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式獣使い  作者: 矢凪
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【二章】冷たい雨と現実。 *3*

 *3*


 土砂崩れの現場近く、消防側で設置した対策本部へと到着した遥たちは、そこで現場の詳しい状況や捜索の方法を確認しあう。

 事故発生時の深岳(みたけ)山麓の降雨量は、1時間当たり45ミリ。バケツをひっくり返したような、と表現される量の雨だった。今も、視界を覆う霧雨が絶え間なく降り続いていた。

現場となった急斜面の崖下には三軒の民家があり、うち1軒は全壊、2軒は半壊状態だという。

近所の住人と、全壊状態の家から偶然出掛けていて助かったという女性からの情報で、要救助者は65歳の男性1名と女性1名、32歳の男性1名と確認されていた。

榎木(えのき)風見(かざみ)は東側の家屋周辺から、渡月と俺は西側から捜索する。コルンは周囲の情報収集と、何か異変があれば、すぐに渡月を通して俺に報告を。以上だ。質問は?」

「ありません!」

「では、行くぞ」

「『了解!』」


 土砂には大量の木枝や岩、潰された瓦屋根の破片などが混ざっている。空良はそれらに気をつけながら、慣れた足取りで、しかし慎重に、アリエスに捜索するポイントを指示しながら、捜索して回っている。

 一方、遥は初めての土砂災害現場に戸惑いを隠せなかった。

 スピカが先行して、人のニオイがしないか、小さな音や声も聞き逃さないようにと地面に鼻を近づけながら、進んでいく。遥はその後ろからついて行くという、空良たちとは逆の形になっていた。

「スッピー、どう?」

『……クソっ、雨のニオイが邪魔で、集中できねぇ!』

 それから十五分後、遥とスピカは何の成果も得られないまま、再び激しくなってきた雨に、対策本部の方から一時撤退の提案が出されて立ち止まった。

 時を同じくして、崖の上の方を見てきたコルンが遥の下へ舞い降りた。

「コルン、どうだった?」

『うむ、相当地盤が緩んでおったからのぅ、再び小規模だが崖崩れが発生する恐れがあるかもしれんな。本部(ヤツら)の言うとおり、一度撤退した方が良いじゃろ』

「そっか……わかったわ」

 コルンの意見を報告しようと、遥が空良に駆け寄った瞬間、アリエスが叫んだ。

『空良さま、要救助者の気配があります!』

「よし、よく見つけたな。生存確認はできるか?」

「ええ、非常に弱々しいですが、呼吸音が聞こえます。おそらく、捜索依頼のあった男性かと」

「了解。至急、応援を呼ぶぞ……っと、榎木たちからも連絡か――こちら朝霧。どうした?」

 無線で、香澄たちも老夫婦とみられる要救助者二名を発見し、無事救助した旨が伝えられる。

 遥がその報告に、思わず嬉しくなって気を抜いた、その時――コルンとアリエスが同時に土砂崩れの兆候を感じ取って崖の上を見やり、一斉に叫んだ。

『空良さま、退避を!』

『遥殿、土砂が来ます! お逃げ下さい!』

「でも、今、アリエスが見つけた人は……? 置いて逃げるんですかっ?」

「ここは一旦退避する! いいか渡月、これは命令だ!」 

 足を止めた遥の腕をぐいっと引き寄せると、空良は現場から早足で遠ざかっていく。

「課長、腕痛いです、離してください! あの人、見捨てていくんですか!?」

「……見捨てるわけじゃない。俺達まで土砂に巻き込まれて死んだら、助ける人がいなくなるだろうが。まだ、彼を助けられるチャンスは残っている」

「……っ」

 が、退避が完了した直後――地響きと共に、予想されていたよりも大規模な土砂崩れが発生し、要救助者は完全に土砂の下に埋もれてしまった。

「課長! 早く、早く助けに行かないと!」

「渡月、お前たちはここで待機だ」

「なんでですか!? 一人でも多い方が早く彼を見つけて、助けられるじゃないですか!」

「なぜ、だと? 絆侶の異変にも気付けない今のお前では、確実に足手まといになるからだ。せいぜい、ここで頭を冷やしてるんだな」

「……絆侶の、異変?」

 空良の言葉に、遥はハッとした。

 いつもぴったりと遥の足元についていてくれるスピカの姿が消えていた。慌てて見回すと、少し離れたところで尻尾を丸め、耳を後ろに向けてくっつけ、伏せていた。

「スッピー、どうしたの!? どこかケガでもしたのっ?」

 駆け寄りつつ、先日から遥も式獣使い用の手袋を着けているとはいえ、何の痛みも感じないことに、ケガを負っているわけではないと知る。何も言わないスピカに駆け寄った遥は、霧雨で濡れてしまった黒い毛並みを撫でようとして――気がついた。

 その小さな黒い身体が、震えていた。何かに怯えるように。

『……る、な』

「え?」

『来るな!』

 触れようとした瞬間、遥から顔を背け、全身で拒絶するようにスピカは叫んだ。

しかし、遥はそんなスピカに怯むことなくその場に膝をつくと、両手を伸ばす。

 ジタバタと抵抗し逃げようとするスピカを、無理やり抱き寄せて頬を寄せた。

「ごめんね、スッピー。そんなに怯えてたのに、全然気付いてあげられなくて……。もう大丈夫だよ。私はここにいるから、もう何も、怖くないよ」

ぎゅっと抱きしめながら、弱々しく垂れたスピカの耳元で遥は囁いた。

『……遥?』

「なぁに?」

『オレ……ごめん』

「は? やだ、なんでスッピーが謝ってんのよ。っていうか、今、スッピー、自分のこと『オレ』って言った?」

 らしくないスピカの口ぶりに、遥が思わず噴き出す。

『なっ、んだよ、笑うなよ! いいかげん、はーなーれーろーっ!』

「ごめんごめん……こんなこと、してる場合じゃないもんね……」

 ジタバタと暴れるスピカを解放した遥は、置かれている状況を思い出し、ため息をつく。

「彼、早く見つかるといいな……。大丈夫だよね? 課長たちなら、ちゃんと助け出してきてくれるよね?」

 一向に戻らない仲間たちに、不安が募る。

 現場にいるのに何もできない悔しさに歯噛みしながら、遥とスピカはただ待ち続け……

 やがて一時間が過ぎた頃、空良たちは泥だらけの姿で戻ってきた。


 アリエスが見つけたあの時はまだ生きていたはずの、彼の冷たい亡き骸と共に。


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