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裏表裁判  作者: 花南
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06

 裁判が終わって、千早は広報部と放送部から逃れるようにして保健室へと向かった。さて、身も心も悪女を演じている真っ只中の女優としての千早は歯をギリギリとさせながら保健室の椅子へと座った。

「あとちょっとよ、千早」

 自分にそう言い聞かせる。あともう少しだけ、悪い女を演じればいい。

「シラタキちゃーん、ここにいたの?」

またしても微妙なネーミングで呼んできたのは森下だった。どうやってあの報道陣を切り抜けたのかは知らないが千早はきっと森下を睨んだ。

「まだいたの? あなたはもう用なしよ、出て行って」

「何? 選挙で落ちるのがそんなに悔しいの? これだから女は面倒でいけませんぜ」

「飯島の人気さえ落とせばまた上にのし上がることは可能よ」

「まぁ君以外はそうかもね。その事なんだけどさ……」

森下はポケットから一本のテープを取り出した。

「これ、何なのかわかんないと思うけれどもさ……実はここ一週間での君と打ち合わせした内容が入ってんの」

 そんな馬鹿な。記録が残らないように細心の注意を払っていたのに、いったい何時の間に。森下は続ける。

「次に君が会長に立候補したり、副生徒会長になろうとしたらこのテープ以外にもいろいろととった証拠、全部放送部と広報部に横流しするから。広報部のゴシップの恐ろしさは鈴木君の例でわかるっしょ? もっとも、君のこの証拠はどこをどう拾ってもゴシップでなくてガチだけれどもね」

「……私の代理人を引き受けたのはそういうことが狙いだったの?」

「うん。ついでにあのチンピラもどきが鈴木を殴りにいった時のことを加藤に教えてやったのも僕」

「わかんないわ。その証拠テープを放送部にまわしたら、あなただって弁護士資格剥奪よ? そんなことするメリットどこにあるっていうのよ!」

「メリットは考えないんだ。面白いと思うことをやっているだけ。でもそうだな……強いて理由をあげるとするならば……」

保健室の扉に手をかけてノブを回すと振り返らずに森下は言った。

「佐藤先輩は僕の従兄弟なんだ」


 そうか……。

 森下が立ち去ったあとに千早は項垂れた。

「そうか……私、悪女を演じていたつもりだけどたくさんの人巻き込んで、本当に悪い子だったのね」

 報道の嵐が去った頃に、戸浪がやってきた。千早を見て言った。

「立派な悪人ぷりでした」

「悪女と言ってちょうだい」

「失礼しました。悪女さん」

「私の名前は千早よ!」

 げんこつを振りかざすようにして千早が怒る。振り上げた拳のまま戸浪に聞いた。

「あんなに嫌がっていたのにどうしてあの資料使ったの?」

「そうすれば……千早さんが泣くことももうなくなるからです」

「どういうこと?」

「撫原くんが今後一切秋野千早を利用しないという条件で飯島さんを落とすという契約をしました。このままじゃあ飯島さんが当選するだろうから、契約は契約でなくなってしまったけれども」

「なんでそんなこと……」

 戸浪は少しだけ顎を引いた。前髪の向こうに千早の戸惑う顔が見えたので横を向いた。

「千早さんに借りがあったからです」

「借りですって? そんなの思い当たらないわよ」

「五月の頃、丁度友達がクラスでできはじめる頃、自分はどのグループにも属せずちょっと浮いた存在でした。千早さんはクラスの誰とでもスムーズにコミュニケーションがとれるマドンナのような存在で、ある日チームわけをするときに自分を千早さんの班にいれてくれたんです。それからやっとクラスに溶けこめるようになった」

「そんな、そんな理由で?」

「くだらないと思うでしょう? あなたは他大勢のクラスメイトのひとりとして接したにすぎないのに、千早さんは自分にとって特別な存在だったんです」

 千早は俯いた。涙が溢れてきそうだったが我慢した。いつだろう…自分にとっても戸浪は特別な存在だった。本音で話せる唯一の"友達"だった。

 目頭を押さえて涙を拭うふりをして、千早は言った。

「馬鹿みたい。私馬鹿みたい。戸浪くんも馬鹿よ。私、尚輝とは別れたの」

「それは知りませんでした」

「なんだか本当にばかばかしくなっちゃった。いい子の振りなんて馬鹿らしいわ」

「やめればいいじゃあないですか」

「悪い子の振りするのも馬鹿みたい」

「やめればいいじゃあないですか」

「じゃあ私これからどうすればいいと思う?」

 聞かれてそっぽを向いていた顔を千早に戻した。憂いの拭い去られたすっきりと晴れた顔だ。

「千早さんはそのままで十分素敵です」


 廊下をふたりで並んで歩いていたら、向こうから佐藤が歩いてきた。

「よく証言台で発言する勇気があったわね」

 千早は佐藤に呼びかけた。佐藤は立ち止まって

「次の世代への布石くらいにはなるかな、と思ってね」

 と笑って答えた。

「もう法廷には出ないつもり?」

「さあ、召喚されればいつでも出るよ。だけど生徒会は引退だ。君も、俺も」

 千早の顔もすっきりしていたし、佐藤も振り切ったような表情だった。

「次の世代のはじまりだ」



「鈴木生徒会長、どうなさいましたか?」

 当選の発表を聞きながら鈴木は呆然とした。生徒会長は冬姫がなるもんだとばかり思っていたからだ。

「いや……俺みたいな平々凡々とした奴が生徒会長になっちゃって、本当に良かったのかな……って」

「何言っているの、鈴木」

 隣からぴしゃりと冬姫が言った。

「あなた以上の生徒会長はいないわ」

「だとよ、鈴木」

 からかうように隣から加藤が笑った。

「んがー! な、ぜ、この僕が落選だと? 落選だと? 落選だと? 鈴木なんぞどこにでも転がっている石のような存在なのによりによって、ふんがー!」

 憤る西園寺の姿もそこにはある。

 間違いなく、次の"世代"の幕開けである。


(了)

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