進水式#2 《前兆》
~第一格納庫~
第二格納庫と同様に密閉式格納庫と考えていた
二人は驚くことになる。
第一格納庫は第二格納庫を更に上回る大きさで
下手すると大きな学校の運動会を楽々行えるかも知れない。
山本は先程と同様にレバーをを下げる。
一斉に防火シャッターが閉まり、
第二格納庫より広々とした空間が消える。
これは日本の全ての空母に搭載されている
ダメージコントロールシステムである。
しかし、密閉式格納庫はガスが充満し易く、
二次爆発の危険もあった。
それを防ぐために新たに作られた機能、
密閉式格納庫が即座に開放型格納庫に変わる。
両サイドの複合素材シャッターが開いたのである。
突如として差し込む潮風に目を疑う二人。
弱点と思われるシャッターは複合素材で厚さは58㎜。
実質的には550㎜あり、戦艦並みの堅牢さを
持っている。
これにより、歴史書上の大鳳の二の舞を演じる
ことは無くなった。
『……………………この空母、沈む気がしませんね・・・。』
山下はこの艦の絶対的な強さと勝利を約束された船の異様に
汗をかく。
敗北は元々許されないのだがそれを更に上回る緊張感が
背筋を凍らせる。
「この空母で君たちにはイギリス本土に向かってもらう。
日本本土の守りは満州国海軍が受け持ってくれる。
安心して友人たちを助けに行くのだ。」
山下、柴山は気を引き締めるように強い敬礼をした。
因みに機関は通常動力。
しかし、改良型ガスタービン12基合計三十二万馬力を
叩き出し、最大速力は37ノット、リミッターを外せば
40ノット出せる。
この最新鋭空母と量産正規空母は英国の未来を大きく左右する
事になるのである。
そして、モスクワのソ連軍を壊滅させたドイツ軍は
念願のイギリス本土攻略“ゼーレーウェ”を発動させようとしていた。ソ連軍はウラル山脈要塞にてアジア連合の共同防衛の
恩恵を受けつつ鉄壁の守りを見せていた。
しかし………
『東条閣下、何故ドイツ軍に勝る戦車を持ち、
勝利しているにもかかわらず進撃しようとしないのですか。』
陸軍参謀の六甲善輔が机を叩く。
六甲善輔はソ連派遣軍の総責任者代理であった。
「確かに、これが我々だけなら君の意見は正しい。
だが、ソ連軍は我が軍の戦車を接収して技術を得ようと
企んでいる。
進撃中に撃破されたオイ車を接収されれば部隊間無線、
戦術、それに複合装甲の技術が漏れてしまう。」
六甲は思い当たる節があり反論しようとしていた口を噤む。
元々信用しにくい国だ。
何を企んでいるか解った物ではない。
「生憎、共同防衛宣言に侵攻の支援までしなければいけない
とは書いていない。ならば、ウラル要塞のみを守り
義務だけは果たそう。」
六甲は反論しようとしていた自分を恥じる。
そしてもう一つ。
これが本題だ。
『東条閣下、一つお耳に入れておきたいことが。』
急にかしこまる六甲に事の重大性に気付き
視線が鋭くなる東条。
『ドイツ軍の動向が変なのです。
大量のレーウェ、ティーガー2がウラル要塞から姿を消しました。
更に大規模な人事変更も行われた模様です。
そして、“鼠”という戦車が到着したと。
何かいやな雰囲気がします。』
東郷は一連の話を聞くと一つの結論に至った。
そして、何かに取り憑かれたように
「“ゼーレーウェが発動される”」
と衝撃の言葉を発する。
その言葉に六甲は後退りした。
『し、しかし、鼠という戦車は最新式で───』
言い終える前に東条は東機関からの報告書を机に出す。
「読めば分かる。」
東郷は依然として真剣な眼差しである。
六甲は恐る恐る書類に手を伸ばし鼠戦車の欄を見る。
第二十四回報告書 第十四項
・鼠戦車の知り得る情報
・全重量180トン
・12.8㎝主砲及び貫徹力は390㎜
・速力20キロ以下
《総合戦略使用時の結論》
・“防衛時にて力を発揮し侵攻には使用不可能”
・攻撃時評価 ★☆☆☆☆
・防衛時評価 ★★★★☆
・総合評価 ★★★☆☆
六甲は全身から力が抜けた。
今まで鼠戦車はレーウェ、ティーガー2の上位交換で
再度総攻撃をかける準備をしていると思っていたのだ。
しかし、事実は防衛用。
それはウラル山脈要塞攻撃と見せかけるためのフェイクだったのである。
「恐らくこの情報が無ければこの前兆に気付かなかった
だろう。しかし、現実君はこの情報を知った。
何をすべきか、もう分かるはずだ。」
東郷の口調には圧があった。
六甲のやるべき事、それは……
《“ゼーレーウェ発動を遅れさせること”》




