13話 上野真希
**** 上野 真希 ****
人は簡単には変わらない。残念だけどこれは真理だと思う。
真希は自身の過去に積み重ねた怠惰を呪った。
歌が書けない、音が湧かない、絵が浮かばない。
つまり、どうしようもない。
稚奈の回復の間に曲を作ることとなった。年末のファン感謝祭は新人のピックアップ枠がある。メイン出演者は人気のあるタレント達だが、そこに出場条件を満たす者がネットに動画をアップして、その投票数で上位2組までがステージに立てる。
稚奈もその予選に出場するのだが、一年目はさすがに知名度が無さすぎる。
応募条件は、所属三年以内または二一歳まで。しかも予選参加は所属期間で一度しか認められてない。そのため、ほとんどのタレントは制限ギリギリで申し込む。
そこで稚奈は、一発逆転狙いで、オリジナル曲で勝負することにした。稚奈だけでなく、楽曲の良さも話題作りに乗せようと目論んだ。楽曲が悪ければ足を引っ張るバクチな作戦だが、知名度を考えれば仕方がないことだった。
……が、そこで稚奈がわがままを言いだした。
『上野先輩の作った曲がいいです!』と、大学ノートに筆談で訴えた。
……ノドが本調子でないとはいえ、筆談かい。
保証しないよとは言ったが、つい嬉しくなって真希は請け負ってしまった。
しかし、この体たらくである。
バイトの経験や芸能界の話を歌詞にしても面白くなかった。ブラック具合を告発したら笑えて売れるかもと思っても、それも書きあがるには至らない。
何をどう書いたらいいんだっけ。
感覚がさび付いている。
家の床に大の字に寝転がり、やってくる睡魔を病気のせいにする。
そんなことを繰り返すうちに、三日が無為に過ぎていった。
「……マキは、なにしてんの」
目を開けると、ハルカに見下ろされていた。
「いや、脳内作曲?」
書けなかった言い訳として、見えないところで活動していたことにした。
「っていうか、ハルカはなんでアタシの家にいんの。鍵どうしたの?」
「できなかった理由はもういい。ペン貸して」
相変わらずクールよね、あんた。
ハルカは質問に答えず、真希のノートをめくって歌詞を書き始める。
「ちょっとハルカ、何して──」
「それはこっちのセリフ」その声には怒気が滲んでいた。「私は毎日欠かさず一曲分の詞を書いてる。くだらない言葉でもなんでも書き記す。それを教えてくれた子は、当時、私にはとうてい書けないくらいの響く歌詞を書いてた。その子に近づくために私は書き続けた。三年間どんな時もずっと」
「……」
あっという間にハルカはノート一ページを埋めて立ち上がる。
「私に歌作りを教えてくれた子は、きっとそれ以上の歌詞を書くと思う。ウサギと亀なら私は亀。いつ追い越されるかわからない恐怖を背負って走る人間の気持ちは、きっとマキにはわからないだろうけど」
そしてハルカは家を出て、「けど、ゴールがないレースなら、いつでも勝負に戻れる」と言ってドアを閉めた。
やることだけやって出ていくあたり、ホントいつも無駄のない子よね。
真希はノートに書かれた言葉を読む。
「……」
飾り気のないまっすぐな叫びだった。
ネット上では飾る自分と反対に、胸の内では葛藤する女の子の心情を、的確な比喩と一枚めくれば風刺的な言葉選びで表現している。
ワンフレーズ読むたびに、頭は瞬時に数多の言い訳を並べ立てる。
でもそれらが真に関係ないことは分かっていた。
単純に、毎日の積み重ねがここにあるだけだ。
「あーもう死にたくなるなあ」
こんな窮地だからこそなのか、染み込ませてしまった逃げ癖ばかりが顔を出す。
真希は狭い部屋の真ん中で大の字になり目を閉じた。
──ゴールがないレースなら、いつでも勝負に戻れる──
耳に残ったハルカの言葉が聞こえてきて……目を開けた。
体を起こす。ノートをめくる。
「クソでもいいよ」と決めてペンを握った。「もういちど……諦めない」
つぶやいて、ノートに言葉を書き付けた。
出来上がりは何のメッセージ性もない、日記のような歌詞だったが、久しぶりに埋めた一ページ分だけ、ちょっと懐かしさが蘇った。
「……もう一ページだけ」
それから筆の速度が全盛期を取り戻す──などということもなく、また時間をかけて埋めただけになったのだが、久しぶりの達成感と開放感は真希の次の日につながった。
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