#73:1020年5月 喪失
久しぶりに会ったアサマル少年の顔には醜い痘痕の帯があった。左目がよく見えないという。
「手はよく動くゆえ、さほど悪くは無き」
そう言うが。
測量の出来、文字の読める子供たちに死んだ者がいなかったのは幸いだった。しかし、疱瘡は子供たちに醜い傷跡をたっぷりと刻んでいた。
片耳が聞こえぬ者、手に震えが走る者、別人のように感情を無くした者も居た。
罹らなかった者には既に全員に接種を済ませている。
少学組から仮名の読めるものを選抜して混ぜた全員に、種痘について説明する。
手洗い、石鹸、湯での煮沸、エプロンとマスクの装着、これらを昼まで話し続けて、石鹸の使い方の実演も、エプロンの付け方の実演もやる。
小皿、竹串、蒸し酒、そして兎の籠。籠は頑丈な竹籠に変更した。接種を受けたものは既に見ているであろう兎を改めて示す。
「目代殿、兎は雄でなければいかぬか」
「雌には金玉が無かろう」
人の疱瘡の膿を植え付けてから既に五代目の、新顔の兎だ。継代することで疱瘡の毒が弱くなることを説明する。
「もし新たに弱き種作りたくば、もう一度やればよい」
「目代殿、そのとき、何かまじないは要るか」
「要らぬ」
説明を一通り終えると、それぞれに質問して理解度を推し量る。分かっていたことだが理解と言うより出鱈目な解釈をしている。アキラはまともなものから選抜してリーダーとして、向かないと思った者を除いたうえで5つの班を編成した。
まずは道具を揃えなければ。
竹串と兎の籠を作る班、エプロンとマスクを揃える班、石鹸をつくる班、そして兎を捕らえる班に分けて作業にかからせる。
石鹸の製法は実地に教えるしかない。アキラの身体は一つしかないから、他のやりかたは手本をみてもらうしかない。そういう意味で、班長には要領のいい者を充てていた。
夜には手順書を書く。ひらがなで要領よく書かないと。紙一枚にぎゅうぎゅうに押し込む。これをあと5枚か。木版で印刷したい。
アキラは竹ペンで小さな字を書きながら、木版での印刷をどうするか、しばらく妄想した。
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道具が揃うまでには暫く時間がかかりそうだった。出来た道具をまず使って、アキラは一班づつ付いて行って、各郷で実地に教習をおこなった。
まず、足利荘代頼季様の令で、全員が接種せねばならない旨を宣言し、郷長に接種を受けておらず、また過去に疱瘡に罹っていない人間を調べて管理することを言い渡す。
準備は子供たちにまずやらせて、困ったときのみ手助けする。
接種は最初の二人のみアキラがやって、あとは子供たちにやらせた。接種担当は三人に振り分け、それそれに手を取って教えた。
こういう具合だったから、一日に一班づつしか教習は進まなかった。
しかし、全ての班の教習が終わる頃には荘内の接種は一日に数百人というペースで進むようになっていた。雄の兎はもはや消耗品だった。荘内ではすでに枯渇の傾向がある。雌の兎もその毛を刈って、皮膚に接種して種瘡を確保することとした。
荘内全員の接種が終わる頃、アキラはひと班を率いて芳賀郡へ、益子へと出発した。
一行には騎馬武者の護衛が付いた。荘の外の荒廃はそれほど酷いと考えるべきなのか。
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寺岡の鍛冶屋村には人気は無い。
最後に一人残っていた鍛冶屋は足尾に行っていた。まさか戻ってきてはおるまいと鍛冶屋の戸口を眺めるが、無人のようだ。
隣の安蘇郡は田植えはきちんと行われているようだが、人が見えない。田に水がかかっていないところも見える。このままでは苗から成長できない。
山道に入って暫くすると武者たちが騒がしくなった。死体があるという。
ひどい匂いだ。
再び田んぼの真ん中の道を横断していく。
水の掛かっていない田んぼはこちらではより深刻だった。
思川はまだ一町も先だというのに、いやな臭いがする。
思川の渡しの瀬には死体が散乱していた。近郊の住民たちがここに死体を捨てに来ているのだろう。恐らくその辺の河原も、死体が散乱している筈だ。
アキラは服を脱ぐと、浅瀬から死体を運び出す。ガスで膨れた腹も、どす黒く疱瘡で覆われた皮膚がずる剥けるのも、もう慣れた。
一行を川の向こうに渡してしまうと、アキラは身体を洗い直垂を着なおして、一人北へ向かった。
国府屋敷を訪問するのだ。
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屋敷の門には物忌みの札が張られていた。
門前で名乗る事しばらくして、顔見知りの雑色がやってきて通してくれた。
臭う。屋敷のどこかに死体がある。
死を何より忌み嫌う貴族の屋敷とはとても思えない。
屋敷の奥から戻ってきた雑色は、下野守はおいでにならない、要件を述べられよ、と言う。
仕方がない。アキラは先月国府屋敷に来て仕事を出来なかったことの詫びと、疱瘡除けの術を編み出したので、この術を使い印を付けたい旨を説明した。
が、どうも雑色はよく理解してくれなかったらしい。
何度か奥とアキラの間を往復した挙句、
「下野守に御通しする」
という事になった。
母屋は格子を二枚しか上げておらず、暗かった。平光衡殿は障子の向こうだ。
「疱瘡除けの法とは何ぞ」
アキラは説明したが、どうもまじないではないという点が理解されないようだった。
多分、まじないだと言った方が受容され易かったのだと思う。そういう点で、アキラは対応を誤ったのだ。
アキラは、足利荘で疱瘡の流行が止まったことを説明した。
「こちら、幾人死にましたか」
「二人死に、残りは大方逃散しおった」
一人はなんと、あずさ殿の乳母殿だ。
しかも死体を埋葬していない。屋敷から運び出そうにも方角が悪いという。そもそも雑色が死体を運ぶのを拒否したという。
「屋敷の外に運び、埋めましょう。運び出すには善き方の柴垣少し除けて、後で戻します」
アキラは死んだ雑色の服を借りて着替え、乳母殿の死体のありかに案内された。
乳母殿は西殿の縁側の下に蹴り落とされていた。蠅がたかっている。無常としか言いようがない。
屋敷の中を死体を引きずっていく。
もう暑い季節だ。臭いがたまらない。
もう一人の死体の傍に並べて、鎌で柴垣を壊しに掛かる。門から出せば穢れになるが、こうやって方角を選んで出せば穢れにならない。陰陽ではそういうことがよくある。
ようやく人が通れる隙間が出来、一人づつ死体を通す。
沼のほとりまで運び、屋敷から運び出した薪の柴を積んでその上に置き、火葬にした。この頃になってようやく雑色がやってきた。何をするかと思えば、死体から服を剥ぎ取ろうとする。
アキラはやめよ、と声を掛けたが、雑色はこちらをちらりと見て、服を剥ぎ取るのを続けようとした。アキラは雑色を蹴り倒した。
雑色は恨むような目つきで去っていった。
死体の上に更に柴木を積むと、脱いだ直垂を取りに戻り、来ていた雑色の小袖を脱ぐと沼で身体を洗い、直垂を着て、さっきまで着ていた小袖を焼く。太刀は提げておく。
屋敷に戻ると雑色を探したが、向こうが避けていく。
母屋に上がると障子の傍に座り、死体を葬った旨を報告した。
暗い室内が更に陰ったかと思ったら、平光衡殿がそばに立っていた。
「何の報いであろうか。何の善行も無き身とは言え、悪行なしてはおらぬ」
アキラは向き直って、告げた。
「吾が妻、死にました」
光衡殿はしばらくそのまま黙っていた。
「何も言葉無き」
「それこそまことの言葉でありましょう」
ようやく掛けられた言葉にアキラはこう返した。
「アキラよ、八月には都へ行け。次来る時には持ち行くもの、手紙など渡す」
「あずさ殿は」
「吾が娘の都行きは無い。無くなった」
光衡殿はそこに崩れるように座り込まれた。
「春の除目で、吾は武蔵に任ぜられた。家中減りしゆえ、もはや人を出せぬ」
「おめでとうございます。しかし……乳母殿が身罷られておるなら、やはり都に送られては」
生活の面倒を見る人物を失ったのだ。教育を受けさせる術も同時に失ったのだ。
親類がいて、教育を受けさせるあてのある都に送るのが自然だろう。
しかし光衡殿はそれには答えず、
「尼女御殿のところで預かりおけぬか」
あずさ殿を、か。
尼女御ならうってつけの人選だ。この屋敷に置いておくより良いだろうし、滞在が長くなっても教育に問題は無い。
「荘代と尼女御に取り次ぎましょう」
「急がれよ」
光衡殿はぼそりと付け加えられた。
・
館を辞し、一行を追う。
陽もとっぷりと暮れてしばらくして、薬師寺に辿り着いた。夏の頃、日没は相当に遅い筈だから、もう8時くらいなのかも知れない。
迎えに出てきた稚児には疱瘡のあとが残っていた。僧房に案内されるが、単なる参拝は遠慮されよときっぱりと告げられた。
一行は既に寝ていた。
寺の周りには護摩の煙と匂いが満ちていた。
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翌日は早く起きて出発する。食事は足利で作って持ってきた強飯だ。水だけ寺からもらうことが出来た。
「冷たきことよ」
一行のうちの一人が言うが、武者によれば、寺の中は疱瘡の患者で一杯なのだそうだ。近郷の患者を受け入れ、手当てをしているという。
だから、他の者が不用意にやってきて感染者に接触しないようにしているのだ。
「これは病移さぬためのあれこれよ」
そう聞いて一同は納得して、寺を後にした。
武者の一人に手紙を持たせて足利に送ったが、これはあずさ殿を尼女御のところで預かる話についての内容だった。光衡殿の最後のセリフが気になって、できるだけ急ぐよう足利に連絡することにしたのだ。
朝のうちに鬼怒川を渡ったが、見かけた死体は二つだけだった。このあたり人口が少ないからだろうか。
東山道を外れると、道は郷を繋ぐ古い道になる。
それぞれの郷で一行を迂回させて先に急がせると、アキラは郷長を訪問して被害を聞き、疱瘡除けの印について説明した。
芳賀郡では疱瘡の被害は思ったより軽く、ひとつの郷では封鎖の効果があったのか、一人の感染者も出していないという。
それを聞くと一行の中に期待する気持ちが生まれた。益子に疱瘡の感染が及んでいない可能性への期待だ。
だが益子への道の途上、道の傍を流れる川に、死体を見た。
・
屋敷に着くと、アキラは母屋の暗い奥へと通された。
信田小太郎は床に臥せっていた。熱病に荒い息をしている。
「昨日より小太郎様、恐らく疱瘡かと」
信太小太郎の顔に赤斑が見えた。
「疱瘡除け、効かぬか」
武者が訊く。アキラは首を横に振った。
「試そうぞ」
試さずにはおれないのだろう。アキラは制止しなかった。
種痘の準備が進む中、アキラは屋敷の者に種痘の説明をした。
「吾も試す」
そう言って一人が直ぐに進み出て、そうして結局屋敷の主に若い者全員が種痘をすることになった。
「目代の言う事なら確かであろう」
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疱瘡の感染者は東から山を越えてやってきたという。常陸の、筑波山の向こう側からだ。
感染者は当初元気なもので、それが滞在二日目に発病したという。問題はその発病した時、周囲にあまりに人が居過ぎた事だった。
それがおよそ半月前。以来完全には感染者の隔離を実現できないまま、恐らくは感染した炭焼きの納めた木炭の俵か何かから、信田小太郎は感染した。
村の者に通知して、翌日から未感染者を屋敷の前に集めて種痘を始めた。
種痘は順調に進んだが、中には既に感染した者も居た。列に並ぶ前にチェックして説明していたが、目代のまじないなら確かであろうと言って、熱病にふらふらしながら言うのだ。
アキラは彼らを別に待機させて、その日の終わりに、未感染者への接種が終わった後に接種させた。その頃には彼らは既に立っていられなくなっていたが、もごもごとアキラに感謝の言葉を呟くのだった。
次の日、信田小太郎の熱は軽くなり、治る兆しが見えたように感じられた。
しかし、これは単なる小康状態だ。誰の症状でも見られたことだ。
屋敷の皆は治るものと期待が大きくなっていたが、アキラは全く楽観していない。
「アキラか」
しわがれた声で信田小太郎が呼ぶ。
「待て、じっとせよ」
アキラは信田小太郎が起き上がろうとするのを制して、近くに寄る。
「何故ここにおる」
「疱瘡除けの法の出来た故」
「出来たか」
「しかし、既に罹りし者には効かぬ」
「……そうか」
そうして、
「益子の者には疱瘡除けの法、施したか」
「今やっておる。ほぼ半分済んだ」
「そうか」
そしてまた暫く、信田小太郎は黙っていたが、アキラの後ろに屋敷の主だったものが揃っているのを見ると、
「吾死にし後は、足利の源三郎頼季に従え。細かき事、利便は、この目代に頼れ」
「小太郎様!」
「何卒、さような事言われるな!」
屋敷の者の、悲鳴のような言葉を遮るように、信田小太郎の言葉は続く。
「信田に帰れぬ事、無念なれど、恨みに思う事無し。
平の忠常にも恨む事無し。吾子らはこれら拘る事無きよう」
信田小太郎は続けた。
「皆ここで幸いに生きるが良い」
そして、
「アキラよ、我が子を頼む」
・
それが信田小太郎の最後の言葉だった。
翌日、容態は急変し、それから意識が戻ることは無かった。
芳賀郡の郷長がやってきた。
信田小太郎の病床を見舞い、その後、種痘を受けることを約束した。
準備の間に聞く。
「信田小太郎の妻子は」
「浮島に離れ隠し置いておる」
約束を守るためには、保護しなければならないだろう。
郡内の種痘の計画を練る。文字の読み書きができる者から選んでまず益子で接種し、その後足利で研修を受けた後、芳賀郡に戻って接種を行う事になる。
接種を済ませたものが郡司の使いとして出発した。郡司はこのまま信田小太郎の病床を見舞うという。
翌々日には益子のおよそ接種が終わった。担当者には一日休みを言い渡し、風呂を用意させた。
信田小太郎の身体には水疱が浮かび、苦痛の呻きは昼も夜も無く続いた。
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母屋の縁側から眺めると、水田に人が戻っているのが眺められた。
郡司が傍に立つ。
「見て居れぬ」
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村の者に作らせた竹籠とエプロン、捕まえさせた兎、益子で作っていた蒸し酒が揃うと、アキラは兎に膿を接種し、新たに芳賀郡内から集められた10名ほどに対して講義を始めた。
石鹸はこの益子でも木草灰で作るのを試していたが、どうしても固まらない。アキラはそのまま液体状のまま使う事にした。
3つの班をつくり、役割を決め、兎が発症したことを確かめると、実地教習に出発した。今回は全員で、一度におこなう。
近隣の郷で一通り手本を示すと、あとは手分けして行なえと言い、アキラは馬でとって返した。
屋敷への坂を駆け上がり、母屋に上がる。
すすり泣きが、聞こえる。
「ほんの先ほどであった」
郡司がアキラに告げた。
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信田小太郎の遺体は、近くの山の麓、木の下に埋められた。木の卒塔婆がその上に立てられた。
アキラたちは、荷物を纏め食糧と水を積むと、その日のうちに足利へ帰るべく出発した。足取りは重い。
鬼怒川に差し掛かる頃、多聞に出会った。
信田小太郎の病に倒れた事を聞いて急ぎ駆けつけてきたらしい。小太郎の死を告げると、多聞はその場で泣き崩れた。
#73 不活化ワクチンについて
作中で主人公が作成するのは弱毒化菌が生きて増殖する、生ワクチンです。一方、病原菌やウイルスを不活化、つまり増殖しないようにした上で接種対象の免疫を刺激する、不活化ワクチンという手法が存在します。
この手法では基本的にはウイルスや菌は殺して、その死骸に残存する抗原を利用します。加熱しても消毒しても死ぬのですが、抗原を破壊しないとなると難しくなります。不活化ワクチンの力価、効き目をある程度維持するためには、例えば消毒では晒し時間をコントロールすることによって、例えば70~80パーセント濃度のエタノール溶液に30秒晒すという手法を取ります。
現在では紫外線照射やホルマリンやβ-プロピオラクトンに晒す手法が主流です。例えば0.1パーセント濃度のホルマリン水溶液に48時間晒すといった手法になります。β-プロピオラクトンは水に分解するので安全で、現在ではこれが多用されています。