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#14:1018年3月 事務

 夕方になると夕食の席に招かれた。光衡殿の一家と座を囲む。

 酒が出てきて、ああこれは宴かと見当がついた。アキラは客なのだ。


 流石は貴族の食事だ。まず食事の質がまったく違う。

 よく精米された白米に川魚の焼き物には味噌が添えてあり、吸い物に麦をこねたと思しき団子、大根の漬物が付いてくる。

 これらが台付きの膳に乗って出て来た。そして更に酒が付いてくる。


 知らぬ顔がある。若い男で、自己紹介をすると、平の貞長であるとの名乗りがあった。ああ件の二郎殿か。アキラにも光衡殿の息子だと見当はついた。

 硯を貸してくれた姫君も姿を見せている。浮舟殿だったっけ。目が会うと、さっと袖で顔を隠してしまった。


 しかし、一家団欒とは。聞いていた貴族の様子とは随分と違う気がする。例えば娘さんなんかは客の目に晒したりはしない筈だが。

 だがやがて、この座の人々を眺めて感じる奇妙な雰囲気に馴染むにつれ、なんとなく得心がいくような気がした。


 ここにあるのは絶望的な孤独だ。遥か文明の地から離れて孤立した人たちが肩を寄せ合う光景だ。

 母屋の(しとみ)の向こうが森と沼、暗黒であろうことをアキラは今強く意識した。



 食事の席の話題はアキラについてだった。


「アキラ殿は式を使われるか」


 そう訊いたのは光衡殿だった。


「然り。いろいろな式を使いまする」


 せいぜい連立方程式程度だが、たしかに使う。だが、なんか周りの反応が違う。


「ぜひ一度、みせてくだされぬか」


 何を見せればいいのか見当もつかないが、数式を書いたものでも見せればいいのか。アキラは快諾した。


「師はどちらに」


 先生のことか。大学で、と言うと納得された。


「陰陽寮ではなく?」


 寮暮らしはしなかった。大学時代は実家からの通いである。


「鬼神を避けるにはどのようにすれば良いのですか?」


 浮舟殿が尋ねる。しかし、


「あずさよ、かようなことを訊くな。鬼神などおらぬ。

 こやつ、さかしらを偽りてたばかると見た。尻はたきて足利に打ち帰さん」


 二郎殿は喧嘩腰である。しかし、あずさ?

 浮舟ではなく、あずさが本名か。偽名としたら、浮舟とは。


 源氏物語だ。


 思い出した。確か番外編のヒロインだ。

 そういう事か。アキラは得心した。まぁあるよね、ちょっと恥ずかしい二つ名を名乗っちゃうとか。お年頃というものだろう。


「二郎殿の言われる通り、鬼神などおりませぬ」


 アキラは断言してみせた。

 鬼らしいものを見たことがあるなどとは言わぬ。アキラはもう、あれは譫妄状態で見た幻なのだと思っている。


「ほう、鬼神はおらぬのに式は使うという」


 二郎殿のその軽口を聞いて、アキラは自分の勘違いに気づいた。ここで言っている式とは式神のことだ。

 さんざん陰陽師扱いされているんだから気づけという話だ。全く。

 ……どう言い逃れる?


「吾が使う式は、牛馬のごときもの。使い方を知れば、誰でも使えましょう」


「ほう、ならば教えてくれ」


 ほらきた。勢い込む二郎殿に、アキラはそらきたとばかりに話しはじめた。


「ではまず、素数を教えて進ぜましょう。

 数と言うものは一から始めて二、三、四、百や千、万と様々にございますが、その中にも貴き数と云うものがございます。それが素数。

 算に掛け算というものがございます。これを逆に行うのが割り算。10人を2つに割れば5人が2つになります。

 そして世には、割れる数と割れぬ数、すなわち素数とがあるのです。

 すなわち、2は素数、3は素数、4は2で割れるゆえ素数ではありませぬ。5は素数、6は3で割れるゆえ素数にあらず。

 7は素数。8は2で割れるゆえ素数にあらず。9は3で割れるゆえ素数にあらず。10は2で割れるゆえ素数にあらず。11は素数」


 ここで一息つく。


「その素数とやら、どう使う」


 二郎殿が問う。


「素因数分解に役立ちますな。全ての数は素数の組み合わせに過ぎませぬ。何か数をお示しくだされ。たちどころに素因数分解してご覧に入れましょう」


「……何をいうておる」


「二郎よ、控えよ」


 そこに光衡殿の声が割って入る。


「アキラ殿の式は、算ばかりに限られるのですか」


「いかにも。よくお気づきになられた」


 肩のチカラが抜ける。話の落としどころが光衡殿のおかげでようやく見えた。

 これは全力で褒めちぎるに限る。

 我が舌よ、全力で回れ!アキラは必死で褒め言葉を探した。


「より多くの数に触れておられる方は、数を見る目もおのずと市井のものとは違ってくるものですな。

 そして文字のつらなりであるお経が有り難いものであるように、数の連なりも、よき治世のもとではまた貴くなるものです」


 二郎殿までは誤魔化しきれないだろうな。


          ・


 藤原兼光が出した収穫予想の数字、五十二万七千七百石に関しては、眠りに落ちる前に電撃的に謎が解けた。

 田の全てが一段あたり二十五斗取れる超優良田だと仮定して、そこから現実的な取れ高として七割を予想する。25かける0.7は17.5。

 完全に頭の中だけの"現実的な予想"だ。これは駄目だ。


          ・


 翌日はまず光衡殿と膝を詰める。

 まずは何をすれば良いのか、はっきりさせたい。


「まず大事は、つつがなく国司の職を終えることじゃ

 解由(げゆ)の発給を何事もなく終えるのは大仕事ゆえ、アキラには大きな働きをしてもらおう」


 光衡殿はこの点を強調した。

 解由とは次の国司に渡す報告書である。これを次の国司が受領し問題なしとして、ようやく功績が認められ、昇格つまり階位が上がることになる。国司の別名である受領は、この解由を受領することから付いたものらしい。

 階位と役職は貴族の存在価値である。この階位を一つ上げるのに貴族は血なまこになる。だからアキラはこのサポートにまず全力を尽くさなければいけない。


 必要なのは、解由の文書が揃っていて、報告の数字が合っていることだ。

 ところが、現状これがかなり難しい。一つは古い資料が失われていて、例えば田畑の詳細を記録した文書は平将門に焼かれたきりになっていた。

 もう一つは前任者が税を全て納めておらず、そのツケを後任に廻したことだ。未勘文というツケ書きがたっぷり出て来た。


 税を都に持って行くのはアキラの仕事ではなかったが、これもきちんと行なわれないといけない。

 この東国からどうやって運ぶか。これは下野から都まで人が担いで運ぶことになる。なにせ船で運ぼうにも、外洋に出て行けるような船はこの東国には無い。西国ならあるそうだが、それは瀬戸内海を使えるから、という理由が大きいだろう。

 馬に乗せるという方法もあったが、荷に対して馬が少ない。

 馬に荷車を引かせるという方法は、無い。そもそも荷車が牛に曳かせるタイプしか無いのだ。

 他人事ながら、大変な話だ。


「その上で、国司の任に相応しき富益を受けることも大事となる」


 要するに、受領としてそれなりの富を得たいという事か。


”受領は倒るるところに土をつかめ”


 この言葉が脳裏に浮かぶ。この時代、受領と言えばこの言葉である。4年の任期の間、受領は領民を苦しめ任国から富を搾り取って都に帰っていく。そんなイメージが世間には横行しているようだ。

 この真面目な官人らしき光衡殿も結局は受領、強欲に取りつかれてしまったのか。


 まぁ、そうだろうなぁ。

 京都に住んでいる貴族とっては、地方の国司というのはボーナスステージ扱いの筈である。


 そしてアキラは受領殿の目代として、そういった目論見に従わなくてはいけない訳だが、しかし私出挙のたぐいがその冨の源泉だとしたら、それはどうにかしたい。


 だけどさ、どうにかする必要あるのかな?


 アキラの個人的な目標には、生活の快適さの追求はあっても、社会的な正義とか公正の追求なんてものは入ってはいない。アキラは正義の味方でも神に選ばれた勇者でもないのだ。

 そして今、普段とは数段上の内容の食事を食べ、肉体労働じゃなく書類仕事を評価され、暖かい寝床で寝ることが出来た今、この待遇は維持したいし光衡殿の厚意もがっちり得ておきたい。

 だから、アキラは光衡殿を全力で喜ばせながら片手間で暇なときに農民を困窮から救うという、実に外道臭いポジションを取ることになる。


 しかし、アキラには目算があった。

 要するに、社会全体を富ませれば良いのだ。なにせアキラには千年後の知識があるのだ。


 もちろんアキラのPythonやMatlabの知識は全く役に立たないし、それどころか電気関係全般の知識を使うことも無いだろう。

 以前アキラは、自分の知識でこの時代で使えそうなものをリストアップしていって、それが驚くほど少ないことに愕然としたものだ。

 そして、この時代必須と思われる知識を全く持っていないことにも。


 でもアキラは悲観していない。この半年で学んだことは多い。役立ったかどうかは別として、自分の知識を使うことも出来た。そして、確実に出来ることは増えている。

 要するに、この先なんとかなるんじゃないかという楽観だ。


 この先というのがどのくらい先になるかはわからない。しかし、水車や人糞などの肥料の投入だけでも結構なインパクトがあるんじゃないかと思うのだ。

 あと、河川の治水もどうにかしたい。もしかしたら現状全くの手つかずなんじゃあるまいか。

 こう考えていくと、結構やることはある。

 しかしだ、まず光衡殿の挙げた最初の目標が危うい。


「まず、解由を作るのに足りぬは、国図でありましょうか」


 国図とは、その国の田んぼの詳細を記録した図面のことだ。ふつうこの国図は昔大々的に調べたものをそのまま使っているのだが、しかしこの下野の国図は平将門によって焼かれてしまったらしい。

 同時に戸籍も焼けて失せたという。

 財産管理文書はその財産とともにみな焼けてしまったから失せてもまぁ問題ではない。それに今の屋敷などのリストを作るのは簡単だ。


「作るべきなのだろうなぁ」


「そもそも田の広さ、本当に三万百五十五町かどうかも怪しいでしょう」


 そもそもその数字、少なくとも百年くらい前の数字の筈だ。荒れて耕作されなくなった田んぼがある一方で、新たに開拓される田んぼもある訳で、いまやかなり違っている筈だ。

 昨日、収穫の計算に使ったのは各郡司から報告のあった数字だが、これも信用できるか判らない。というか百年前の数字と合計が一致している時点でおかしい。


不堪佃田(ふかんでんでん)の奏文、いかに書くべきか。いや、減省解文(げんせいのげもん)ば書くべきやも知れぬ」


 要するに訳アリなので税を減免してくれという陳情書だ。勿論ちゃんとした理由が要るらしい。


「少しづつでも検田すべきでしょう」


「ではまず足利からな」


 墓穴を掘った。しかしそもそも、やるつもりだった作業だ。


「承知致しました」


           ・


 話がまとまると、つまり今の段階で屋敷でできる仕事は限られる。

 これは要するに、仕事のふりをして過ごせるという事だ。残りの二日はひたすら屋敷にある文書を読んで過ごした。


 屋敷で見つけた文書の中には、ずっと読みたいと思っていたものがあった。法律、律令だ。当たり前だが全部漢文である。

 ようやく欲しい記述の一部を見つけた。獄令、犯罪に対する罰を主に定義している部分だ。内容は正直よく判らない。あとは遺産相続と詐欺、契約不履行に関する部分が最低限欲しい。

 だが、……これは、相当部分が空文化しているのではあるまいか。


 次いで見つけたのが延喜式、これは変なおまじない集かと思っていたら、なんというか必須文書だった。どういう税を朝廷に納めるべきか、きちんと書いてある。

 租庸調、これだけ全部納めないといけないのか。下野だとどうも絹を納めればいいような按配だ。なんか文書のフォーマットまで書いてある。

 これを読んで実行すれば役人仕事は全部できるって内容なのか。

 できれば書き写したいが、紙がない。墨ももう返さないと。


 そして、暦を見つけた。物忌みだとか方違いだとかちゃんと記載されている奴だ。

 やばい。没の日と滅の日って違うのか。70日周期のよくわからないけど休日って扱いにしていた。仕組みがわからない。

 とりあえず書き写そう。紙をパクって書き写す。


 二日目の夕方には風呂に入れた。

 風呂そのものは月に一度、足利の屋敷でも入れたが、それは尼女御が家人を清潔にするのにご執心だったせいで、屋敷で働くものは全員入れたのだ。

 だがアキラの番は当然ながら一番最後で、既に人の垢でどろどろの、ほとんど水にまで冷めた湯だった。

 国府屋敷の風呂は、垢らしいものも浮いておらず、しかもしっかりと暖かい。

 文明ばんざい。


 三日目には、光衡殿に延喜式の記述のことを話題に挙げてポイントを稼いだ。光衡殿は絹や麻布とか紙とか、そういう税については郡司の出す書類の上でしか把握していない。


 硯と墨を返そうと女房の一人に言伝る。お礼にいずれ墨は新しいものを調達して差し上げたいと伝えて欲しいと、そう言って渡した。

 ついでに、夕食にどうやら自分の分の料理が無い事を確認できたので、帰るタイミングを把握できた。

 懐には、パクった紙が忍ばせてある。

 陽が翳ってきたころに、光衡殿に暇乞いをする。


 夕日に向かって田んぼの中の道を東へと、足利へと、馬を歩ませる。

 夢のような三日間はこれで終わりだ。長い影が後ろ髪のように路上に伸びる。

 これからまた、山奥の暮らしが始まるのだ。

#14 数学について


 律令の制度が整えられた当初は国家によって養成されていた数学の専門家、算博士、算生たちはやがて地位を衰退させ、高等数学は11世紀初頭には陰陽道の暦を扱う家にしか伝承されなくなります。当時日本に伝わっていた数学書、例えば九章算術には連立一次方程式や複利計算、面積計算などが載っていましたが、それ以上は必要とされることも無かったでしょう。また、この水準の数学は秘術とされていたでしょう。

 この時代の数学の扱いは、例えば今昔物語集の第二十四巻の二十二、俊平入道の弟、算の術を習へる話には、算の術とは病気を癒しも殺しもする、極めて恐ろしい術として描写されています。

 但し、地方国衙の収入計算などの、算木を扱う計算などは目代などが行なうことがありました。算木は計算をするときには欠かせない道具として常に存在しました。

 算木とは短い棒を組み合わせて数を表現するものです。そろばんと違い、そのまま加算蓄積ができたりするわけではありません。あくまで表現できるだけです。ただ、この表現が重要でした、漢字による数表現とは違って、算木ではそのまま十進数表現ができたのです。つまるところ算木を使えばアラビア数字と同じレベルの数操作ができた訳です。ゼロの表現はその桁に算木を置かないことで表現することができました。また奇偶桁別に置き方が二種あり、これで桁判別を容易にしていました。

 ただ、目代の算術の技能としては四則演算以上のことができたかは不明です。

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