秘匿文書
1944年3月7日
日本とアメリカは晴れて講和を結んだ。
調印は大和の艦上ではなく、一月前に竣工した最新鋭空母”大鳳”の第二エレベーターで行われた。
全長408mのこの空母は信濃、紀伊と違い艦載機搭載能力に優れた空母である。
防御は対水雷防御、800㌔爆弾に耐えうる100mm特殊装甲板で初期の空母とは段違いの重装甲と
思われるが実際、ドイツの最新鋭爆弾はアメリカ空母の装甲板を撃ち抜いて機関室で爆発し
一撃で撃沈されたという。その為、飛行甲板の装甲は妥当といえるだろう。
また、大鳳は格納庫が三段になっており搭載機数は戦闘機68爆撃機64雷撃、及び偵察機景雲55機、予備37
の一隻で日本の葛城型空母三隻を圧倒する。
そして試製電磁式カタパルト1基と油圧式カタパルト3基を備え、航空機を同時に4機上げることができる。
すべて電磁式に換装しなかった理由は信頼性の無さである。
東条とエドワードが握手を交わす頃、山本は大艦巨砲主義派と会談を開いていた。
顔ぶれには豊田大河少将、黛治夫中将といった戦艦大和建造にかかわっていた者たちも
参加していた。
この会談の目的は第五次海軍主力艦補填計画の為である。
当初、大鳳型空母五隻及び信濃型空母一隻、葛城型空母の後継艦の天鶴型十八隻の
建造を予定していたが山本により急遽持たれた会談である。
それは海軍部内の考え方の統一化ではなく、両方を取り入れることを主眼としたためである。
最初に口を開いたのは二か月前にカンバトから帰還した東郷だ。
「日本の現役戦艦は十一隻、十分ではないか?第一戦艦大和は山下柴山連合艦隊の指揮下に入っており
活躍する機会等ない。これからは空母の時代だ。射程外からアウトレンジされればどんな重装甲の
戦艦もたやすく沈む。それに予算もかなり食い潰している。これ以上の建造はお断りだ。」
東郷は予算委員会の意見も反映しつつ語る。
「それに、戦艦大和が”単独で”空母機動部隊を壊滅させられると思っているのか?」
豊田少将が一呼吸する。
「しかし、第三艦隊を壊滅させた事実がある。確かに空母機動部隊ではなかったが
確実に戦火は上げている。では聞くが空母は単独で前線に赴けるのか?
戦艦であればその重装甲、高火力ですべて賄えるが。それに戦艦大和の維持費より川村機動部隊の
維持費のほうが格段に高いではないか。」
「では聞くが、
戦艦 陸奥 金剛 霧島 山城 日向 伊勢
空母 白龍 黒龍 葛城型空母8
重巡11 軽巡7 駆逐47の私の機動部隊に勝てるとでもお思いですか?」
挑発するような口調に大艦巨砲主義派は拳を握り締める。
確かに戦艦大和では山下、柴山連合艦隊はおろか川村機動部隊にすら勝てない。
悔しいが口を噤むしかできない。
だが、そこに助け舟を出したのは山本であった。
「しかし、だ。大和のワシントンDC防衛戦の時の撃墜数は97機。
これは一空母の戦力を丸々落としたというわけだ。ならば、戦艦は対艦戦から対陸上へ、対航空戦を
主眼としていかなければいけない。しかし、対艦戦を疎かにはできない。
だからといって大和、または大和を上回るものを作れば予算委員会が烈火の如く怒るだろう。
大和以下の大きさでそれを実現できるなら、四一艦隊を考えようじゃないか。」
「本当ですか、山本司令長官!!」
黛治夫が声を張り上げる。その声には歓喜も混ざっていた
四一艦隊とは空母四隻ごとに戦艦を一隻作るといういわば決まりのような
ものである。
「し、しかし山本司令。戦艦など無意味では...」
空母主流派一同は驚きを隠せていない。
「確かに戦艦は航空機に対して今まで無力であった。
しかし、対空噴進弾、対空電探連動統制射撃法が確立した今、海に浮かぶ標的
だったころとは違う。そして何より外交で最も役に立つ。」
それでも納得いかないのか俯いて下唇を噛む川村。
山本も硬い表情のままであった。
~戦艦長門提督室~
「どうして四一艦隊を承認されたのですか。」
東郷の問いに山本は答えを躊躇う。
「それは、彼らがドイツと内通しないようにするためだ。
この案は承認したくなかったのだが、仕方あるまい。」
「しかし、どこに戦艦を配備するのですか。
計画だと第五次海軍主力艦補填計画の空母合計配備数は24隻。
これに合わせて戦艦を作るとなると戦艦6隻の配備となりますが・・・。」
「これでは大和型を二隻作らせるほうが安いな。これでは金食い虫と言われても
言い返せん。しかし、彼らの作る戦艦には興味がある。
六隻の戦艦の配備先は私の艦隊でいいだろう。」
「国殲艦隊に、ですか!?」
「国殲艦隊、か。内地で訓練しかしていない艦隊だがな。
今艦隊には装甲巡洋艦白神、月山ぐらいしか重装甲の船がいないからな。」
国殲艦隊とは現在世界最大規模を誇る山本直下第一主力艦隊の事である。
その所属艦艇数は日本、世界一を誇る。総旗艦は大鳳である。
渾名の由来はやはり規模である。
この艦隊は現在内地での訓練を行っているが空母日本が完成すればすぐにでも
インド洋にも大西洋にも赴くことができる。
「個人的な不満は一部ありますが妥協します。私はこれより満州のほうで
アジアインド派遣軍の会議があるので。」
「満州に用があるならこれを届けてくれないか。」
茶色いA4の封筒を机から取り出す山本。
赤い判子で(特)と書いてある。
「構いませんが、どこへ届ければ?」
「新京のエントレント・新京長春店というホテルの57番ロッカーの中に入れておいてほしい。」
軽く頷き「失礼します」と廊下に出る。
特クラスの秘匿文書、これについて言及または中身を見るなどという行為は
死罪に値する。
部屋に戻り封筒を旅行用鞄に入れる。
初めて秘匿文書を持っていくように頼まれたときは心臓が破裂しそうな緊張感に
囚われていたが今はそこまで緊張しない。
慣れというものは怖いものである。
旅行用鞄を肩にかけ部屋の電気を消す。
東郷は足早に福岡空港行の飛行機に乗るため成田へと向かった。




