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裏表裁判  作者: 花南
5/6

05

 というのが数日前の出来事で、今森下は加藤といっしょにいた。

 十露盤をタイヤにそろばん部から滑り降りてきた加藤の到着点に森下が待ち構えていたのである。

「やあ、加藤くん」

「あれ、あんた……会ったことあったっけかなー? たしか森永先輩」

「森永でもこの際いいけどさ。君、千早さんのこと嗅ぎまわっているでしょ?」

 加藤はやや警戒したかのように十露盤に乗せた足のほうに体重を傾けた。ここは十露盤蹴り投げて逃げるべきか……だが、たしかこの男は秋野千早の弁護士だし。何か聞き出せるかもしれない。手に持ってた証拠物件の雑誌を見せ付けて。

「俺は、今西園寺を嗅ぎまわってんの。幾らなんでも友人のアイコラなんて頭に来るっしょ? そういうあんたは俺のことを嗅ぎまわっているわけか……俺の履きつぶした、上履きでもいる?」

「君は今、飯島さんについているみたいだね。鈴木くんのことをほっぽっといて」

 加藤の挑発には一切乗らずに森下はマイペースに話し続ける。

「だって、鈴木は『来んな』って言ったんだし、近づく必要ないんじゃない? 奴だって一人でなんとかやるだろ? それにさーあ、偶然鉢合わせしたかと思えばアイコラの現場だったし、これ持ってたし、言い訳しようがないから思わず走って逃げちゃったよ。嗚呼、また顔を会いづらい要因増やしちゃったなぁーもう、ほとぼり冷めるまで会わないでおこー」

「これから鈴木くんのリンチが始まるって知っていてもそう言えるのかい?」

 シラを切っていた加藤の表情がすっと変わった。装着していたゴーグルを頭の上へ押し上げ、ぎらぎらと獣のように鋭い視線に変わった加藤を見て、やっとこちらの話を本気で聞いてもらえるようだと森下は思った。が――

「へー、つまり、千早が動くってわけか。こりゃあこんなところにいられねぇな! 姫に言いつけてやる」

「ご自由に。体育館裏だから急いだほうがいいね」

 てっきり止められると思っていた加藤は森下があっさりそれを許可したことを不思議に思ったが、とりあえず冬姫に電話した。

「俺だ」

「やけに息があがっているじゃない。変態かと思ったわ」

「ちょっと鬼ごっこしてた。それより、千早が動いたぞ。数人の手駒を集めて体育館裏に回ったそうだ」

「そうだですって? それは誰からの情報なの?」

「内緒。確かな筋だってことだけは言っておこう。それより急いだほうがいい。ターゲットは鈴木だ」

 ぷつりと電話を切ると加藤は森下に言った。

「今のでわかったことがある。1、森下先輩は敵じゃあない。2、千早は動かない。3、手駒がたくさんいる。今の中でやばいのは二番目かな。千早が動かない…」

「三番目はいいのか?」

「腕の立つ手駒が何人いようが、姫はなぎ倒すだけの実力があるからな。俺の出る幕じゃあねぇよ。そうだろ?」

「じゃあ舞台から引き下がったついでにそのまま降りたらどうだい? 加藤くん。たしかに、この舞台に君がいるのは相応しくない」

「俺の何がそんなに怖いってぇの?」

「学校に興味がないことかな。君の頭の中にはどうやって"楽しむ"かしかない。それじゃあ今回ばかりは困るんだよ」

「学校に興味……うん、ないね」

 あっさりと認めた加藤に森下は玉木を思い出さずにはいられなかった。

「俺が考えていることはどうやったら学校生活をエンジョイできるかってこと。森下先輩にとっての学校生活のエンジョイって何?」

「オセロと賭け事。それくらいかな、楽しいのは。さて、話は元に戻るけれども鈴木北斗をこの生徒会から降ろしたいんだ」

「なんでー? そんな俺のエンジョイ邪魔しないでくれよ。鈴木が入らなかったら俺が今、姫のところにいる意味ないじゃんよ」

「君が飯島さんのところにいる意味って何?」

「生徒会室に俺の席を置くこと」

「決定だ。鈴木には落ちてもらう」

「なんでー!?」

 森下の言葉に加藤がショックといった表情をした。

「姫はもちろん会長の器があるけれど、鈴木だって十分相応しいと思うけどなー? 要のつまり、俺がいらない子なわけね。はいはい。皆して俺の邪魔ばっか、俺がみんなの邪魔ばっか、俺はみんなの邪魔物。魔物は生徒会にお邪魔するなと? 俺はどこ行って誰の邪魔をすればいいの?」

「晴嵐高校を知っているか?」

「知らね」

「そこの生徒会長知っているか?」

「その高校知らねぇのになんで会長知っているわけ? 俺、そっちの生徒会には興味ないし」

「じゃあ秋野千早が今付き合っている男を知っているか?」

 この単語には加藤も少し興味を持ったようだ。

「何、千早男がいるくせに鈴木に声かけたの? これだから女って奴は……」

「そうそう、これだから女って奴は…違うよ! そっちじゃあないだろう、千早さんが晴嵐高校の生徒会長と付き合っていて、そいつが次期東雲高校の理事長の息子で、旧生徒会長の佐藤を脅して内側から操っていたってのが問題なんだってば!」

 森下は一気に捲くし立てるように言った。拍手をしながら加藤が両手をあげる。

「わー、びっくり。それが聞きたかったんだ。回りくどいことばっかり言っているから揚足とられるんだよ。要領悪いとおちょくられるだけだよ、森下先輩」

「君相手じゃあなかったらこんなに要領悪くなんないよ!」

「俺人おちょくるのだーいすき。エンジョイしてますか~?」

「してないよ! ともかくだね、ストレートに言わせてもらうならば撫原尚輝は今年三年生で引退したけれども後継者を見つけてまだこっちを操ってこようとしているってこと。わかるか? 鈴木が会長になるとああいうタイプはすぐに操られるだろうが。そして加藤、君がいるとさらに話がややこしくなる。逆に言うこと聞かない西園寺は西園寺でこれはまた面倒になりそうだし、飯島に通ってもらうしかないんだ!」

「つまり、森下先輩は姫の味方ってこと? そうも見えないんだけど」

「好きにとればいいじゃあないか」

「そんなんじゃあ俺は動かないぜ? 姫よりいい条件つけてくれるんだったら動いてやってもいいけれど」

 森下はため息をついた。これで冬姫も何か加藤に条件を出していることは分かったが。

 と、その時、森下の携帯電話が鳴った。

「はい、森下です」

 電話は短い時間しゃべってすぐに切れた。携帯を畳んでから森下は言った。

「鈴木が怪我をしたらしいよ」

「鈴木は怪我したくらいじゃあこの舞台から降りたりしない」

「けっこうひどい怪我らしいけれど。腕折れたって」

 その言葉に加藤の表情が少しだけ反応したが、すぐにいつもの軽薄を絵に書いたような顔に戻る。森下は続けた。

「君も大切な友達にこれ以上怪我やらなんやらさせたくないだろう? 脅迫するわけじゃあないけれど、君がこの件について邪魔をしないでいてくれるなら助かるんだけどな」

 加藤は少し考えてから十露盤を持ち直して言った。

「森下先輩、殺すよ?」

 それだけ言って加藤は立ち去った。森下は腹の底から大きく深呼吸をした。煙草に火をつけながらぶつくさと呟く。

「たかだか生徒会選挙でどうしてこうも腕が折れたり、脅迫されたり、殺されるとか言われたりしなきゃあなんないんだろう」

 煙が空高くに昇るのを見ながら加藤は絶対に何かしでかすと森下は思った。


 加藤は廊下を歩いていた。ひとつは十露盤を返すため、もうひとつは鈴木と会わないため。鈴木の移動経路は自分の小型受信機でチェックできた。こんなこともあろうかと鈴木の携帯電話に組み込んでおいたのがためになった。

 鈴木が怪我をしただって? これ以上怪我をさせたくなければ舞台から降りろ、なんとナンセンスな脅しなのだろう。

「怪我する前に舞台から降りるのはあっちだ。撫原」

 とりあえず撫原がこの黒幕だということはわかった。腕の一本くらいはへし折らないと気がすまなかった。

 まず撫原に会うためには、千早に接近するしかない。

「よし、千早に会おう」

 ものの三秒くらいで次の行動は決まった。

 しかし、千早は今学校にいるのだろうか。そういえば先ほどの体育館裏、鈴木はもう移動してしまったが、冬姫たちはまだ残っているのだろうか。

 先にそちらのほうに足をのばしてみると、そこには千早と知らない男の姿があった。

「どうするの? 本当に怪我させちゃったみたいだけど」

「ああ? どうもしなくたっていいよ。ちょっと向こうの運が悪かっただけだろ?」

「ちょっと脅すだけだって言ったじゃあない。鈴木くんが私たちの陰謀だってばらしたら私たちおしまいよ」

「じゃあそうならないように工夫することだな。おしまいなのは俺じゃあない、お前だ」

 その言葉に千早が絶句する。鈴木を殴った連中は千早が命じたとおりに動いた。撫原の名前は一切出ていない。仮に千早が「撫原の指示でやった」と自供したとしても、知らないと言われればそれまでだ。

「あなた、ひどい人ね」

「でも愛しているんだろ?」

 にやっと笑う撫原の顔めがけて思い切り十露盤が飛んできた。ものの見事にヒットして撫原は顔を押さえる。

「いって……」

「すんません。あまりにもそこのナルシー野郎がムカついたもので」

 呆然とする二人の前にすたすたと歩いてきた加藤を見ながら撫原は低い声で聞いた。

「誰だ? お前」

「東雲高校の神様、シノノメ様ですけど?」

「加藤くん、何の悪ふざけ?」

「ふざけているのはお宅らじゃあないの?」

 にやりと笑うとちらりと千早を見た。

「秋野先輩、こいつ誰?」

「誰って……」

 自分の恋人と説明しようかと思ったが、先ほどの発言であちらがこちらのことを大切にしてくれていないのはわかった。誰も言わなかったが、この男が最低なのはもうわかっていた。千早は思い切って、こう言った。

「シノノメ様、こいつ悪い奴なんです。今までの陰謀も全部こいつのせいです」

「だろうと思ったぜ、よっしゃー私刑!」

 ファイティングポーズを構えてにじりよってくる加藤に撫原は逃げ腰になりながら聞いた。

「お前、俺が誰だかわかってのことだろうな!?」

「ああ? 悪い奴だろ? 仮にお前が総理大臣の息子だとしても悪い奴は殴っていいんだ。加藤国憲法」

 間合いを詰めて一気に跳躍すると撫原の上へと躍りかかった。

「国外追放~~!」

 それが必殺名らしい。主にその美しいと思われる顔を中心に攻撃し続け、ちょっと無抵抗になりつつあった撫原をしゃがませ、後ろから羽交い絞めにして千早に言った。

「さああねさん、さんざくら学校を荒らしまくってくれたこいつに副生徒会長として何かありがたいお言葉を」

「愛してねぇよ、ばーか」

「以上。秋野先輩の言葉でしたー」

 愉快千万と言わん限りに笑ってそのまま首筋に手刀を繰り出し、撫原は意識を失った。

 手を離すと力なく地面に横たわる撫原を足元に、加藤は言った。

「さて、秋野先輩が生徒会に入ろうとする理由はまさかこのふざけた野郎のためだったわけ?」

「……そうだったはずなんだけど、どうでもよくなってきたわ。どうしよう、私。何すればいいんだろう?」

「とりあえずこの茶番の後始末はつけなきゃいけねぇよな。先輩の周りは敵だらけだぜ? 俺を含めて」

 千早は少し考えこんで、答えに至った。

「私にできるのは、きっちり悪役を演じきることね。加藤くん、ちょっと協力してほしいことがあるんだけど……」

「いいよー、俺にできることだったら何でも言ってみー? シノノメ様はモラル零!」

 撫原を殴った爽快感でいっぱいの加藤は気前良く了承してしまったが、それがあとでの大惨事を引き起こすことになるとは思ってもいなかった。

 とどのつまり、西園寺と鈴木がキスをする羽目になるとは。



◆◇◆◇

「自分は飯島さんのご家族について少々調べました」

 そんな冒頭で戸浪の質問は始まった。

「彼女、飯島冬姫は苗字は飯島ですが、それは養子にだされたからです。彼女の本当の父親はこの人、安藤組の安藤深冬です!」

 どよめく聴衆。こんな事実、好きでばらしたわけではないけれど、冬姫はまさに完璧で、付け入る隙がどこにもなかった。結局撫原に渡されたこの資料だけが切り札となり、汚い手と知りながら彼女のウィークポイントを突こうと戸浪は足掻いている。

 森下がこっそり千早に囁いているのが聞こえた。

「ねぇ戸浪にあの情報漏らしたのって、もしかして秋野さん?」

「他の代理人は馬鹿ばっかだったからね。裁判部が生徒会長を決めるも同然なんでしょ?」

 裁判部の悪口も彼女の悪女ぶりも、遠く向こうに聞こえる。いつから千早はこんな悪い女になったのだろうと思いながら、そしてもしかしたらこの自分も自分の自由意志でここにいるのではなく彼女の思惑の一部なのではなかろうかという錯覚さえ覚える、その中で証言台に冬姫を召喚した。

「あなたの実の父親は安藤深冬ですか?」

「……はい」

 何度目かのどよめきが起こったが尋問は続く。

「今彼はなぜ、あなたの父親ではないんですか?」

「現在安藤深冬は刑務所にいるため私の面倒を親戚の父に任されました」

「安藤深冬の罪状はなんですか?」

「殺人罪です」

「誰を殺した罪に問われているんですか?」

「母にあたる安藤蛍姫です」

 飯島冬姫はどうして自分の質問にこうも素直に答えてくれるのだろう。

 そして自分はそんな彼女に何をやっているのだろう。問題の部分に差し掛かった。

「ご親戚の方の中には飯島さんの罪をかぶってお父様が服役しているとも聞きましたが――」

 その瞬間である。背中に何かものがぶつかった。振り返るとゴーグルがそこに落ちている。

 傍聴席の一番前に座っていた、たしか先ほど「加藤」と呼ばれていた少年がこちらを睨み付けていた。

「すんません裁判長、わざとです。すっげぇ不快だったんで」

 その言葉を合図に傍聴席に座っていた他の生徒もいっせいに物を投げつけはじめた。法廷の前の席に座っていた立候補者や弁護士たちはいっせいに身を低くしたが戸浪は物をぶつけられても身を屈めることはなかった。

 そうだ、それでいい。東雲高校には東雲高校の"正義"がある。


 やがて、木槌が鳴り響いた。

「戸浪から弁護士資格を剥奪いたします。法廷から連れ出してください。次、秋野の代理人森下、前へ!」

 体育委員に指示されるまま外に連れ出された戸浪は法廷の扉が閉まっても、ただ佇むことしかできなかった。

 廊下に流れる放送部の中継を聞きながらぼんやりと外を眺める。この法廷が終わったらどうなるのだろう。森下の弁護を聞く感じでは千早の当選もありえる。もし当選しなかったとしても千早のことだ、うまくとりいって副生徒会長くらいにはなれるだろうし。撫原と別れさせて、たとえそれがうまくいったとして彼女の人生の軌道修正は間に合うのだろうか。いや、戻れないところまできているのならば、それが業なのかもしれない。

 突然、陸のよく響く声が聞こえた。

「今回の馬鹿馬鹿しい証言や証拠の数々は一見雑魚弁護士達が用意したしょぼいネタのように見えるけれども実は違うんです。これは全てあそこにいる、秋野千早の陰謀です!」

 その言葉と同時に様々な今までの悪事が露呈していく。挙句の果てには前生徒会長の佐藤甲斐まで出てきた。

 法廷には立っていないが、今幻覚のように陸が、加藤が、佐藤が、鈴木が、こちらを指差してこう言っている姿が見えるようだった。

「お前は悪だ!」

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