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式獣使い  作者: 矢凪
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【二章】冷たい雨と現実。 *2*

 *2*


 翌日の昼下がり――。

 珍しく全員が課内で事務処理をしている中、特にすることのない遥は、窓の外に重たく広がる曇り空を眺めてはため息を吐いていた。

「はぁ……」

『おい、これで7回目だぞ、遥』

「渡月、お前は朝からため息ばかりついて、何が不満なんだ?」

 遥のデスクの脇で伏せをしていたスピカが、うんざりしたようにつぶやいたのと、空良が呆れた様子で口を開いたのは同時だった。

「あ……すみません」

「課長、そんな言い方は良くないですよ。遥さん、何か悩み事でもあるのですか? 仕事でわからないことでしたら、聞いて下さって構わないのですけど?」

「仕事以外のことなら、オレに聞いてもイイぜ、遥ちゃん!」

「アンタは黙ってなさい!」

「うぃーっす……」

「で、どうなんだ、渡月」

 突然、皆に問い詰められた遥は、そんなに大したことじゃなかったのに……と、恥ずかしげに前置きをすると、渋々と話し始めた。

「北海道の千歳署(ちとせしょ)に同期の友人がいるんですけど、その子が先週末に初めて、救助の任務に出たんだそうです」

 遥と歳が最も近く仲が良かった同期の友人……七海(ななみ)とは、配属後も何度かメールや電話でやり取りをしていた。

「ああ、そういえば、雪山での遭難事故がありましたね。じゃあ、その子ってもしかして、大槻(おおつき)さんのことですか?」

「あ、はい、そうです!」

「愁先輩……何でそんなこと知ってるんスか?」

「情報担当として各地で起きた事故事例などを確認しておくのは基本ですよ、灯也くん。それで、その彼女がどうかなさったですか?」

「いえ、彼女が……絆侶と一緒に救助した方から、昨日、お礼の電話を貰ったって、嬉しそうに話してくれただけなんですけど……」

 ――ハルちゃん、どうしよう、私すっごく嬉しいよぅ! 式獣使いになって、本当に良かったよぅ!

 その時は、電話の向こうで興奮気味に語る七海と一緒に、遥は心の底から一緒に喜んでいた。なのに、電話を切った後、ふと思ったのだ。

 遥が彩瀬署に来て一週間、やったことといえば、地域の警ら任務や、PR活動の打ち合わせや事務処理、それに訓練……いわゆる《所轄系》の地味な任務(モノ)ばかり。

憧れの父親のように、たくさんの人を助ける仕事がしたいと思って、式獣使いになったのに、自分はまだ何もしていない。

 捜査協力のような、式獣の能力を活かす仕事は、まだ一つもさせてもらえていない、と。

 そう思ったら、遥は急に焦燥感に駆られて、いてもたってもいられなくなった。

 早く《本部系》の任務をやってみたい。でも、だからと言って、救助活動をしなければならない状況や事件なんて、起こってほしくない。

 二つの思いが交錯して、遥の思考は昨夜からグルグルと空回りするばかり。

「くだらないな。悩む暇があったら、他にできること、たくさんあるだろうが」

 遥の話を聞いた空良は鼻で笑った。そして、遥の隣の席で黙って聞いていた香澄も、空良の言葉に頷いた。

「同感ね。あたしたちの仕事は決して『人助け』することだけじゃないのよ。この意味、分かるかしら?」

 ため息まじりのその問いに、遥は申し訳なさそうに小さく首を横に振った。


 式獣使いと式獣がする、人助け以外のこととは何なのか――。


 遥がそれを聞き返そうとした瞬間、空良のデスクに置かれている無線機に、式獣総本部(しきじゅうそうほんぶ)からの緊急出動要請(スクランブル)が入ってきた。

「こちら式獣総本部。1320時、深岳(みたけ)山麓(さんろく)で広域に渡る土砂崩れ事故発生。先行の消防隊員より、式獣による捜索依頼です。彩瀬署は至急、出動可否報告願います」

 聞こえてきた女性の声に、課員たちは一斉に立ち上がった。

「こちら彩瀬署、了解。ただちに、花島(かしま)榎木(えのき)風見(かざみ)朝霧(あさぎり)の四名で現場へ向かいます」

人員(メンバー)了解。現場地図を転送しましたので、確認願います」

 無線からの声と同時に、パソコンを操作していた愁一郎が、現場地図の受信完了を空良に伝えた。

会議用スペースには灯也によって地図が広げられ、愁一郎が受け取ったデータを基に、現場まで向かう最短ルートの割り出しが行われる。

「C4Hでこのルートがいいんじゃね?」

「いえ、コルンの情報だと、こちらの道路は今朝方、小さな事故が起きていたとのことですので、C4Dのルートにしましょう』

「おっしゃあ、了解! オレは(ハコ)出してくるぜ!」

 緊迫した課内の空気に一人取り残されていた遥は、自分だけ出動人員(メンバー)に加えられていなかったことに気付き、空良に詰め寄った。

「課長、私も行かせて下さい!」

「そんなに手柄が欲しいか? それとも、同期の奴に自慢でもしたいのか?」

 任務に必要な荷物をまとめながら、空良は遥の方を見向きもせずに問い返す。

「そんなつもりじゃ! でも、ココでじっとなんかしていられません! それに、現場を見て、学べることもあると思います!」

「……そこまで言うなら、ついて来い。だが、勝手な行動はするなよ」

「はい!」

「では、(わたくし)が残りますね。本部からの連絡のこともありますし、ココを空けるわけにはいきませんから」

「了解。ではここは頼みます、花島さん。……式獣総本部へ人員変更連絡。花島に代わり、渡月が出ます。以上」

 速やかに無線で変更を伝える空良の横で、準備を終えた遥は愁一郎に引き止められた。

「遥さん、(わたくし)の代わりにコルンを連れて行ってください。きっと役に立つと思います」

 遥の、他の式獣とも会話できる能力に気付いているからこその申し出だ。

「……はい、わかりました。コルン、お借りしますね」

「ええ、お気をつけて。くれぐれも、無茶はなさらないように」

 頷いた遥は、急かす空良と香澄に続いて、式獣課を飛び出していった。


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