5話 清原太一
**** 清原 太一 ****
原稚奈の家についたころには、いくらか冷静になれていた。
それでもまだ真希のことで頭の中は嵐が吹き荒んでいる。
移動中に何度もハンドルを叩きたい衝動にかられた。しかし、言い過ぎた後悔と、関係修復の可能性の低さを考えてネガティブな思考に責め立てられる。
気を抜くと車が蛇行するので、制御することだけになけなしの集中力を割いた。
結果的には感情を抑えたままで到着することができた。
「えっと、この辺の……」
命じられた担当の原稚奈とは初対面ではない。
事務所の新人レッスンでその姿を見かけていた。
そして稚奈が参加するということで、あのライブに真希の出場も決めた。
清原は稚奈とリハーサル時に挨拶をして、一言二言の会話をしていた。
「おそらくここ」
見上げる家は小さな庭付きの一軒家。
「確か、彼女は高校生だったはず……」
他のマネージャーから、彼女は家にいると聞いていた。
平日の時間に家にいるということは、昨日の事故でけがをしたからという可能性も考えられる。
稚奈は最後に真希と交錯して、一緒にステージから転落した。
彼女はすぐに立ち上がったため救急車に乗らなかったが、本当は大きいケガをしていたのかもしれない。
ご両親への謝罪に、菓子折りの一つでも持参するべきだったと、手遅れな気づきにほぞを噛んだ。
「あ……清原さん、ですか?」
上の方から鈴の音のような透き通る声がした。
見上げると窓から、原稚奈が顔を出している。
「おはようございます」
「原さん、おはようございます」
「いま、玄関のかぎを開けますね」
そう言って稚奈は家の中に引っ込むと、少し間が開いて、こげ茶色に塗られた玄関のドアを、音を立てぬように静かに開けて全身を現した。フードパーカーを羽織り、ジャージのズボンをはいて、かばうように背後に曲げて浮かせる右首足には、白い包帯と湿布薬をのぞかせていた。
「その足はやはり昨日――」
「す、すいませんでした!」
清原が訊き終える前に、稚奈がおびえるような声を出して頭を下げた。
「わたしのせいでステージを台無しにしてしまい、上野さんにもとんでもないことをしてしまいました。あああ、あの、上野さんにお怪我はないでしょうかっ!」
待ち構えていたような謝罪と質問の連打に清原は、
「上野さんに外傷はありません。ステージも気にしないでください」
と告げてから、
「右足は昨日の時にですか?」と訊くことができた。
「わたしのはすぐ治りますから」
右足を左足の後ろに隠そうとする。
「ですがご両親も心配されたと思います。ウチの方からご両親に連絡は?」
「あの、長谷川社長から……直接いただきました。昨日の夜に」
知らないところで長谷川玲子は濃やかな心遣いをする。
「それに痛みが出たのは帰ってからなので、両親もそんなに心配してないですし、本当にすぐ治ると思うので。だからその……」
「いえ、きちんと労災の手続きをさせていただきます。あと、今後は私が原さんのマネージャーをすることになりましたので、その話もさせていただきたく、今日やってまいりました」
その言葉に稚奈は、はぁ、と抜けた返事をして首を傾げた。
「え? でも上野さんの方は……?」
その話をする前に、清原はしなければいけないことがあった。
「すいませんが、中に入って話をしてもよろしいでしょうか? 事務所のことなのでここでは」
「あ、すいませんっ」
稚奈は片足でぴょこぴょこと跳ねて、ドアに背中を張り付けるようにして通路を作った。
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