類は友を呼ぶ…ってやかましい!!
夕方、家を出た。
待ち合わせは赤羽駅だった。
高校時代はこの周辺に通っていたが、常にバイト漬けで友達と遊んだり…なんていう青春は送れなかった。
だから、赤羽駅に来たのも初めてだった。
想像よりも賑わっていて、スーツ姿のサラリーマンたちが足早に改札を通っていく。
私は通行人の邪魔にならないように、広告の貼り出してある太い柱の側に移れば、改札の方をじっと見つめた。
すぐに気付けるのだろうか。
そんな事を思いながら今か今かと待ちわびた。
17時に仕事が終わって、それから着替えてから来ると言っていた。
待ち合わせは18時半だったが、私は18時前にはもう待ち合わせ場所に来ていた。
家にいると考えたくない事を考えてしまうからだ。
イヤホンを耳に入れ、ミュージックアプリを開く。
選曲は、中学時代に菅先生から教えて貰って、そこからハマってしまったロックバンドだ。
躍動的で爽やかで、だけど湿り気があって、刹那的な歌詞とメロディーが中学生の私の心にズドンと響いた。
それ以来、時期や時代により温度差はあるもののジンワリと私の中で定番になりつつある。
私の好きな曲のサビに差し掛かる瞬間、LINEの通知音で入りを邪魔された。
カラオケもそう、お風呂の時の鼻歌もそう、今現在この瞬間もそう。
曲のサビの入りを邪魔されると、ほんの少し気分を害されるのは何故なのだろうか。
そう思いつつトーク画面を開けば、その害された気分は急に桃色に変わるようだった。
ーー もうすぐ着きます。 ーー
菅先生からのLINEに心が踊った。
まるで好きな人から連絡が来て喜んでいる学生のようだった。
返信しようとした瞬間、今度は着信画面になり、応答しつつ周囲を見渡せば、ワインレッドのトレンチコートに身を包んだ長身の猫背が数メートル先に見える。
後ろを向いていて確信はないが、あの佇まいは7年前に幾度となく目で追って来たものだからすぐに分かった。
私は電話を片手にそっと背後から近付けば、隙だらけの左腕に絡み付いてみる。
しかし反応は意外にも淡白なもので。
「ああ、よく分かったねー。」
その一言だけだった。
声はあの時のまま。
低くて、重くて、のんびりとした声。
顔はあの頃より少し老けた。
が、あの頃の面影しかない。
髪の毛も相変わらずふわふわ癖っ毛で、だけど教師らしく短くなっていた。
「そりゃそんなに背が高ければ分かりますよ!」
そんな当たり障りのない返しをしながら絡み付けた腕を解く。
「よく言われます〜。」
菅先生も当たり障りのない返しをすれば、並んで歩き出した。
「予約している店の開店時間が18時半なんですよ。」
「あ、そうなんですか。じゃあまだ時間ありますね…。」
「つーか、着くの早くね?」
「楽しみにしてますってLINEで言ったじゃないですか!」
そんなやりとりをしつつ、中学生時代を思い出す。
あの頃の自分と同じような自分に戸惑う。
心配していたような事はない。
寧ろ、やっぱり好きだという感情がむくむくと育っているのが分かった。
「開店時間まで30分近くあるんで、先に少し飲みます。」
菅先生はそういうと飲み屋の立ち並ぶ細い通りに入っていく。
居酒屋の勧誘が凄かったが、それに目もくれずに向かった先はビアバーだった。
そういえば、中学生時代にもビールが大好きだと言っていた記憶がある。
「ビール飲めますか?」
「…少しなら。」
そう答えたが、本当は少しも飲めない。
あの酸味と苦味がどうにも美味しいとは思えないのだ。
しかし何故だか、菅先生に嘘をついてまで好かれようとしている自分がいた。
店に入るなり、店主は菅先生を見て「お久しぶりです!」なんて笑顔を見せた。
どうやら顔馴染みの店らしい。
「僕はいつもので。」
「W-IPAですね。」
「はい。上川さんは何飲みます?」
「え…えーっと…。」
ビールなんて普段これっぽっちも飲まないのに、突然にビアバーなんて連れてこられて、しかもよく分からない英字メニューを見せられて、頭が混乱している。
私が困ったように菅先生を見つめれば、どうやら察したようで
「あんまり得意じゃないんだっけか?」
と聞いてきた。
「…う、はい。」
「酸味と苦味、どっちが苦手?苦味強い方が上級者向けだけど…。」
「よ、よく分からなくて…。」
「んー、そしたら女性向けはホワイトエールかなー。どう思います?」
菅先生は店のマスター(のような格好をしているから、よく分からないがそう呼ばせてもらう)にそう問えば、マスターもにこやかに
「そうっすねー、ホワイトエールだと…水曜日とかが飲みやすいんじゃないかなー。柚子風味のやつとかも女性人気あるんですけど…柚子は平気?」
なんてフランクに話しかけてくる。
「ゆ、柚子はあんまり得意じゃないです…。」
私がどんどん俯いて声が小さくなっていけば、菅先生は
「それじゃ水曜日のハーフで。」
と注文をした。
マスターがカウンターの中に入っていき、店内には私たち2人だけだ。
菅先生は一呼吸置いた後、「こういう店初めて?」と聞いてくる。
多分2人きりでこの間が居た堪れなくなったのだろうと感じた。
「はい…、そもそもあんまり外出とかしなくて…。飲み会とかも会社の人たちと安いチェーン店とかでやるので。」
「うわー、ないわー。」
「菅先生はこういうお店、よく来るんですか?」
「俺、クラフトビール好きなんですよ。特にW-IPAっていうのが。だから結構色んなビアバー行きますよ。」
そのタイミングでマスターがビールを持って来る。
私のグラスは細くて華奢で、菅先生のは大きくて寸胴なグラスだ。
中に注がれた液体は薄い黄金色で、反対に菅先生のグラスに入っているのは濃い小麦色の麦茶のような色のビールだった。
先生はそれを美味しそうに飲めば、私の反応を伺って来る。
私は意を決して一口飲んでみた。
今まで飲んできたビールのようなきつい酸味や苦味はなく、香りも華やかなそれは、今までのビールの概念を覆すものだった。
さっき先生が言っていた通り苦味の強いものが上級者向けなのだとしたら、これは苦味の少ない方の種類なのだろう。
苦味より酸味が強いタイプなのだとしても、この酸味は苦に感じるようなものではなかった。
「ん!美味しいです!!!」
自分が一番驚いて興奮すれば、先生も満足そうに頷く。
「そりゃ〜良かったです。」
そう言って自身のグラスを私に渡せば、こっちも挑戦してみる?…なんて言われる。
私はその甘い誘いを断れず、グラスを受け取れば一口飲んだ。
確かに私の飲んだビールより断然苦味が強いが、こちらもフルーティな香りがあって飲みやすい。
「あ、こっちも美味しいです!」
私が感動したように目を輝かせれば、先生は上機嫌だった。
「居酒屋チェーンは良いところは良いのかもしれないけど、全体的なレベルで言うとあんまりレベルが高くないと思うからね。
ビールはちゃんと飲むと美味いと思うよ。
あと、客層かな。激安チェーンとかは学生とか金の無いサラリーマンとかが多いでしょ。
そういうガヤガヤしたところよりも、こういう落ち着いた店の方が好きなの。」
お酒が少し入ったからか、先程よりも少し饒舌になった先生の話に耳を傾ける。
「じゃあ、また…連れてきてくださいね。」
勇気を出してそう言った。
「いいよ〜。」
あっさりとOKされて、拍子抜けだ。
私たちはそのまま軽く話しながらビールを飲めば、そのまま店を後にした。
気が付けば時間は18時半になる5分前だった。