【三章】式獣使いのお仕事。 *3*
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「いやー、今日は凄かったなー。この一年間、オレも色んな小学校に行ったけど、こーゆーのは初めてだぜ!」
帰りの車中、珍しく助手席に座った灯也が、あっけらかんと笑いながら言った。
灯也は「傷は大したことないし気にしないので、あまり騒ぐな」と言ったのだが、教頭に続いて校長や担任教諭、カッターを投げた少年の親にまで頭を下げられた。
悪ふざけのつもりだったという少年も、親に怒鳴られ一応は反省したようだった。
「ホントにびっくりでしたねー。花島先輩も、こういうのは初めてなんですか?」
スピカやレプス、コルンに囲まれて後部座席に座っていた遥が、愁一郎に尋ねる。が、ハンドルを握っている愁一郎は無言のまま。思えば車に乗り込んでから彼はまだ一度も口を開いていなかった。
「……愁先輩、もしかして怒ってます?」
灯也が恐るおそる尋ねると、愁一郎は小さくため息をついた。
「当たり前です。その傷のどこが……『全然平気』なんですか」
カッターは思いのほか勢いよく投げられていたようで、保健室の先生が言うには、傷は見た目よりもずっと深いとのことだった。
「本当に平気ッスよ。こんなケガ、族時代は日常茶飯事でしたからー。それに、オレ、愁先輩が無事だったなら本望ッスから。ええと、栄光の負傷ってヤツ?」
「名誉の負傷?」
「そうそれ! 遥ちゃん、よく知って……」
遥と灯也、二人が笑い合った瞬間、ガクンと身体が前のめりになり、車が急停車した。
赤信号だから止まるのは仕方ないにしても、愁一郎にしては随分と荒っぽい停め方だ。
「……愁先輩?」
「灯也くん、忘れたのですか?」
何を、と言いかけた灯也はハッとして息を呑み、渋面を浮かべた。
遥は何のことだかわからないまま、静かに続く言葉を待った。
「我々、助ける側の人間がケガをしてはいけない。なぜなら、助ける側の負った傷が、助けられた人の心を傷つけてしまうからだと。去年、そう教えたでしょう? 傷を負ってでも助けたいなんて、ただの自己満足ですよ。そんなこと、絶対に考えたらいけません」
愁一郎の真剣な眼差しに、灯也は気まずそうに目を伏せた。
遥も、先日の任務で自分を犠牲にしてでも助けたい、助けるべきだと考えていたことを思い出し、肩を落とす。
「二人とも、それに後ろの式獣たちもみんな、ケガをしたら誰かが悲しむということを忘れないで下さいね」
「『はい……』」
「それから、灯也くん……さっきは庇って下さって、ありがとうございました」
それまでの怖い表情が解け、いつもの優しい雰囲気に戻った愁一郎に、灯也は照れくさそうに微笑み返した。
やがて信号は青に変わり、車は再び彩瀬署に向かって進み出した。