3話 清原太一
**** 清原 太一 ****
診断を告げた若い医師は冷静だった。
「芸能活動は控えたほうがいいでしょう」
「……そうですか」
真希の返事は、受け止めるというよりも流されようといった無関心さがあった。
側頭部にガーゼが貼られ、頭全体をネットで覆っていた。
短めのカールした髪が、大きなネットの間から飛び出ている。
猫背で丸椅子の上に腰と両手を置いて、どこか他人事のように医師の話を聞いている。
「んーでもさ、それは言いすぎでしょ。ちゃんと寝てりゃ、なんとかなったりとか」
抵抗もどこか中途半端だ。
それでも清原は、「そうです」と真希の加勢をする。
「そうもいきません」
医師も譲らなかった。
「この病気はちょっとしたことで突発的にやってきます。強烈な眠気に襲われて、それはどんな騒音下でも、どんな危険な場所であっても、平気で寝てしまう病気です。それが原因で大事故が起きた例もあります」
実際に真希はライブ中にふらついて共演者とぶつかり、ステージから転げ落ちた。
「んーまあ今日は共演者とぶつかったけど、ソロならそんなこともなくなるだろうし、やっぱりそれは言い過ぎじゃ……。あ、そうだ、アタシ別に寝たわけじゃないよ。眠気じゃなくって、なんだか急に体の意識だけがなくなったみたいな」
「失神に似た脱力ではないですか?」
「そう、それ。なんだか久しぶりに楽しいステージで、最後にめちゃくちゃ盛り上げてやろうって思ったら、急に力が抜ける感じだった。体は倒れても意識はあって、うん。体が動かなかっただけで、あれは眠気じゃない」
その回答に医師はやはり、と答える。
「それも症状の一つです。喜怒哀楽、どの感情でも極めて昂ると失神に似た脱力が起きます。情動虚脱と言いますがこれも症状のひとつです。だからこそ、芸能活動は自粛するべきです。これまでも似たようなことがあったのでは?」
「んー、居眠りはあってもその、キョダツ? みたいなのはなかったよ、うん」
「そうですか。ということは――」
医師はカルテに文字を記入しながら答えた。
「――そこまで感情を動かしてなかったということでしょう」
その返答に清原の方が胸の内にズキンとした痛みを覚えた。
一方の真希は、
「ああ、間違いないや~」
という返答で、痛みがさらに増した。
「もう来年の契約は無いよね~」
荷物を取りに戻った事務所のマネージャールームで上野真希はつぶやいた。
まあいいかというくらいの表情だ。それは真希の素直な気持ちだろうか。
「ゆっくり、治しましょう」
「治らないってあの医者が言ってたじゃん」
「真希さんなら、治せます」
発して、無責任な言葉だな、と思う。
しかし病は気からという言葉だってある。
「まあさ、いいんじゃないの。どうせお荷物だったしさ、アタシ。事務所的には不良債権を切る理由ができてよかったんじゃない?」
ぐらっと腹の奥が煮えるが、堪えた。
「そんなことないです。社長はきっと待ってくれます」
「まぁた、いい加減なことを」
「いい加減じゃありません」
「ここはそういうところ。いつの間にか消えてった子もいる。アタシのような不良債権を六年間も面倒見てくれてたことがすでに奇跡。んでもって、奇跡はそうも続くもんじゃない。いやー、ごめんねえ、もっと楽しい仕事したかったよね~」
「上野さん」
口が勝手に動いていた。
「そんな無気力な生き方で、幸せですか?」
言われた真希はソファーの背もたれに体を預けて口を半開きに、天井を見あげる。
「……どうだろうね~」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
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