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#8 :1018年2月 買い付け

「早かったな」


 帰ってきて最初の頼義殿のセリフがコレである。

 ええ、急ぎますとも。やらねばならないことが山盛りなのだ。


「足りん」


 農具が足りない。我等が新たな田堵、池原殿が言うには、まず農地を決めて草を刈り、焼いてしまいたいとの事。これを急がないといけないが、


「鎌と(くわ)はできるだけ早く全員分集めるとしても、恐らく一度には集まるまい。だが、まずは鎌5本、鍬5本をすぐにでも集めなければ」


 それだけあれば、ひとまず野焼きまでは出来る、とのこと。


「五人に草を刈らせ、五人に田を耕させる」


 残り十人は家づくりの方に廻せるが、


「そう考えると、燃やされる前に(かや)を刈っておいた方がいい」


 すると鎌は更に5本要る。そして斧が5本。それで家を建てるための木を伐る。


「だからまずは鎌10本、鍬10本と斧5本だ」


 鍬が増えていませんか?


「どうせすぐ要る。代掻(しろか)きまであっという間だ」


 家のほうは、大工には話を既にしていて、まず家を5軒建てようという話でまとまった。大仕事だが、俘囚にも出来る仕事を教え込んで、雑でもとにかく出来る家をつくる、という話である。

 すでに山に、伐るべき木に印を付けに行ったとのこと。頼もしい。


 農地のほうは、既にざっくりとした案が出来ていた。

 俘囚は四人単位でまとめて家を建てる。農地もその付近になる。だから新しい小集落が五つ出来る事になる。

 うち二つが大きな谷に、残り三つがそれぞれ小さな谷に農地を得る。

 できるだけ谷の奥のほうに新しい農地を作らせて、農地の境界確定は後回しにする。

「とりあえず陸稲(おかぼ)を植えさせましょう。今年からでも出来るならやるべきでしょう」


 水田は勿論今年は無理なのだが、畑に類するものでも難しいのではなかろうか。谷間は鬱蒼とした森である。


「作付けは少なくとも良い。ただ我が田畑というものに少しでも情を持ってくれれば良いのだ」


 なるほど。


「それとアキラよ。吾子にも土地を与える。家を構えるが良い」


 ……えっ?

 ちょっと予期していなかった。すっかりこれらは俘囚の話として聞いていた。アキラは自分を屋敷の人間として考えていたのだ。

 だが考えてみれば、アキラは流れ者に過ぎない。


名草谷(なぐさだに)の奥が空いておるな。

 奥山まで知行地としてやろう。好きに使ってよいぞ。足利の郷のものに限り、入り合いの権を好きに与えても良いとしよう」


「いや流石に奥山過ぎましょう」


 アキラ以外の全員が笑っているからには、めでたい話に違いない。アキラはそう思うことにした。


 どこだか知らない場所に、自分の土地が出来た瞬間だった。


               ・


 アキラは農具の買い付けに同行することになった。どうせ荷物運びだろう。

 一行で一番偉いのは田堵の池原殿、交渉を任されているのだから当然と言えば当然である。

 次に偉いのが大工のヨシツグ、鍛冶屋の場所を知っているのが彼である。それに大工仕事に要る道具も一緒に調達するのだ。

 そして三人目、一番下っ端がアキラである。


 池原殿とヨシツグは今日が初顔合わせの筈だが、既に仲良く会話が弾む様子が二人の後ろのアキラからも見て取れた。

 二人の話のタネは勿論アキラである。


「言うに事欠いて(のこ)が欲しいと」

「よりにもよって鋸、それも一尺ある鋸が欲しいと」

「まだ4尺ある刀が欲しいと言う方がわかる」


 アキラは反論する。


「板が要るでしょう。それもたっぷり」


「そこがわからん。鋸で板を作るなど、鋸が平たいから何となく板も作れるとか思っておるのではなかろうな」


「そんな訳ないでしょ、だから、縦に挽くんですよ」


「まさか。木を縦にか。そんなもん鋸のほうが磨り減ってしまうわ」


「ああ、だから一尺の鋸か。阿呆か。割れば一発で済むじゃろ」


 散々である。

 この時代、板は木を縦に割ってつくる。勿論それで綺麗な板がすぐ出来る訳もない。あとはひたすら刃物で平たくなるまで削るのだ。でっかい彫刻刀のような、かんなと呼ばれる工具を使う。

 実際のところそれは彫刻刀と言うより先の変な槍である。多分武器として十分使える。千年後に良く知られている姿のかんなは無い。それはまだ発明されていないのだ。


「鋸がどれだけ高くつくか知らんのか。一尺の鋸など、(やすり)仕事が半年要るのではないか」


 ああ、鋸の目立てという奴か。たしかに鋸のギザギザを作るのは面倒くさそうだ。


「じゃあ、そこは吾がやりますから、吾が目立てやりますから良いでしょ」


 しぶしぶ二人は折れてくれたが、


「その鋸代は、吾子の作る炭で払えよ」


 なんだ、出してくれる訳ではないのか。アキラはがっかりしたが、はて、炭で支払い?


「各人に5斗づつを課しましょう」


「おのれが切り開いたその木で、おのれが使う鎌や鍬を購う訳ですな」


 なるほど。しかしイキナリそんな大量には炭を作れないでしょう。


「鍛冶屋だってそんな一度に山ほど炭を受け取ってもよろしくあるまい。

 月ごとに10斗とか、少しづつ払うんだよ」


 なるほど。鍛冶屋にとっては貸しになる訳だが、そっちのほうが鍛冶屋には都合が良いのか。


「しかし、アキラの奴の言う事にも道理があるといえばありますな。名草谷のあたり、あまり杉や檜を見た覚えがありませぬ」


 杉や檜でないと割ったあとが真っ直ぐにならないから、板が作りづらいのだろう。


「樫や椎ばかりか。炭を焼くのには困らないのだがな」


「そういえばあの辺り、桑の植わった原があった気が」


「人が住んでいたのもそう遠い昔では無いのか」


 桑は葉を蚕に食わせるために、この辺りの農家はよく栽培している。それほど大規模に飼育している訳では無いようだが、それでも桑畑の規模は驚くほどだ。

 おそらく17年前の疫病か、更にその前の伝染病か。それで古い郷の幾つかは内部から崩壊して、大部分はきっと逃げ出したのだろう。

 税は田んぼの面積に応じて課せられる。村人の人口が減れば一気に収穫は減り、税負担は耐えられないものとなる。残ったものには全員逃げ出す以外の方法しかない。

 俘囚とアキラたちは、そういう廃村のあとに再入植することになるのだ。


「ところで、木を伐った後に植えないのですか」


「何をだ。麦か蕎麦でも植えたいのか」


「いや、木を」


 アキラは二人に、木を植えて山に木を蘇らせるべきだという自説を開陳したが、説明している最中にヨシツグは笑い出し、池原殿も笑いを堪えながら、


「アキラよ、木は育つまでに何十年とかかるのだ。畑で育てるものとは訳が違うのだぞ」


 そんなことは百も承知で、しかし山に木を蘇らせるためには気の長い仕事が要る、そうアキラは力説したが、


「で、それは誰がやるのだ?」


 この時はアキラは全く納得がいかなかった話だが、ずっと後になって思い返せば、二人の反応は当然だとアキラも認めざるを得なかった。


 山々は全て人々の共有地で、誰かが領有している訳ではなかった。もうちょっとして荘園の制度が発達すれば違ってくるのかも知れないが、広い山々は今のところ誰のものでもなかった。後で知るがこれは律令にもきちんと書かれている。


 そして、共有地に投資する奴はいない。


 もしアキラが山に植林したとしても、多分立派な木に育つ前に誰かが薪にしてしまうだろうし、立派に育ったとしても、アキラが切り倒そうとしたその直前に他人が伐って持って行ってしまうかもしれない。

 そうさせないためには強制力、支配権が要る。

 植林は、山野の支配権と密接に関連する概念なのだ。


 この話がアキラには全く納得のいかないまま一旦ここで終わるのは、目的地に着いたからだ。

 寺岡というその鍛冶屋の小さな村は、足利荘のいちばん端にあった。川を渡れば安蘇郡だ。


「ここの鍛冶屋どもは俵の藤太秀郷が河内より連れてきたのだがな、住まわせたここが足利郡だったことを忘れていたようでな。

 今になって藤原の兼光どもが欲しがりよるが、奴らがどんな労役を思いついて代わりに鎧を作らせようとするか、欲深さが法師の袈裟の様にひらひらしておるわい。

 鍛冶屋の誰が兼光どもを相手にするものか」


 アキラたちは鍛冶屋三軒当たって鎌の刃六丁、鍬の刃六丁、斧の刃三丁を手に入れることに成功した。代わりに三軒それぞれに炭10斗を半年毎月届けることになった。

 必要な数よりずっと少ないが、鍛冶屋に在庫が無いのだから仕方が無い。急いでそれぞれに残り五丁づつ作ってくれと交渉し、今後ひと月かけて揃えてもらうことになった。


「アキラの分もあるからな」

 

 当初の予定数と合わない点を聞くと、池原殿はそう言った。なるほど。自分も要るようになるのか。


 アキラの鋸が欲しいという望みを聞いてくれたのは一軒だけだった。

 長さ一尺、幅半尺、柄の部分には刀や鎌と同じように目釘の穴を開けてくれという要望に目を剥いた鍛冶屋は、鋸の目立てを自分でやるというのにも呆れた声を上げた。


「鑢は持っているのか」


「作ってくれ」


 鍛冶屋は思案して、鋸と鑢、合わせて炭50斗だと言った。

 更に出来上がるのはひと月後だというのにもアキラは合意した。そこでアキラは思いついて、小さな平たい刃物はつくれないかと聞いた。


「話だけ聞くとそれは手斧を小さくしたような代物か?

 何に使うというのだ」


 アキラは自分の知っているタイプの鉋について、ざっくり説明した。木の台に取り付けて、板をそれで薄く削ぐのだと言うと、鍛冶屋は更に思案顔になった。


「……もし、とてもとても平らな板を作ってくれるなら、それは代わりに作ってやってもいいぞ」


 どういう理由だとアキラが問うと、鍛冶屋は砂鉄取りの秘訣を少しだけ語ってくれた。


「川の流れの中に斜めに板を置いて、そこに土を盛って水に流すとな、砂の中の重きは残り軽きは流れる、つまり砂鉄が残る訳だ。

 これを繰り返すわけだが、これはもう板と川次第でな。

 もし、とても平たい、何も引っかかるところの無い板があれば、砂はその上で容易く流れるだろう。そうなれば鉄は数倍採りやすくなる筈だ」


 なるほど。アキラは約束した。

#8 鉄製品について


 この時代よりしばらく前に、炭焼きの普及により鉄の生産量は大幅に増えました。

 原材料は砂鉄、東日本の砂鉄はチタンの含有量が多く、3割以上に及ぶこともあります。炉内がチタンの溶融温度1,842度に達することは無いため、チタンは固溶することなく析出します。こういう鉄は流れが悪く、ねとついた感じになります。つまり鋳鉄には適していません。炭素量は0.1~0.3%の、つまり鋼です。実のところこの時代の鋼は、銑鉄(ズク)を脱炭したのか砂鉄を溶かしたもの(ケラ)をそのまま鍛造したのか、わかっていません。

 作中の砂鉄はチタンを含んだ赤目砂鉄で、上流にはずばり赤見という地名もあります。恐らく歴史上かなり早い段階で砂鉄は枯渇して、佐野の東の唯木沼や邑楽の多々良沼の沼地鉄を求めるようになったと思われます。後に鉄鋳物で有名になる土地ですが、その際は鉄は別の土地からの得たものと思われます。

 作品中ではケラの直接鍛造を想定しています。炭素量の違う複数の素材を組み合わせるような加工はここでは行なっていません。折り返し鍛錬もここでは意識して行なわれていない設定です。

 炉はたたらの古い縦型炉で、一人で操業できる程度の箱型ふいごを使ったものです。後処理は水による焼入れ程度に留まっています。

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