致命的
「カンバトから日本艦隊が出撃しました。」
その報告を聞き、アルフレート・フォン・ティルピッツはほくそ笑むと電話をかける。
「総統閣下。閣下の予想通り日本艦隊は
ラインハントに食いつきました。」
電話越しにヒトラーは笑う。
『そうか、極東の猿の言葉には弔い合戦という物があるらしい。』
「どのような意味なのですか?」
『“仇討ち”と同じ意味だ。
しかしこれは勝たなければ意味が無い。
だから今の日本艦隊にはこの言葉を送ろう。
“二度あることは三度ある”とな。』
その言葉の意味は撃沈を指していたが、
それ以外の意味も隠されていた───。
日本艦隊は予定より4日早く、ラインハントを
レーダーに捉えた。
艦隊は35ノットを維持し主戦場、
ジャイガット西640㎞でラインハント率いる
アデン湾主力艦隊と会敵した。
『二、三番砲!!目標は巨大戦艦ラインハント!!
一番、四番は巡洋戦艦を狙え!!』
全砲が火を噴く。
初手は黒姫であった。
砲弾はラインハントに夾叉し、巡洋戦艦に一発が
吸い込まれるように命中した。
その直後、ザイドリッツは回避運動をしたままの状態で射撃したため、
的外れな位置に着弾、ラインハントは未だ射撃は行わない。
「敵は回避運動を強制しようとするだろう。
だが、その裏をかいてザイドリッツの攻撃は無視だ!!
ラインハントの三番砲塔に攻撃を集中させろ!!!」
東郷は射撃指揮所に命令すると艦首区画へ向かう。
道中に1回大きな揺れがあったがそれは主砲の斉射であった。
東郷が艦の揺れ、軋みに非常に敏感になっていたのは
この艦首区画の兵器の為であった。
「艦長!!」
大柄の男と日本人の標準身長の青年3人が敬礼をする。
東郷は敬礼を解くように促し、準備するように伝えた。
東郷が考案した対大型戦艦用兵器“回天”は
重装甲の戦艦に対する必殺の兵器である。
弾頭部に劣化ウランを使用し、どんな装甲も突き破る。
突き破ったと同時に超高温の熱線を放出して装甲を融解し、
48トンの後部火薬が爆発し、大穴を開け浸水を強要し
撃沈たらしめる兵器である。
後部の形状は8角形、大きな安定翼が4枚と
前部は円筒形であり弾頭部には熱源探知誘導機が積まれていた。
しかし、あまりにも大型の為、全重量100トンもあり、
排水量もそれなりになければ積むのは無理であった。
「準備はどうなっている?」
「座標入力のみです。」
「よし、これが座標だ。すぐに入力するんだ。
座標は変化するからな。」
東郷は座標の書いた紙を渡すと分厚い鋼鉄の扉を開いた。
そして、駆け足で戦闘指揮所に戻った。
この間にも黒姫はラインハントに11発の命中弾を
送り込んでいた。
「ええい!!まだ命中弾は出ないのか!!!」
ラインハント艦長、ロルフ・カールス中将は
ウィルヘルム元艦長が新機動艦隊の司令長官に任命されたことから急遽、駆逐艦隊の司令官から艦長になった男である。
そして、ウィルヘルム元艦長は機動部隊を率いて演習に向かったという連絡がロルフに来ていた。
黒姫は前後のスラスターを巧みに使用して予測進路を
小まめにずらすため当てられない。
(ここで射撃すれば命中はあり得ない、だが威嚇程度には
十分。しかし、ココで打てば装填にかなり時間がかかるが…)
迷うロルフに砲術長は怒り心頭で、「早く射撃許可を出してくれ!!!」と怒鳴り散らす有様である。
勿論、黒姫が攻撃の手を緩める事は無い。
着々と命中弾が出ていた。
そして、致命的一撃がラインハントに起こった。
『三番砲塔に命中弾!!』
「その台詞はもう飽きた、無傷なのだろ三番砲塔員。」
合計11回、何度も聞いた報告だ。
「いえ!!!砲塔が───」
金属と金属がぶつかり合う音がしたと同時に艦は大きく揺さぶられた。
そして、大爆発が戦闘艦橋の真下で起こったと思えば
艦首区画からも爆発が聞こえる。
ロルフは頭を強く打ち、気を失った───。
熱い、氷の刀で切られたように背中が痛い、肉が焼ける匂い、
所々から断末魔の叫びが聞こえる……。
後頭部を押さえ、立ち上がる。
「な、何が起きた……?」
周囲を見回すと、炎はすぐそこまで迫っていた。
体の感覚を確認しようとし腕に血を送る。
ふと、手に生暖かい感触を覚える。
深紅の液体が右手にびっしりと、そして触れた物は
誰かも分からぬほど欠損した亡骸であった。
ロルフはこの遺体の人物に庇われたのだろう。
そしてもう一度、艦全体を舐めるように見回す。
所々で壁が赤黒くなっている。
その下には、肉片が落ちてい───
「───ッ!!」
戦闘艦橋から何かに取り憑かれたように走り出すロルフ。
爆発音のせいか、あまり音が聴き取れなくなっていた。
向かった先は羅針盤室、そこは装甲厚が600mmあり
たいていの攻撃からは安全とされていた場所であった。
しかし、扉は開かない。
爆発か、それとも熱か、分厚い鋼鉄のドアがひしゃげるように
歪んでいて、開けることは困難だった。
今度は煙がまわっているものの通行可能の居住区域へ
走った。
呼吸を荒げ、走り着いた先には消火に当たる乗組員がいた。
『艦長!!!』
三人ほどが駆け寄ってくるのが見えると安堵したのか
膝が折れた。
その場に四つん這いになり生きていることを神に感謝した。
『ロルフ艦長、ラインハントの状態は脱落した三番砲塔が
艦橋に突き刺さっており、また各部にて火災が発生、
三番砲塔区画の火災は深刻でこれを放棄、一、二番にて主砲は
未だ健在であります。』
今、三番砲塔が艦橋に突き刺さっていることは置いといたとして、下す命令はただ一つ。
「操舵室に人力での操縦を頼む、そしてコースはアデン湾だ。」
ロルフの目的はこれにて達成された。
そして、黒姫はラインハントの撤退が仕組まれた物とは気付かないのであった。




