【三章】式獣使いのお仕事。 *5*
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遥たちが葉月の看病をしている間、スピカはアリエスに「話がある」と言われ、廊下へ連れ出されていた。
絆侶たちに聞かれたくない話でもあるのか、アリエスはどんどん式獣課から離れ、一階のエントランスの隅まで来たところで、ようやく立ち止まった。
『話って、なんだ?』
単刀直入に聞くスピカに、アリエスは不安げな瞳を返し、やがて何かを覚悟したように切り出した。
『スピカさまは……もしかして、空良さまの前の絆侶の、同魂式獣ではないですか?』
同魂式獣とは、一度死した式獣の魂が記憶と共に別の式獣として新たな生を得たという非常に珍しい存在のことだ。
あまりにも唐突なアリエスの問いにスピカは目を見張る。が、すぐに首を横に振って否定した。
『違い、ましたか……』
『……なぜ、そう思った?』
明らかに落ち込んだ様子のアリエスに何かを感じ取ったスピカは一瞬躊躇った後、唸るように尋ね返した。
『……その、空良さまの前の絆侶の方とスピカさまの姿がとてもよく似てらしたので……もしかしたら、と。ごめんなさい、勘違いでしたわ』
『なるほど。だが、当たらずとも遠からず、だな。こっちこそ、キミを初めて見た時は、前の自分を見ているのかと、正直焦ったよ』
陽光を浴びて輝く真っ白な毛並みは、遥が大好きだと言っていた白犬にそっくりで。
『えっ? ではまさか……パールさまだったのですか?』
遥の父、肇と共に事故で亡くなったはずの絆侶の名に、スピカは小さく頷いた。
『まぁ、真珠星もスピカも同じ星の名前だし、いつか誰かに気付かれるとは思ってたが』
気付かれるまでの時間の短さとその相手を意外に思い苦笑する。と同時に、バレたことによって抱えていた荷物を下ろせたような、どこかスッキリとした気分がスピカの胸の内に生まれていた。
何となく知られたくないと思っていた反面、実は誰かに気付いてほしかったらしい。
『遥さまは、このこと……ご存知ないのですか?』
『ああ。たとえ、前の自分……パールとしての記憶を持っていても、オイラはオイラだ。今は遥のために存在する、スピカだからな』
言いながら、スピカの脳裏には配属初日の朝、何気なく遥に言われた言葉が蘇った。
――スッピーはスッピーだもん。
他の何だろうと関係ない、というその考えに、スピカは密やかながら小さな勇気と自信を貰った気がした。例え、前の自分が何をしたのか、いや、できなかったのかを知ったとしても、彼女ならば許してくれるのではないかと、そう信じることができた。
今はまだ、真実を打ち明けるほどの勇気はないけれど、いつかきっと。
『わたくし……スピカさまが羨ましいですわ』
『それは、同魂式獣だってことがか? それとも、この姿がか?』
『両方です。わたくしも空良さまの前の絆侶の生まれ変わりだったら……せめて、姿だけでも似ていれば、空良さまは……』
『名前で呼んでくれる、ってか?』
スピカの指摘に、アリエスが瞬いた。
『なんで知ってるって? そりゃ、ちょっと観察してりゃ気付くさ。だけどよ、そんなの関係ねーよ。生まれ変わりじゃなくたって、お前はお前の魅力で、奴を振り向かせてみせれば良いじゃないか』
姿も名前も所詮、入れ物だ。大事なのは心だろ、とスピカはアリエスに言う。
『そうでしょうか? でも……もし今、空良さまの前にシェラさまの、前の絆侶の生まれ変わりの方が現れたら、きっと彼はそちらへ行ってしまう気がしますの』
『さぁ、それはどうだろうな。確かに、いなくなった奴ってのは思い出の中で美化されて印象に強く残ってるかもしれない。だが、この三年間、絆侶として空良と共に過ごしてきたのは、誰だ? そこにいるキミだろ?』
『スピカさま……』
『もっと、自信を持っても良いと思うぞ』
スピカの言葉に恥ずかしそうに微笑み、頷いたアリエスだったが、式獣課へと戻ろうとして、ふと首を傾げた。
『あの……スピカさまはなぜ、私と空良さまが三年前に出会ったことを知っているのですか?』
ふいを突かれたようにスピカは足を止めた。
『そっ……れは……』
空良の前の絆侶であるシェラが、前の自分を助けようとして瀕死に陥り、そして目の前で息絶えていったのが三年前だったと知っているから。
それは、生まれ変わったスピカが忘れたくても忘れられなかった、悲しい記憶。
『え?』
『いや……まぁ、気にするな』
スピカのつぶやきを聞き漏らしたアリエスは首を傾げたが、何かから逃げるように式獣課に向かって駆け出したスピカを、黙って追いかけたのだった。




