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#28:1018年8月 収穫

 台風の後は、真っ青に晴れた空が待っていた。

 暗いうちから武者以外手の空くものは総出で稲刈りの準備をはじめ、日の昇る頃には稲刈りが早速始まった。アキラと俘囚19名で、借りた田しめて三町分を収穫するのだ。

 それぞれ集落単位でばらけて作業が始まった。アキラは上名草の手伝いだ。


 きつい。


 作業を始めて一時間。結構根をつめて作業したと思う。でも出来たのは2メートルかける50メートルくらいの帯状の部分に過ぎない。そこでアキラはへばった。

 まぁ、他の三人も同じ程度でへばっていた。なにせ鎮西の不良の徒、あんまり畑仕事に熱心ではなかったようだ。

 腰をかがめて、稲束を掴んで、そして力をかけて刈り取る。この行程の繰り返しだ。

 これって、一人当たり五千回くらい繰り返さないといけないんじゃなかろうか。この概算にアキラは急にきつくなった気がした。多分まだ三百回くらいだぞ……


 少し水を飲むと、アキラは作業を再開した。


 しかし、雑草が思っていたより遥かに多い。稲みたいだけど稲穂が無い奴だ。下手したら立派な雑草に稲が埋もれているような場所すらある。ちゃんと除草はしていると聞いていたのだが。お陰で稲束と雑草を分けるのが面倒くさい。


 昼頃には、アキラはもう腕が上がらなくなっていたが、おおよそ今日の分のノルマは消化したらしい。一日で全部やりとげなくても良いのだ。


 皆で屋敷に戻ると麦湯を飲んで水浴びして昼寝して、それから田に戻り、田に建てた物干しに今日刈り取った分を干し掛けていく。思ったより分量あったな。


 屋敷に戻ると、千歯扱きの組み立てだ。

 伐採したばかりの今年の竹をアキラは早速使っていた。但しこれはいつものアキラの珍細工扱いだから、端材扱いになる細めの奴とか割れた奴などが素材になる。

 竹で作った先を尖らせた細板を20本ばかり、材木の端材二枚で挟む。竹の幅に合わせて挟む部分に溝を掘っておいたのできっちり固定できる。二枚は麻縄で堅く締め付けて縛られる。本当はもっとちゃんとした固定にすべきなんだろうけど、これは最初だ。

 端材の一方には別の端材で足を付けている。組み上がると、並ぶ竹の歯が斜め上に聳える千歯扱きの出来上がりだ。そして出番はまだ半月先だ。

 

 去年さんざん思ったものだ。千歯扱きの出番だろうと。

 ずっと竹の棒二本で稲穂をしごいて、しごいて、しごいて、アキラは二ヶ月くらいずっとその脱穀作業と呼ぶにはあまりにも非効率なその作業をやらされ続けた。

 そして終わったら籾摺りだった。冬の間、寒い中、木の()き臼をアキラはひたすら廻し続けた。

 今年はそんなのは勘弁だ。


     ・


 きつい肉体労働のあとの夕餉(ゆうげ)、いつもの一汁一菜は、アキラのものだけやけに盛りが良い。

 いや、実は最近えらく待遇が良いのだ。


「アキラの分はこれ多きぞ」


 隣の雑色が声を上げたが、


「我が婿の分である」


 この声は、盂蘭盆会のとき屋敷に来て以来屋敷の女房をやっているクワメだ。

 あれからしばらく尼女御のもとで仕込まれて、最近ようやく料理なども手伝わせるようになったらしい。

 最初はとにかくモノの扱いや所作、ケガレ忌みし事を仕込むのが大変だったそうだ。ケガレ忌みとは要するにこの時代なりの衛生観念だ。

 ただ物覚えは良く、直ぐに小間仕事を任せられるようになった。例えば母屋の格子の上げ下ろしは今、クワメの仕事だ。


 クワメはあれから見違えるようになった。

 清潔な小袖をきちんと着て、身体にわずかに肉がつくようになった。髪も良く整えつやのあるのを纏めている。かつてのような垢じみた小枝のような細さではない。

 表情も明るくなったのではなかろうか。


「よく食われよ」


 元々機転の利く少女だったが、尼女御いわく頭の巡りは良いそうだ。ただ、なにぶん教育と云うものを一切受けていない身の上である。

 言葉から教えねばならぬ、文字などまだ遠い先のこと、と尼女御は深くため息をついてこの話を締めた。

 とにかく頭は良い。

 たとえば今、アキラは、自分の飯がゴージャスになっているのを黙認すれば、すなわちクワメが嫁であるという黙認も与えることになる。勿論それがクワメの目論見だ。


 実際のところ、アキラはかなりほだされていた。


 まず、クワメの身の上をもうちょっと確かにしたい。

 クワメは若く健康で、決して不細工と言う訳ではない。クワメの容貌についての悪口を数度耳にしたが、どうやら完全に悪口と言う訳ではない、半分はやっかみ、そういうニュアンスだった。

 という訳で、性衝動の塊である武者たちや雑色どもに幾度となく言い寄られているようだ。

 その度にクワメは、アキラの嫁であると主張してこれを退けてきた。


 アキラも最近ではこの屋敷でもそれなりの地位にあると目されるようになった身である。これはかなり効いたようだ。ただ、それもアキラ本人が認めなければ何にもならない。

 実際のところアキラは陽には認めていない訳で、この状態が続けばいずれ問題が起きるだろう。


 次に、いや最初にかも知れないが、やはりクワメは魅力的だ。

 21世紀の美的感覚で言えば、クワメはどんぴしゃである。

 クワメには、なんとまぁ、胸があるのだ。


 ブラの無いこの時代、巨乳は例外無く醜く垂れる運命にある。乳は決して歓迎される要素ではない。だが、アキラだけは別だ。

 いつかきっとブラをつくってやりたい。そんなキモい願いさえ抱いてしまう。


 そこで考えているのが、どこで、どういう条件で、クワメを嫁と認めるか、だ。

 単純な話、これはどこまでもアキラ次第の話だ。

 そしてデッドラインは本当にもうすぐだ。刈り入れの後すぐ嫁を迎える。それが正式なタイミングだった。それまでに決めてしまわないといけない。


 恋愛というプロセスを経ていない。それだけがアキラを押し留めていた。21世紀由来の、今となってはほとんど無意味な拘りだ。

 よし、もうクワメを嫁としてしまおう。アキラは腹を決めた。


 では、頼季様に告げてしまおう。

 そう思い立って屋敷を探したが、いない。そこで気づいたが、郎党たちもいない。

 馬も弓もなくなっている。

 まるでいくさでも始めるかのような雰囲気だ。


 アキラは薬師堂の前で尼女御を見つけると、次第を聞いた。


「毎年のことです」


 盗賊らしきものが荘内をうろつくのを見たものがいるとの事。

 賊の襲撃があるとすれば今日か明日の夜でしょうと尼女御は言う。狙いは、刈り取りで疲れ果てて住民が抵抗できないタイミングだ。

 盗賊というものは季節を問わず活動するが、この時期に出る賊は貧しく飢えている事が多いという。そりゃ収穫前である。どの郷を襲っても蓄えは少ない。


 山に篭った賊というのは殆どが食い詰めた百姓である。食い詰めた百姓が山へ行くのはよくある話らしいが、山で生き残るのは難しい。

 自然彼らは盗賊となり、かつての仲間たちを襲うのだそうだ。そして恐らく飢餓状態であるだろう。腹を満たすためなら殺しも厭わない獣がこの時期は出来上がりやすいという話だ。


「あなたたちは心配することなく寝ていなさい。どうせ弓も矢もないのでしょう」


 いや、そうなのですが。

 アキラは俘囚頭たちに寝る際に刀を手元において置くように言ったが、盗賊の襲撃が有るやも知れないと言ってしまったせいで、皆なかなか寝付けなくなってしまった。


 翌日は寝不足の連中の動きは鈍く、アキラは俘囚頭たちと話し合って仕事を早めに切り上げることとした。

 (あぜ)で思い思いに寝転がる連中に寄っていく女たちに、ああこれが連中の嫁かと見当がついた。

 実際には嫁の実家への支度品を調達しないといけないからまだ夫婦ではない。しかしもう十分に情を通じているように見える。つまり、イチャついてやがる。


 屋敷に戻ると、盗賊への対応について起き出したばかりの頼季様と話し合う。


「吾子らは数に入れておらぬ。危うきことはするな」


 ならば、せめて屋敷を守るくらいは、とアキラが食い下がると、意外とあっさり頼季様は折れた。


「ならば、よいな、屋敷からは出るな。弓に張っていない弦があったな。いざとなればあれを(つる)打ちいたせ」


 音で矢を射たと錯覚させるのか。

 屋敷から出るなとアキラは再度念を押された。

 アキラは別に考えていたことがある。以前より試作していた手桶を集める。


 板を組み合わせて桶を作る試みはまだ完全には、水漏れの無い満足できる桶を作るところまで行っていなかった。

 しかし、すこし水漏れする小さな手桶たちも今日考えているような用途にはぴったりだ。

 アキラは俘囚たちに桶を割り当て、賊が柴垣に火をつけたら桶に汲んだ水で消せと命じた。水は庭の池から取ることになる。


 弦を板に巻いて鳴らせるようにしたが、これが思ったより良く響く。これは共鳴胴を付けたらギターになりそうだ。

 石を拾って溜めておくように言うと、おおよそ準備は完了だ。


        ・


 夜半過ぎ、うとうとしているところをアキラは叩き起こされた。

 指し示されたのは、松明らしき灯りが揺れながら近づく様子だ。数は2つ。

 

 思ったとおりだ。もし屋敷で騒ぎを起こせれば、武者たちは屋敷に戻らざるを得なくなる。そして少人数で騒ぎを起こすなら、火を付けるのが手っ取り早い。

 俘囚たちは既に桶に水を汲み待機していた。水が漏れるといっても大した量ではない。水量は充分持つ。

 松明は二手に分かれて柴垣に近づき、そこでアキラは攻撃を指示した。

 石が投じられ、弓鳴りが響く。投石の風切り音は矢の立てる音と区別が付くまい。石が当たったのか、怒りとも知れない叫びが上がる。

 もう一方は松明を捨てて逃げた。柴垣の上に落ちた松明の火はすぐに桶の水で消された。


 翌日、田んぼに出てみると、道端に転がる死体が二つ、いや三つ。死体の一つは用水路に落ちていて近づくまで見つからなかった。

 どうやら昨晩のうちに武者たちに始末された盗賊らしい。


 一瞬、大物部季通ではあるまいか、とアキラは思った。いや違う。

 ぼろぼろの衣に垢じみた茶色の肌、こけた頬は髭に覆われ、手に持つ刀は錆びが浮いている。竹を紐で繋いで作ったとおぼしき鎧はすっぱりと切り裂かれていた。致命傷は刀傷か。


 大物部季通は今頃どうしているのであろうか。

 武者に憧れていたが弓もよく学ばず馬もよく乗れた訳ではない。それでいて農事も学んだ訳でもない。

 大物部季通が野垂れ死にしていないとなれば、盗賊になっているというのが一番ありうる話である。

 信田小太郎などは、恨みに思う者をほおって置くな、殺しておかぬアキラが悪いと言うが、アキラはそんなにさっぱり人を殺せるようにはできていない。

 そもそもアキラは大物部季通を決して憎んでいた訳ではない。反抗心は向上心あってのこと。そこを評価すると、実は結構惜しかったのではないか、という気にもなる。

 だがそれも過去の話だ。


 昨晩のうちに退治した盗賊は計5人、他にも少なくとも2人に手傷を負わせたという。


 盗賊たちの死体から持ち物が剥ぎ取られる。葬る場所を決めるのは陰陽の知識のあるアキラの仕事だった。屋敷からみて方忌みを避けなければいけない。


 その日アキラたちの仕事は、盗賊たちを埋める穴を掘ることで終わった。

#28 稲作の後処理について


 古代においては稲は穂先だけが刈り取られていましたが、鉄製農機具の普及によって弥生時代には稲束の根元からの刈り取りとなります。

 稲束から籾を分離するのはその後二週間ほど籾を乾燥させた後になります。現在用いられているコンバイン機械では刈り取りから籾の分離まで一度にやってしまいますが、その後に乾燥行程が入ります。

 籾の分離法としては長いこと扱箸に稲穂を挟んでしごき落とす方法が用いられていました。この方法は長大な労働時間を要求したため、多くの場合年越しの直前までやる羽目になります。納税される官物はこの籾の状態でした。

 作中も貯蔵はこの段階で行なわれることになります。


 その後は籾から籾殻を落とし玄米にする籾摺り行程です。木の臼に入れて竪杵で搗く方式は精米までの一貫行程として古代から中世までみられました。その日食べる分だけ精米する分にはこの方法が多用されます。


 平安時代になると木摺臼が使われるようになります。これは木製の二分割構造の碾き臼ですが、回転させずに途中で止めて逆に廻す、円摺動を繰り返す方式です。籾は木摺臼の上部中央の擂鉢部分から供給され、下部のスカート状に広がる部分で上部と合わせて摺られて籾殻を剥ぎ取られて臼外部へと排出されます。

 江戸時代になると土臼または唐臼と呼ばれる臼が取って代わります。これは摺動部が土になり、回転運動で籾摺りができるようになるため動力化が容易になります。まぁ普通は人力で使われましたが。

 現在ではゴムローラーに挟んで籾殻を剥ぎ取る籾摺り機が用いられています。

 この行程が終わると玄米とその他のゴミを分別します。竹箕をふるっての選別が唐箕が導入されるまで続きました。

 精米、特に大規模な精米は酒造と関連して発達します。石臼を使う踏み臼からやがて水車動力が使われるようになります。

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