ヒトラーの失望
1944年 3月12日 ”アルプス国家要塞”総統執務室
アルプス国家要塞とは、マルティーニ、ブリーク、キアベンナ、インスブルックのラインに
建設された国家機能を持った要塞であり、予想されるであろう米英ソ日の反抗作戦に抵抗するための
最後の砦でもある。
この名称は前世にプロパガンダで終わったアルプス国家要塞計画からそのまま引用したのである。
しかし、プロパガンダではないこの要塞は難攻不落、金剛不壊である。
更にアルプス山脈の入り組んだ地形を巧みに利用し水源から食料の確保もすべて行える。
入り組んだ地形に航空攻撃は難しく、また、傾斜の激しい坂は戦車の速度を奪う。
そのアルプス国家要塞シエール国政管理地区に総統官邸は移されていた。
ヒトラーは海軍に失望の目を向ける。
海軍総司令官のアルフレート・フォン・ティルピッツを呼びつけた。
「北海艦隊壊滅、どういうことかね。
海軍はどれだけ海に資材を投げ捨てれば気が済むのだ。」
「お言葉ですが総統閣下、規模が違います。
それに第二次ゼーレーヴェ作戦を実行するにあたり新鋭戦艦、新鋭空母はそちらに回しているため
仕方ないのです。」
ヒトラーは唸る。
作戦を立案したのはヒトラー自身であるからだ。
「ならば特別予算を組もう。そしてⅩⅤ艦隊を撃滅するのだ。
損害は厭わんが、推定被害は?」
口籠るティルピッツ。
国防軍最高司令部(OKW)の試算では”戦艦大和を除いた”数値的規模と技術差から
七個師団分の戦力があれば同等に戦える、という事であった。
そして、肝心の戦艦大和は戦力値が未知数であり、第二次バンガラム島沖海戦の際の黒姫の命中精度と
アメリカ、パムリコ湾単独強襲戦の結果を総合するとドイツの現在計画中のH44戦艦でも太刀打ちできない
事が分かっている。
しかし、そのようなことを言えばヒトラーの失望の念が増すばかりである。
「空軍も参加すれば二個師団ほどの戦力で殲滅することができます。」
これは、デタラメであった。
空軍もゼーレーヴェの準備のため海軍同様戦力を裂けない。
それを利用し、”現在は”不可能だという事にすることにしたのである。
「しかし、空軍もゲーリングからゼーレーヴェ準備で手一杯だと聞いている。」
ヒトラーは顎に手を当て、考える。
胸を撫でおろすティルピッツ。
「ならば、ゼーレーヴェの為に集結中の艦艇を使え。
奴らの存在はゼーレーヴェの決行にとっての最大の障害だ。」
「えっ........」
ティルピッツは後退りした。
集結中の海軍総戦力は戦艦8空母6重巡洋艦24軽巡洋艦18駆逐艦47。
到底及ばない。
「勿論、空軍にもそう伝えておく。
東洋の生意気な猿を鉄屑と共に海へ葬るのだ!」
ヒトラーは高笑いする。
ここで自分の放った二個師団という言葉を思い出す。
冷汗が全ての汗腺から溢れ出す。
唇が震え、銃殺刑に処される自分の未来が容易に想像できるようになる。
「ハ、ハイルヒトラー!」
足早に執務室を出るティルピッツ。
ヒトラーは笑うことを止め、難しい面持ちになる。
そして、呟く。
『損害の出る嘘は防がねば。』
ヒトラーは大きくため息をつく。
そこに、電話が鳴る。
「私だ、執務中に何だ?」
『総統閣下、朗報です。二つの計画が同時に実行可能になりました。』
声の主は ブルーノ・シュトレッケンバッハ国家保安本部局長であった。
「何、それは本当か」
この二日後、世界戦局は大きく変わることとなるのであった。




