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#30:1018年9月 昔話

 稲刈りから半月後、陸稲も刈り終えて、俘囚村のほうでは大根の種も撒き終えた頃、ようやく千歯扱きの威力を披露する機会が廻ってきた。


 敷いた莚の上に千歯扱きを固定すると、どんどん稲束をしごいていく。

 ちょっと竹の歯の間隔が心持ち広かったかもしれない。まぁ二回しごけば良い話だ。

 自分が持ってきた分はあっさり終わった。

 自分も試そうと他の者もやってくる。次第に他の面々にも驚きが伝わっていく。なにしろ脱穀がいきなり終わってしまうのだ。

 他のものに千歯扱きの使い方を教えると、アキラは集まった連中からちょっと外れた位置まで下がり、熱中する人々を眺める。壊すなよ。


 さて、次は籾摺りと、その後の篩いの省力化だな。籾摺りはとりあえず水車に任せたい。篩いはアレだ、唐箕の出番だ。

 田舎の民俗博物館なんかで異様に存在感のあるアイツがほとんど近代の機械だと知った時には驚いたが、全部木で作れるのもまた本当だ。

 唐箕ができると、応用でふいごより効率的な送風機ができるな。


「これもまた売るか」


 頼季様がそんなことも言う。竹の在庫を考えるとあまり数を作れないとアキラが告げると、ならば竹を増やさねばならぬとの仰せ。


 チート級万能材料である竹は、近所では現状は清水川の上流の川沿いに密集して生えていた。コレは要するに、竹以外は流されたのだ。竹はその根が縦横に張ることで浸食に耐えることが出来る。

 竹は各郷ごとに竹林を維持しているようだったが、それほど規模は大きくないように見える。

 竹は新しい俘囚集落の周りでも植えることにはなっていたが、なかなかそこまで手が廻っていない。

 そもそも根付きが結構悪い。根茎を伸ばして繁殖する竹を全く別のところに根付かせるのには結構な工夫が要るという。


 ついでにアキラは籾摺りの為に水車を作りたい旨を頼季様に説明した。許可は問題なく降りた。脱穀に次いで籾摺りもこれで省力化できれば、人手がずっと自由になる。


 そこに池原殿が通りかかったので、水車を設置する場所の相談をする。水車の廻るのを杵の上下に変えるというところの説明で苦戦したが、千歯扱きの能力を見たこともあって、水車による脱穀そのものには反対はなかった。模型でも作っておけば良かったかもしれない。

 竹の資源量の制約で千歯扱きを作って売ることが出来ないという話になって、しかしそこで池原殿は、貸せばいいのではないかと言い出した。


 なるほど、貸すのならすぐにでも始められる。まずは荘内から始めて、他の郡には割高で貸せるだろう。

 勿論、コピーされるのは折込み済みだ。コピーされるまでにどのくらい貸せるかが勝負になる。

 買うハードルより借りるハードルのほうがずっと低い点が重要だ。下手をすると誰も足利製の純正品を買いもしないうちにみんなコピーを自作するかもしれない。なにせ、仕組みは一目瞭然だ。ならば貸すほうが良い。

 説得力のある話だ。


 とりあえず荘内には順次貸し出すという話になった。貸し料を取るか取らないか、取るとしたら幾らか、このあたりはアキラに任されてしまった。

 つまり実際に貸すのはアキラの仕事という訳だ。


         ・


 俘囚たちの収穫分の脱穀が終わると、アキラは千歯扱きの貸し出しに出歩くことになった。


 上名草の住人の一人、小金部岩丸だけを伴って、馬車で近隣の郷を廻り、脱穀のデモンストレーションをちょっとやって、一日だけ貸す。貸したのを翌日取りに行って、脱穀できた分から貸し料として出来立ての籾を3合づつ頂いていく。


 昨日は払えないと言われた貸し料も、今日になると話は全く違っていて、それくらい全く問題にならないという雰囲気になっている。千歯扱きの処理量は住人たちの予想を軽く超えていたのだ。

 今日も貸して欲しいというのを、他の郷に貸さねばならないと言って引き取る。

 だが、望めば6日後にはまた貸せるというと、どの郷でも即座に貸して欲しいという話になった。

 郷を廻るのも3つめとなると、住人達が準備万端待ち構えているようになった。


 こうやってそれぞれの郷を廻ると、自然とそれら郷の様子に詳しくなる。

 馬車は相変わらず子供を惹きつけた。子供たちを乗せてちょっと走らせると、それはそれは大喜びする。

 俘囚たちに嫁を出した戸主と支度について打ち合わせる。既に俘囚たちとそれなりに付き合いが出来ているようだ。

 但し付き合いの様子には個人差があり、あまり互いに馴染んでいなさそうな数人に関しては気をつけないといけない。


 郷を離れて暮らす者もこの時期には郷に集まるようだ。実家みたいな感覚だろうか。主には集団作業の必要からだろう。

 郷の人口は以前思っていたより多いが、年齢層の偏りは更にはっきりしたように思う。とにかく子供が多い。


 脱穀の終わった藁が束ねられ、子供たちがどこかに運んでいく。向こうでは子供たちが藁を木槌で叩いているし、今日食べる分を精米しているのか、木臼を搗く子供も見える。遊んでいるのはほんの小さな子に限られていた。


 普段ならそういった小さな子の世話をしていただろう娘たちも作業に駆り出されているらしく、いつのまにかアキラがそれら小さな子の世話をする流れになった。

 立ち上がり走り回る、分別と云うものを全く欠いた20人ばかりを相手にして、アキラはへとへとになった。

 大小便にそれぞれ付いて行ってやり、どこか遠くに行かぬか目を光らせ、どこであろうと寝てしまう子供たちを木陰に集める。


 そのうちアキラは、むかしばなしで子供たちをおとなしくする術を学んだ。


「むかしむかし、あるところに……」


 一応、さるかに合戦のつもりだ。ちゃんと憶えていないので多分にアドリブが混じるが、栗と蜂と臼だったよね確か。


 最初は桃太郎にしようと思ったのだが、何故だか鬼を退治するというのに引っかかりを覚えた。

 そういえば桃なんて子供達は見たこと無いだろう。アキラはこの半年の間に二度ほどその名を聞いたが、食べることはおろか見ることも無かった。

 桃太郎は止めておこう。栗なら流石に子供達も見たことがあるだろう。そういう流れがさるかに合戦というチョイスに繋がっていた。

 老婆が昔話をするのを聞いて、同じようにやっているだけなのだが、やっぱバトルシーンあったほうが子供受けするよね。


 老婆の昔話は、桃太郎とも花咲か爺さんの原型ともいえそうな話だった。


 まず、翁は山へ柴刈りに、婆は川へ洗濯しに行くのだが、すると川を大きな朱盆が流れてくる。朱盆には白い子犬が乗っていて、翁婆は子犬を飼う。

 子犬は金鉱を掘り当てて、翁婆は長者になる。

 それを羨んだ隣の翁婆が子犬を攫って掘らせるが、掘り当てるのは古い器や錆びた金物で、怒った隣の翁婆は子犬を殺してしまう。

 子犬の亡骸を引き取った翁婆は埋葬するが、そこから松の木が生え、瞬く間に成長する。

 夢に子犬を見た翁は松の木から臼をつくるが、籾すりしようと杵を搗くと砂金が臼から溢れ出した。

 それを羨んだ隣は臼を奪うが、搗くと汚物が溢れ出て、怒った隣は臼を打ち壊してしまう。

 壊れた臼を引き取った翁はこれを焼いて灰にするが、この灰を畑に撒くと豊作になる。これも羨んだ隣はこの灰を奪うが、灰が目に入って失明する。


「灰の粉さ目に入って、痛い痛い痛い痛い……」


 ざっとこんな感じの話だった。


 注目すべきは、川の上流から朱盆と共に子犬がやってくるところだろう。上流の奥山に住人がいることが暗示されている。また金鉱の話が出てくることから、鉱山技術がそれなりに出てきた比較的最近出来た話だと知れる。

 最近誰かが作った話なのだろうか。どうも老婆は昔傀儡子の劇を見てお話を覚えたものらしい。

 竹取物語ってこの頃に作られた話だったっけ。


 残念なのは、老婆がこの話一つしか知らないことだった。とにかくこの話を繰り返すだけで、子供たちのウケがとにかく悪い。


 という訳で、アキラは毎回毎回、話の細部を変えて話すことにした。栗が糞になり、蜂が虻になり、臼が牛になる。

 他の昔話もしようと色々思い出すが、まず鶴の恩返しはまずい。どの農家にも別の部屋など無いのだ。一寸法師は最初の部分がよく思い出せない。思い出せないのでなんか最初が桃太郎になる。桃ならぬ瓜でドンブラコしてもらった。

 舌切り雀は、この時代に鋏が無いことに注意さえすれば翻案は容易だった。

 浦島太郎は大変だった。海を知らない子供達に、とにかく海と云うものを説明しないといけない。そして勿論だが、鯛もヒラメも知らないのだ。


 しかし、郷を廻り戻ってくるたびに、子供たちの語彙が増えていることにびっくりする。子供たちはアキラの語ったデタラメ昔話をしっかり覚えていて、猿が焼けた栗に痛い目にあう描写をそのまま何度も何度も繰り返し唱えては笑うのだった。


         ・


 屋敷に戻ると、新しい倉の建設が急ピッチで進んでいた。何しろ今年の収穫を収める倉が無い。

 頼季様と尼女御とに、俘囚たちの結婚、新迎えの支度の報告をする。

 何か特別な儀式がある訳ではない。ただ夫が妻を家まで迎えに行って、新しい家に一緒に向かう。それだけだ。

 問題は実際的な面だ。19戸の家はようやく揃ったが、生活に必要な品目はまだ揃っていない。尼女御は全員に鉄の釜を贈りたいと思っていたが、なかなか難しい話だ。


「えー、あの、ちょっと聞いてくだされ」


 そこでアキラは意を決して、クワメを嫁としたいと切り出したが、


「嫁に迎えるのは少し先に延ばせぬか。あまり都合が込み合うのもいかぬ」


「いざとなると用繰りが間に合わないものですね。少しだけ先に繰り延べなさい」


 二人とも酷い。

 足利荘の外に千歯扱きを貸す相談もする。アキラは簗田郡に貸しに行きたいと思っていた。

 何しろ近い。足利郡の直ぐ南の豊かな郡だ。


「しかし郡司が兼光ところの息子ぞ」


 頼季様の反論に、いや、だからこそ、とアキラは訴える。食ってしまえばよろしいのです。


「簗田が足利より安蘇に近きは、太日川の舟ゆえ。対して足利へは清水川が邪魔をしております。

 ですが、連中の持つ舟の数は知れております。

 もし、清水川に橋を架ければ、簗田は安蘇より足利に近うなりましょう。

 さすれば、やがて百姓の心も自然、足利に近うなる事でしょう」


 足利に市を立てれば、簗田のものは安蘇ではなく足利にやってくるのだ。アキラはその利点を強調した。


「……橋をかけるとは、大きなことを言いおって」


 頼季様は唸ると、やがて、物事には段取りというものがあるのであろう、と言った。


「今足利には市が立たぬ。立たぬのに橋を建てるのはいかがと思わん。

 つまり、市を立つようにせねばならぬ。

 その方便、如何にするか。

 そこでだ、いずれ話そうと思っておったが、八幡宮をここに勧請することとなった」


「寺のほうが良かったのですけどね」


 尼女御はそう漏らす。


「仕方ありますまい。寺には法師が要りますが、社なら祭りのときだけ歩き巫女を寄らせれば良い。今法師を一人養うのはまだ難しい」


 頼季様はアキラに向き直ると、


「秋だ。秋のうちに社を立てよ。秋の終わりには新嘗をおこなう。橋はその後、冬のうちに行なうこととする。

 千歯扱きを簗田に貸すは、良しとする。これを貸しとして橋つくりに役立てよ。


 春には何か祭りをやるぞ。その時こそ市を立てる」

#30 民話について


 民話の中でも最古のものは各風土記に採集されているものが挙げられますが、勧善懲悪などの要素を持つ説話としての民話はずっと後になって完成しました。

 中世以前の、風土記などで伝わる古い民話は地名の由来など、起源の説明が多いのが特徴です。これらはずっと語り伝えられてきたものだと思われますが、起承転結の構造を持つ物語ではありません。

 民話の中でも古いもの、異種結婚譚などはこの時代に原形を求めることが出来ます。わらしべ長者や打出の小槌は平安時代の成立です。また、巨猿などの怪物が神であると偽って住民を苦しめるのを退治する話も今昔物語に見えるため、鬼退治の物語の成立はこの時代以降になるものと思われます。大江山の鬼退治の話も更に後の世の成立であると思われます。恐らくは鬼神という概念から鬼という概念が成立する後の事になるでしょう。天狗の概念は鬼概念の成立に先行しています。

 瘤取爺や花咲爺など、多くの民話は鎌倉期には成立したものと思われています。

 民話桃太郎が現在の形で成立したのは室町時代の頃です。この時期に代表的な民話は御伽草子のかたちで完成を見ました。この時代、民話は説話の形態をとっていても、草子の名の通り、草々のものに過ぎませんでした。

 室町時代は現存最古の民家が現れる頃です。床下や縁側、塗籠壁や複数の部屋、そして寺社建築の技術を汲む軒構造など、いわゆる屋敷の建築技術が民家に降りてきて、現在の民家の姿が成立します。かつて屋敷を舞台にしていた説話が、民家にようやく舞台を移すようになるのです。

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