通信途絶
ワインを傾けつつ学生時代の事を話す。
「東郷、お前の悪い癖は諦めが早いところだな。
昔からそうだったがあの黒姫とラインハントの海戦、アデン湾主力艦隊決戦の時航空機を目前にして
茫然自失していたそうじゃないか。」
「え、あ、はぁ...」
下唇を噛み締める。図星だ。
説教とは思わない。
96機の航空機に対してあの時確かに諦めの心があった。
今思えば黒姫には迎撃するだけの兵装は十分存在した。
「司令長官が冷静にならずに何ができる。」
強い口調に俯く東郷。
「確かに黒姫に迎撃能力があったことは確かです...」
だろうな、という顔をする。
「と、まぁ説教はここまでだ。お前はあの海戦に勝った、戦争とは理由や能書きは必要ない。
勝った、負けたという物しか残らない。
勝てば名将、負ければ愚将それだけだ。
俺はその勝利をお膳立てする為にいる。お前たちを愚将にはしたくないからな。」
大河原は穏やかな顔つきになる。
「それで、今回の会議はドイツの未確認機動部隊の話だろう?」
「は、はい。近々中国海軍がジブチまで進撃すると。それの作戦会議や情報の統一化を図ろうと
しています。」
「そこまでならば問題はないだろう。しかしアッサブとモカのラインには大量の機雷が撒かれている。
あの機雷をどうにかしなければ動けんぞ。」
バブ・エル・マンデブ海峡は30kmしか幅がなく、その両サイドにはドイツの”列車砲”なるものが
存在しており要塞化されていて通るのは困難である。
「機雷除去をするにあたっても、磁気信管ではどうにも...」
「何も戦略だけで切り抜けられるわけが無いだろう。
会議が終わったら長野県松本市に行ってこい、憲兵に見つかったらこのメモを見せればいい。」
「長野、ですか?あそこは国有地化されていて...」
頷く大河原。
「ここで長野の詳細を言えば俺もお前も昇天だな。
取り合えず、松本に行けばわかる。」
メモを受け取り、雑談を交わしていれば既に12時半。
「では、そろそろ。」
一度頭を下げる東郷。
大河原は無言で頷き返した。
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1944年3月9日明朝 ビューズム北西 220海里
英国商船第17団を護衛していた山下、柴山連合艦隊に偵察機からの情報が入った。
『独北海艦隊を発見、盛んに偵察機を飛ばしている模様‼
位置はエスビアウ西北西154海里、艦隊との距離は70海里‼』
「商船を後方に退避させ、攻撃隊を編成‼
戦艦大和と重巡は並列三列の単縦陣で空母の前方、対空警戒‼」
山下が全艦隊に指令すると、空母紀伊の右舷を巨艦が追い抜く。
「葛城と駆逐艦は輪形陣を組み、艦隊後方に。紀伊、信濃は僚艦と共に大和後方に展開‼」
大艦隊が僅か20分程で護衛陣形から対艦隊陣形に組み変わる。
葛城型空母の飛行甲板の上には整列した第一次攻撃隊が、その二十分の間に展開していた。
『大和、各重巡、誘導対艦噴進弾を発射。空母葛城攻撃隊の展開完了』
空を無数の誘導弾が覆う。その数224。
これを誘導するのも管制機である。
~北海艦隊~
旗艦”グラーフ・ツェッペリン”
他空母2、重巡7、巡洋艦18、駆逐27の艦隊は近接防空陣形を組んでいた。
それは先程の日本海軍偵察機の発見の為である。
この頃になるとレーダーは標準装備となっており、不意打ちは難しいものになっていた。
「艦長、これがもし”ⅩⅤ艦隊”であるならば交戦せずに撤退したほうがいいかと...」
副艦長のダグマル・デーゲンハルトは決戦を渋る。
規模も技術も圧倒的に向こうが上なのだ。
「大丈夫だ、エースパイロットのクルトがいる。それに撤退はドイツ軍人の名折れだ。」
艦長のアルノルト・フリードリヒは技量で賄えるという希望の下で山下、柴山連合艦隊との
決戦に臨もうとしていた───────────────
『北西方向、距離30キロから未確認飛行物体接近、数224‼』
「何⁉」
防空指揮所に上がり、双眼鏡を手にする。
空を覆う無数の飛行機雲は艦隊側面に迫っていた・・・。
「た、対空砲‼何をしている、電探はどうなっている‼」
艦隊無線が通じない。
無線妨害は当たり前であったが迫りくる驚異の中、そこまで考えが至るわけもなく───。
【北海艦隊、損害】
空母グラーフ・ツェッペリン、グラーフ・シュレージエン
重巡洋艦リュッツオウ、フュルスト・ビスマルク、カールスルーエ
巡洋艦、駆逐艦以下27隻撃沈。
北海艦隊は司令官を失い行動目標が見つからない。
艦隊艦無線は妨害され、各自の回避行動に移るが統制が取れない。
そして、近接防空陣形内の回避行動は統制が取れなければ衝突は免れない。
駆逐艦4隻と巡洋艦3隻が衝突により行動不能、散開した艦に日の丸が翼に刻まれた
”双鵬”174機が太陽を背に現れる。
双鵬は零龍の改良型で、双発エンジンを持ち、最大速度は1240キロ。
何よりも艦載機であるにもかかわらず、豊富な爆装量で5tまで積み込むことができる。
それはエンジン性能と機体の軽量化に成功したためである。
『速度、1000...1170キロ推定。対空処理できません...』
悲痛な電探要員の声が発せられてから37分後、エスビアウ西北西157海里で
すべての艦との通信が途絶した。




