6話 上野真希
**** 上野 真希 ****
昨日の出来事があって事務所にいるのは居心地が悪い。
真希は人の少ないところを探して、裏口のドアの前にならぶ椅子の一つに腰を下ろす。
アパートよりはるかに高い天井を見上げていた。
「あ、マキちゃん!」
声の主は鹿屋メイだった。
「おー、メイ。ちーっす」
鹿屋メイは人気グループ【Maybe/Absolute】の一人であり、真希が昔組んでいたグループメンバーの一人だった。彼女たちは、人気が出てからはファンの出待ちがあるため、騒動を回避するために裏口から入るようになっていた。
「マキちゃん倒れたって聞いたけどケガはっ? 大丈夫っ?」
鹿屋メイが早口で訊ねる。
今朝、彼女たちのマネージャーから聞いたらしい。
「んーまあ。大丈夫」真希は肩をすくめる。「でもさ……いや、何でもない」
「どうしたの? 顔色も悪いし」
「あ、あははは。ライブのチケット代が返金になっちゃってね。またバイト増やさなきゃいけないなーって。あっはっはー」
たくさんのことを伏せた。
「あ、あのね、ハルちゃんも昨日のこと聞いて――」
「メイ」
その声と同時に、ドアの方から風が入り込んだ。
「ミスしてもへらへらしてるヤツと一緒に居たらヘタがうつるよ」
阿武川ハルカだった。
彼女はマスクにサングラス姿でギターケースを担ぎ、真希に顔を向けることなく横切っていく。
……何も知らないくせに。
「マスクにサングラスかぁ。もういっぱしの芸能人だねー」
「……」
ハルカはそれに反応することなく階段に向かっていく。
「会話する気ゼロだね。意識高いこと」
「ご、ごめんね。ああ見えて心配してるんだよ」
「ふん、どうだか」
さすがにあの言い方と対応は穏やかに流しにくい。
「私も行かないと。あとこれ」
と、メイは両手で包むように真希に渡してハルカの後を追っていった。
渡されたのはお守りだった。
――無病息災――
「……なんで、これ?」
紐も袋もやや汚れている。きっと自分にとって効果があったお守りをくれたのだろうか。
……と言っても、病気になってクビになった自分にはもう遅い。
「もう、会うこともないだろうし……」
三人で組んだ時期があった。だが、真希は外された。たちまち差が生まれた。二人の方が有象無象の世界から抜け出し、今では特に中高生女子から崇拝に近い人気を誇っている。
静かな事務所に、彼女たちの階段を上る足音が響く。離れていく足音は今の状況を表してると思った。
真希は上を向き、高い天井を仰いで手を伸ばす。伸ばした手はただ宙を掻くだけで、天井は届くことのない遠くにあって、貰ったお守りも自分のみじめさを示しているようで
――真希は黙ってそれを捨てた。
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