#9 同棲のイントロダクション
――真っ白な蜘蛛がこちらを見ていた。
『きゅ?』
蜘蛛が愛くるしい声を上げ、子首を傾げながらこちらを見上げてきた。
(なんだろう……小動物とかがやればすごく可愛いんだろうけど……ね?)
残念なことに目の前にいるのは小動物などではなく、体躯が1メートル程もあって、8つの真紅の目を持つ蜘蛛の魔物だ。
聞いてみたところで誰かが答えるわけでもないのだが、そう心の中で小さくつぶやき、深くため息をついた。
「なんかこう、思ってたのと違うと言うか……。」
いや、とにかく強い魔物をと期待していただけなので、これといった候補がいたわけでもなく、期待外れと言ってしまうのは無責任な話ではあるのだが。
強い魔物ということでなんとなく、ゴテゴテとした巨体の怪物や、二足歩行で知性のある魔物をイメージしていただけに落胆を隠せないでいた。
『きゅう……。』
こちらが落ち込んでいるのを察したのか、蜘蛛も俯きがちに困ったような鳴き声を上げた。
「あ、いや、まずはリストでDPを確認してみないとね!?」
今にも泣き出しそうな声を上げるので、流石に露骨に態度に出しすぎたかと反省し、慌ててリストを確認する。
見た目で決めつけてしまうのは良くない。
蝙蝠達だって元の世界とは比べ物にならない程凶暴で凶悪な魔物と化していた。
もしかしたら蜘蛛もまた、リストでは何万DPと必要な程強大な存在なのかもしれない。
「あ、あった……うん……。」
蜘蛛はすぐにリスト上に見つけることが出来た。
種族名は「デーモンスパイダー」というらしく、説明文には「体長1メートル程の蜘蛛。性格は温厚。」としか書かれていなかった。
そして、肝心のDP数だが……。
「ごじゅっ、50DP……。」
ゲームなどでザコモンスターとしておなじみのゴブリンなどと同じ、最安値の50DPだった。
「どうしよう、どう考えてもハズレじゃんか……コレ。」
1,000DPも払って呼び出された魔物がたったの50DPとは……DP的にも戦力的にも完全な大損である。
『きゅう……きゅきゅっ……!』
足元で蜘蛛が必死に反論を唱えている。
ハズレ呼ばわりされて不満の声を上げている、と言うよりかは何か誤解を解こうとしているような、焦りの混じった仕草だった。
自分は弱くはありませんよ、とでも言いたいのだろうか。
アタフタとする蜘蛛を半ば無視してリストの続きを見てみる。
少し下にスクロールしていくと、あの蝙蝠と思わしき名前を見つけた。
見た目そのままに「ジャイアントバット」と言うらしく、DP数は……たったの300だった。
(いやいや、蝙蝠倒せば1,000DP入るのに呼ぶのにたったの300DPっておかしくない?
採算合わないよ!?)
余りにも予想外な安さとシステムの矛盾に驚き、どちらかと言えばダンジョンメニュー側の感想を浮かべた。
(思ったより弱かったんだ……あの蝙蝠。)
自分があれ程苦戦していた蝙蝠がこの世界で下から数えたほうが早い位置にいる、という事実にこの先生き残れるのかと不安になる。
だからといって蝙蝠が地上最強生物だと言われても納得いかないわけだが。
「蜘蛛6体分……。」
思ったより安かったとはいえ、ジャイアントバットのDP数は300。
デーモンスパイダーと比べれば6倍のDP数である。
魔物としての強さがそのままイコールDP数というわけでは決してないが、両者の間には確固たるランクの差があった。
「はぁ……。」
思わず大きなため息が出る。
運に任せてみた結果、大損をこいてしまったわけだ。
蜘蛛の方にいたっては、すべてを諦めてしょぼくれた様に地面を見つめだす始末である。
「ま、しょうがないか!」
肩を落として落ち込んでいた彼だったが、なんてこと無いように言って笑い、元気よく立ち上がる。
蜘蛛が驚いて体をビクッと震わせた。
(運任せにしちゃったのは僕が悪い訳だし、これから一緒に頑張っていかなきゃだからね。)
「色々と酷いこと言っちゃったけどごめんね。
これから、僕が君の主人だよ。
改めてよろしくね。」
『きゅ……?きゅ!』
余りの切り替えの速さに戸惑いつつも、蜘蛛も嬉しそうに返事をする。
「じゃあ早速、君の名前を考えようか。」
『きゅきゅう?』
「そう、名前だよ。君の名前。
あったほうがいいでしょ?
流石に『蜘蛛』って呼び続ける訳にも行かないからね。」
今後配下に蜘蛛の魔物が増えないとも限らない。
個体ごとの識別をするためにも、名前はあったほうがいいだろう。
「真っ白だから、シロって名前はどうかな?」
『ぎゅ……。』
あからさまにイヤな顔をされた。
というか今の声はどこから出したのだろう?
さっきまでの愛くるしい鳴き声とまるで違うドスのきいた声が聞こえたのだが……。
「お、お気に召さなかったかな……。」
流石に安直すぎたか。
もう少しひねった名前にするとして、どんな物がいいだろう。
やはりこの美しいまでの身体の白さを名前に含めたいのだが。
白、白、白い物……。
「じゃあ、クウなんてどう?
空に浮かぶ雲を意味するクラウドから文字ってクウだよ。」
白い蜘蛛だから雲という安直な連想と、そこからさらにラとドを抜き取るという無理やり感溢れるネーミングであったが、他に浮かびそうもないので、ありのまま伝えてみた。
『きゅう!きゅきゅっ。』
嬉しそうに声を上げた途端、クウの身体がボウッと仄かに光った。
名付けが済んだということだろうか?
クウ、と呼んでみると気に入ったのか嬉しそうにその場で飛び跳ねまわっていた。
「これから君のことはクウって呼ぶね。」
『きゅう、きゅきゅ?』
「え、僕の名前?」
相変わらず『きゅきゅ♪』と鳴き声を発するばかりであるが、あなたの名前は? と聞き返されたように感じた。
「僕の名前は……えっと、ね。」
名前を尋ねられて、どうしようと考え込んだ。
自分には名前などない。
正確には忘れてしまったのだ。
数秒間考えて黙り込んだ後、口を開いた。
「ソ……ラ。僕の名前はソラ。
雲は空に浮かんでいるから、雲と一緒にいられるように、ソラだよ。」
『きゅ!』
「うん、よろしくね、クウ。」
元気よく返事を返したクウによろしく、と応えた。
――本当はそんな優しい理由から考えた名前なんかじゃない。
ただ、今の自分は記憶もなく空っぽだからというだけだ――。
「じゃあ、早速で悪いんだけどクウに頼みたいことがあるんだ。」
『きゅう?』
どんな御用ですか? とクウが首を傾げる。
「実は今とっても疲れてて、すぐにでも寝ちゃいたいんだけど、ここで寝てると魔に襲われるかもしれなくてさ。
僕が寝ている間、他の魔物に襲われない様に見張りをしてて欲しいんだ。
出来るかな?」
戦うことはできなくとも、見張りぐらいなら可能だろうとクウに寝てる間の見張りをお願いしてみる。
『きゅきゅう!』
任せてくださいと言わんばかりにクウが顔を上げ、元気の良い返事を返してきた。
「じゃあ、クウ頼んだよ。
おやすみ。」
そう言って静かにその場に横になり、眠りについた。
意識を手放す寸前、クウがモゾモゾとお尻のあたりを動かしているのを感じた――。
目が覚めたとき、ソラは蜘蛛の巣の中にいた。
洞窟の壁一面を覆い尽くすように白い蜘蛛糸が張られており、その上にソラが寝ている格好だ。
「え? え? どういうこと?
どうなってるの、クウ!?」
思い当たる犯人は一匹しかおらず、その名を口にしてみるが返事は帰ってこない。
(まさか裏切られた!?
クウが自分を食べようとしている?
弱いって言いすぎて怒らせちゃったかな?
呼び出してすぐ主人が寝ちゃうものだから愛想尽かされちゃった!?
最初にシロなんて名前を付けたのを根に持ってる!?)
頭を捻って考えてみるが、混乱の余り思考が変な方向に向いてしまっている。
ウンウン言いながらゴロゴロとしていると、ある事に気がついた。
「あれ? 普通に動ける……。」
普通蜘蛛の巣に囚われた獲物というものは、満足に動くこともできず、もがけばもがくほど巣に囚われていくはずだ。
だが、ソラは今蜘蛛の巣に囚われることもなく寝返りをうてている。
そういえば、蜘蛛の巣というのは糸そのものに粘着性があるわけではなく、特殊な粘液を意図に付着させることで粘りが出るようになっていて、蜘蛛の巣の縦糸と横糸のうち横糸にのみその液が付着しているのだと前世の記憶にあった。
よく見てみるとソラが今寝ているところも、一方向のみの糸が束ねられて出来ており、洞窟の壁との接地面だけが唯一キラキラと輝いていた。
例えるならば、蜘蛛の巣のハンモックのような状態で、体重を預けると体との接地面がほんの少し下に沈み込む。
見栄えさえ気にしなければ寝心地は決して悪くなく、むしろ快適とさえ思えた。
おかげで床で寝ていたときよりもはるかに身体が楽に感じる。
寝ている間に自分のために作ってくれたのだろうか、と出会ったばかりにも関わらず主人を思いやってくれるクウの忠義に心が暖かくなる。
ついでに散々な言葉を浴びせてしまったこととつい先程疑ってしまった事を反省し、心の中でわびを入れた。
「クウはどこかな?」
あの恐ろしくも愛くるしい忠臣に今すぐに会いたい、と蜘蛛糸のハンモックから降りてクウを探すことにした。
「わぁ、一面真っ白だ。」
立ち上がってみると、大小様々な蜘蛛の巣が進路を塞ぐかのように洞窟の通路に十数個ほど張られているのか見えた。
(これで魔物の足を止めて時間稼ぎでも行うつもりだったのかな?)
寝ている間の見張りを全うしようとしてくれたのだと勝手に納得する。
1つ1つの蜘蛛の巣を当たらないように避けながら慎重に進み、クウを探し歩いた。
よく見ると、その中の1つに獲物がかかっており、ソレが不規則に揺れ動いていた。
獲物が動くたび、蜘蛛の巣全体が揺れ動く。
見覚えのあるそのシルエットに、近寄って姿を確認してみた。
「え、嘘!」
その姿を見た瞬間、驚きと歓喜と恐怖とで思わず声を上げた。
捕まっていたのは、因縁深き蝙蝠ことジャイアントバットだった。
けれどソラが驚いたのは、単なる足止めのためだと思っていた蜘蛛の巣に獲物がかかっていたことでも、ましてやその獲物があの蝙蝠であったことでもない。
そのジャイアントバットをクウがむしゃむしゃと食い漁っていたことに対してだった。
――洞窟の中の蜘蛛というのは思いの外に優秀だった。
sha「クウの本当の由来は、蜘蛛といえばズ・グ○ン・バだろうと思い至り、仮面ライダーク○ガから取りました。」
クウ『ぎゅ……ぎゅう!?』
sha「え、クウいつからそこに……!?
いや、あの、違うんだその……そんな理由ではけっしてなくて……。」
クウ『きゅう〜〜〜。』
sha「ま、待ってくれクウ!
どこに行くんだ!
ちょ、本当に待って。
クウに今居なくなられたら、次話が!
次話が〜〜〜〜〜!!」