王は、なんとか体勢を持ち直して立ち上がると、肩を竦めて見せた。


「うるせー」

 ドルーガン国王はアスラン将軍の言葉に怒るでもなく、くつくつと喉の奥で笑いながら、また私に視線を向けた。


「まぁいいさ。ミーナ姫といったか、私はドルーガン国王カルバン。君の処遇を話し合おう。おいで」


 くるりと背を向けたカルバン王は、すたすたと奥の応接ソファに進む。カルバン国王は革張りのソファにどさりと腰掛けると長い脚を組んで、その膝上に肘を突いて私を見上げた。


「適当に座ってくれ」

「失礼します」


 促され、向かいに座る。アスラン将軍も、私の隣に座った。


「ミーナ姫、貴方を野放しに出来ないのは分かるな?」


 そうしてカルバン王からもたらされたのは、もっとも過ぎる台詞。


「はい、承知しております」


 艶然とした笑みを浮かべるカルバン王は美しいのに、何故か末恐ろしい。


「……ミーナ姫、君の処遇を決めた。今後、君は私の義妹になる。お義兄様と呼んでくれていい、歓迎するよ」


 ……だめだ。斜め上を行き過ぎるカルバン王のテンポに、どうしたって着いていける気がしない。


「ははっ。分からないかい?」


 そりゃ、分からない。


「どうも理解力が乏しいようで、申し訳ありません」


 一応殊勝な態度で下手には出てみるものの、私は十中八九悪くない、はず。

 ……ん!?

 小首を傾げてふと隣を見上げれば、般若!? 何故かアスラン将軍が鬼の形相でカルバン王を睨んでいた。なんで!?


 向かいに座るカルバン王も、当然気付いているのだろう。しかしクツクツと肩を震わせて、どこ吹く風だ。


「そう、じゃあヒントをあげよう。これはトップシークレットだが、アスランは先の国王の落とし胤さ」


 !!

 あっさりと告げられた後半の台詞に目を剥いた。

 アスラン将軍が王弟……! 告げられた荒唐無稽は、しかし冗談と一蹴できない。

 正面に見るカルバン王の双対は最初にもった感想の通り、アスラン将軍の瞳によく似ている。いや、似すぎている。

 深く気高い、吸い込まれそうなコバルトブルー……。


 バクバクと、心臓が煩いくらいに鳴っていた。


「わかっただろう?」


 カルバン王の真意が見えない。けれど、彼の言う処遇と言うのは、……分かった。


「ってオイ!! ちょっと待てよカルバン!」


 私が口を開くより先、いきり立ったアスラン将軍がカルバン王に掴みかかろうかという勢いで詰め寄った。


「待てはこっちだ、アスラン。お前だってこのお姫さまに満更でもないだろう。このお姫さまを親子ほど年の違う男やもめにくれてやって、いいのか?」


 アスラン将軍の動きがピタリと止まる。


「ミーナ姫、貴方には王弟アスランとの婚姻を命ずるよ」


 低く重くカルバン王の言が響く。

 私は否やを唱える立場にない。これは戦勝国の王からの勅命。


「……謹んでお受けいたします」


 私の声は、存外しっかりしていた。

 衝撃は、もちろんあった。けれど悲痛な感情は、心のどこを探しても見つからなかった。


 それでも結婚とは相手のある事だから……。


 チラリと見上げれば、アスラン将軍はいまだ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 何故かそれが、胸に堪えた。言い渡された婚姻よりも、アスラン将軍の表情に、苦しさが募った。

 




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