7話 原稚奈
**** 原 稚奈 ****
前々日は新たな世界のはじまりを感じて嬉しくなり、眠れなかった。
昨日はこの世の終わりに直面して、眠れなかった。
今日は一瞬だが世界が消えた感覚に襲われた。
が、それも一瞬だった。
「ぬ……」
原稚奈が叫ぶ。
「ぬぁんで、上野さんがクビなんですかぁっ!」
「いっ⁉」
清原がその豹変ぶりに目を剥く。
上野真希が絡むと人格が変わるのは分かっていた。
原稚奈にとって神のような存在が上野真希だった。
「わたし、上野さんを追いかけてプロダクションを受けて、共演を聞いたときには本当に鼻血が出て、その日はツインティッシュでダンス練習したんですよっ!」
「そうなの、ですか」
清原は正座でかしこまって聞いていた。
「清原さん、社長に直談判させてください!」
話を聞いてもらえないかもしれない。
所属から外されるかもしれない。
でも、彼女がいなくなるのならしがみつく理由だってない。
「俺も社長にはお願いしましたが……」
「土下座してもダメだったんですか?」
「え、いえ土下座までは」
「じゃあやり方がぬるいんですよっ」座る清原のネクタイをつかみ上げる。「清原さん、さっき言ったことは本当なんですよね。過去に社長に今年度いっぱいまで上野真希の契約延長を取り付けたんですよねっ!」
「成果を出すという、じょ、条件付きですが……苦し……」
「その時の強気はどこ行ったんですかっ。わたしも一緒に行きますからもう一回お願いしに行きましょう!」
締め上げていたネクタイを離す。
「げほっ、げほっ……え、あの、原さん?」
「行きますよ!」
その時にはもう、右足の痛みは消えていた。
*
法定速度を守ろうとする清原を急かしに急かして事務所にやってきた。
「よ、良かった……」
「二〇キロ三〇キロのオーバーくらいなんですかっ」
冷や汗をたらし続ける清原に言う。
「いえ、俺もう点数がギリギリで」
「違反者がなにを今更。だったらもっと飛ばしても」
「減点は全部駐車違反です。マネージャー業には死活問題で」
「清原さんのタイミングが悪いんですよ」
「それを言われると身もふたもないですが」
「さあ、いきますよっ」
突き進んでいくと背後から、「まさかこんな子だったとは……」と、低い声が聞こえたような気がしたがスルーした。
玄関から入り、階段に足をかける。
さすがに相手が大物なので、少し脈拍が乱れている。
……でも、
「自分から動かないと、何も変わらない」
上野真希の曲にもあった歌詞をつぶやく。そして踏み出した。
「上野さん?」
「えっ⁉」
清原の声に反射的に振り返る。
視線の先をたどると、そこには本物の、上野真希がいた。
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