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MAKI  作者: 明石多朗
12/21

12話  清原太一

    **** 清原 太一 ****


 真希の教え方はうまかった。

 ジャージ姿でパイプ椅子に腰かけて足を組んでいるが、指示は適切だった。

 あと、持参した竹刀は余計だが。

 その足元でへばっている原稚奈は、息も絶え絶えになっている。


「やっぱり基礎体力もない。この前のライブで思ったとおりね」

「わたし、中高現役の、いじめ被害者で、ひきこもり、なので」


 ぜいぜい言いながら、さらっとハードな環境を告げる。


「どうでもいいわ。アタシはその三倍はやってるからね」

「これだけでも新人レッスンの倍はハードです」

「同じことやって差がつくわけないでしょ」


 レッスンをサボりまくってたのは、どこの誰だったんですか?

 そう言いたかったところを、真希は察してなのか、視線でくぎを刺してきた。


「じゃあ次は発声ね。アンタの高音って金切り声に近いから耳障りなの。そこから直すよ」

「は、はい。師匠」

「あと師匠ってやめて。アタシ落語家じゃないから」

「じゃあ、親方ですか?」

「竹刀じゃなくてビール瓶がいい?」


 そういうネタはやめましょう。

 清原が内心でツッコミを入れる。


「……先輩でいいって」

「上野、先輩」

「ど、どーせ学校ではそう言う機会もないんでしょっ? アタシだってそんな年取ってないつもりだし」

「はい、上野先輩! ……にへへ」

「へらへらすんな。休憩終了!」


 ぺしんと竹刀で床を叩いた。


「えっ、さっき休みに入ったばかりですし、せっかく先輩とお話――」

「そんな時間はないのっ。ほら立ちなさい」


 ぺしん。ぺしん。ぺしん。

 清原には分っていた。

 真希が床を叩くときは決まって照れ隠しだ。



  *


 真希の方から『翌日からのレッスンはちゃんと行くから迎えは寄こさなくていい』と連絡があったので、信じることにした。真希は来た。しかし、稚奈が遅れてきた。マスクにマフラー姿でかすれ声で、おはようございますと、かろうじて聞き取れる声でレッスン場にやってきた。


「稚奈ぁ、あんた風邪ひいたなら言いなさい。そもそも風邪も気の緩……どしたの?」


 異変に気付いたのは真希だった。

 稚奈の目がいまにも泣き出しそうに涙を溜めている。


「こ……こえが……」


 相当なしゃがれ具合だった。

 マフラーを外すと、ノドには全体を覆うようにシップが貼られていた。


「アンタ、何やった……?」


 真希がさらに険しい顔をする。その表情に稚奈がさらに委縮する。


「かえってから……いえで……れんしゅう」

「どれだけ?」

「さ……さんばいの――」

「バカかアンタはっ‼」


 レッスン場の窓ガラスまでが震えそうな大声で真希が怒鳴った。


「ノドは歌手の命でしょっ。痛みが出たらすぐやめるの! 荒れた分だけ声にノイズが入るんだからね!」

「す……ぅいまっ……せん。あさには……なおるかと……おもっ……ひっ」

「今日はいますぐ病院行くよっ。レッスンは無し!」

「でも、きそれん……しゅう……なら」

「疲れてたら治りも遅いのっ‼」


 一回の怒声ごとに稚奈の体がびくりと縮こまる。


「上野さん怒り過ぎです」


 真希にとっては、感情を昂らせることも危険なのだ。

 発作の虚脱(きょだつ)が起こる前にと声をかけたが――、


「怒って当然でしょっ。明らかなオーバーワークなのになんで自分で止めな――ぁ」

「――上野さんっ」

「――うえのせんぱいっ」


 ――注意より先に虚脱が起こって倒れかける真希を、清原が受け止めた。


 マットの上で横たわらせ、数分後に真希は意識を取り戻した。


「……ごめん」

 間が開いて、冷静さを取り戻した真希が謝罪する。


「すい……ま……せん」

 責任を感じている稚奈も謝る。


「もう今日は喋っちゃダメ。喉を休める。いい?」


 言われて稚奈はうなずく。

 でもなんでそこまでと言う真希に、清原が指摘する。


「上野さん、あなたのせいでもありますよ」

「なんでよ」

「昨日のレッスンで、あなたが自分はその三倍こなしてたと言ったからです」

「あ……」

「だから稚奈さんは、家に帰ってから自主練習をしたんですよね?」


 おびえるように稚奈はうなずき、真希の顔色をうかがった。

 真希も落ち着いていたので、自分の失言を認めて片手で顔を覆いながら、もう怒らないって……と首を振った。


「なんで一気にやるかなあ。まるでメイみたいじゃん」

「……?」


 稚奈が目で訊ね、真希も意図を理解する。


「アタシとメイ、あとハルカは昔一緒に住んでたし組んでたの。そこのマネージャーも知ってるわ。で、鹿屋メイはアンタみたいに体力なかったし、のども痛めやすかった。それでもアタシらと同じメニューを隠れてやるもんだから何度も怒ったりしたの。たまに倒れたりするときは決まってハードワークで、だから……」


 そこまで言って真希は何かに気づいた顔をした。

 血の気が引いていくのもわかった。


「アタシっ――」


 真希はレッスン場から飛び出した。



  *


 事務所の裏口に通じる廊下は、紙パックが散乱していた。

 真希が自販機の横のごみ箱から中身を全部ぶちまけていた。


「どうしたんですか」


 清原の声に耳を貸さず、真希は一心不乱にごみをかき分けて、床が顔を出すとまた横にできたごみの山をかき分ける。山はすぐに均されて、狭い廊下は踏み場を探すのが困難になる。


「どうしよう、どうしよう」


 膝をつきながら、真希が散ったごみをさらに散らしていく。


「上野さん」


 清原が真希の腕をつかむ。


「離してっ」


 その顔は悲壮と焦燥がない交ぜになっていた。落ち着いて、と諭す。ごみを荒らす手は止まった。しかし細切れで浅い呼吸が鼻から荒々しく漏れている。


「急にどうしたんですか?」

「捨てちゃったの。メイのお守り、アタシ、捨てちゃった……っ!」


 お守りと言われて清原はピンときた。

 稚奈も気づいたのだろう。彼女はすぐさま膝をついて探し始めた。


「いつ、捨てたんですか?」


 清原が訊ねる。


「……その日。あのライブの……翌日」


 ゴミの収集日を挟んでいる。


「それはもう――」

「でも探す!」手を払われて、またごみ荒らしを再開する。「もしかしたらあるかもしれないから……」


 珍しく執着している。

 真希は一個一個紙パックを手に取り、表裏、横に上下と回して見ては端に弾いていく。


「上野さん……」

「あの頃はホントみんな貧乏で、薬を買うこともできなかった。でもメイは……懲りないから三人で……一個だけ、お守りを買ったんだ」


 昨日、メイとハルカが話したことを真希も話す。

 ちゃんと真希も覚えていた。

 正確には思い出した、なのかもしれない。


「毎年、その年でケガの多そうな子が持っていようって決めて、いつも、メイだったけど……」


 倒れたとだけ聞いていたメイは、真希のハードワークを疑った。

 それで約束を覚えていたメイは、3人で買ったお守りを真希に渡した。

 清原と稚奈はその背景も車の中で聞いて知っている。


「あれ? どうしたんですかぁ?」


 最悪な時は重なる。

 鹿屋メイと阿武川ハルカが裏口から入ってきた。


「マキ? どうしたの?」

 ハルカが事情を訊ねると、今度は真希が先ほどの稚奈のように身を固くする。

 親の前で、失態に身を小さくする子供のように。


「なんでもない」


 そう言うが、


「さすがに、そんな状況じゃないよね?」

 ハルカは察しがいい。


「ご、ごめ……ん。アタシ……」


 震える指を床について、()しくも土下座をするような姿勢で、真希は事情を告げて、メイとハルカは見合い頷いて、荷物を端に置き、五人が床に膝をついて同じ姿勢になった。

 五人で手分けすると、すぐにすべての紙パックと床の上を確認できた。

 お守りはなかった。


 真希はごみ箱を逆さに振るが当然あるわけがない。清原も先に調べている。

 赦免の許可を出せるメイにハルカそして清原の3人が見合わせて、互いに諦めの表情を確認すると、メイが、「いいよ。昔のことだもん」と許しを口にした。ハルカも、「私もこの前言われて思い出したくらいだし」と続く。

 それでも真希は動きを止めない。

 稚奈も真希と同じように床に膝をつけて、探索を続けている。


「上野先輩は……あきらめてません。ならわたし……も……あきらめません」


 しゃがれ声で宣言する。

 きっと稚奈にとっては、期待していた上野真希の姿勢を初めて見たのだろう。

 真希がやめるまで稚奈もやめないだろうな、と清原は思った。


「どうする?」と小声でハルカ。

「私は仕方ないって思ってるし、なんだか昔の真希ちゃんになって実はちょっと嬉しいって……不謹慎かな」同じく小声のメイ。「でもさんざんですよね、このごみ箱さんも。お守り捨てられるわ清原さんにフリーキックされるわ、中身出されるわで」

「あの時もごみ拾いしたの私たち」


 ――ん?


「あの時、それらしきものは見つからなかった」

「――っ!」


 這いつくばっていた稚奈が片手を激しく振った。

 清原は稚奈の覗く先――自販機の下――を見て、小さな布袋を確認した。

 紐が生えているのも見える。

 中に何かが入っているような膨らみもある。


「おい誰か、棒かホウキ!」


 お守りは自販機の下に滑り込んでいた。

 清原からお守りを受け取った真希は腕で目をぬぐって、鹿屋メイに謝った。

「ごめん、アタシ……」


「マキちゃん。諦めなくてよかったね」

 メイはいつでも優しかった。


「でも、アタシが持ってると」

 病気は治らないみたいだし……と、言う。


「じゃあ」メイがその手からお守りを抜き取り、「その声、早く治りますように」

 稚奈に手渡した。


「めでたしめでたし」と、ハルカが手を叩く。

「でもやっぱり、お守り捨てちゃって、ゴメン」と、真希がまだ涙声で頭を下げる。

「まあ、なんだろ?」と、メイは頬をかく。「諦めないマキちゃん見れたし」

「おかえり、で、いいんじゃない?」と、ハルカの表情がすこし和らぐ。

「そうだね、おかえりだね」と、メイが笑う。


 それは『お守り』がなのか、『上野真希』がなのか。

 きっと、後者だろう。

 清原は真希を挟む旧友たちの表情を見て、そう思った。



本作は毎日12時、18時、21時に定期アップしていきます。

こちらでも校正しながら投稿しておりますが、よろしければ誤字等あればご報告いただけると嬉しいです。


また評価もいただけると次作等への励みになりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。


Twitter https://twitter.com/aktr_996996

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