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第四章

 第四章 ヘルガウストの計画


 授業が半日で終わる土曜日になる。

 僕はいつものように授業を受けていた。だが、気になっていることがある。最近、エリシアが僕の前に顔を見せないのだ。

 僕と一緒にいるのが退屈になったのかなと思う。

 もし、そうだとしらた寂しいけど、年頃の女の子なんてみんなそんなものかもしれないと僕は考えた。

「最近、エリシアを見ないね」

 僕は帰るために鞄を持ってやって来たカルベンにそう言った。

「そうだな」

 カルベンは気怠そうな顔をしている。

「どうしたんだろう」

 僕の不安げな顔を見たカルベンは気を楽に持たせるように言う。

「勉強で忙しいんじゃないのか。あいつ、自分が優等生でいることにやたらと拘っていたから」

「そっか」

 エリシアらしい理由だ。

「あいつはしっかり者だし、俺たちが心配する必要はないさ」

 カルベンは楽観するように言った。

「でも、ちょっと気になるからエリシアのクラスに行ってみるよ。どうせこのまま帰っても暇を持て余すだけだし」

「なら、俺も付き合うぜ」

 カルベンがそう言うと胸騒ぎを感じた僕はエリシアのクラスに行った。

 すると、エリシアのクラスの女子生徒はエリシアはここ最近、学園に来ていないと言った。

 それを聞き僕は風邪でも引いたのかもしれないと思う。

 カルベンも風邪なら、さすがに心配だから寮にあるエリシアの部屋に行こうと言った。

 僕たちは校舎から出ると学園の敷地にある女子寮に行く。が、エリシアの部屋に行っても中には誰もいなかった。

 僕は何らかの理由で地上の方にいるのかなと推測する。

「寮の部屋にもいないのはさすがにおかしいよな」

 寮の外に出るとカルベンは宙を仰いだ。

「地上にいるのかもしれない」

「それなら良いんだけど、何かのトラブルに巻き込まれていたりしたら大変だぞ。この天空都市は何が起きてもおかしくないところだし」

 カルベンも危機感を持ったようだった。

 僕は焦燥のようなものを感じながら、澄み渡る青空を見る。すると、空から一羽の鳥がやって来て、僕の肩に止まった。

「何だろう、この鳥」

 僕は訝るような顔をした。

「足に紙を巻き付けてるな。何かのメッセージを運んできたのかもしれない」

 カルベンは鳥の足に巻き付けられている紙を目ざとく見つけた。

「見てみてよ」

 僕はいつになく嫌な予感がしながら言った。

「なになに、君の大切な女の子を預かっている。もし、女の子を死なせたくなかったら、誰にもこのことを話さず、一人でスラム街にある私の屋敷に来い。ヘルガウストより」

 カルベンが読み上げ文章を聞いて、僕は全身が粟立った。

「ヘルガウストの奴、エリシアを掠ったんだ」

 僕は焦ったように言った。

「ヘルガウストはお前に用事があるみたいだな。どうする?」

「行くに決まっているだろ。カルベンには話してなかったけど、僕は自分の計画に協力して欲しいって言うヘルガウストに会っていたんだ」

 まさか、エリシアに手を出してくるとは予想できなかった。

「何だって」

 カルベンは耳を疑うような顔をした。

「ついでに魔王アルハザークの姿も見た。もし、ヘルガウストの言う通りにしなきゃエリシアは殺されるよ」

「なら、行くしかないな」

「でも、ヘルガウストは僕に一人で来いって言ってる。カルベンが来たら駄目だよ」

 心細いが耐えるしかない。

「途中まで一緒に行く分には構わないだろ。それで、もし幾ら待ってもお前が戻ってこないようなら、ウルベリウスにこのことを相談する」

「分かったよ」

「ったく、厄介なことになったな。お前もくれぐれもヘルガウストと戦おうなんて思うなよ。勝ち目はないぜ」

 言われるまでもない。

「うん」

 僕は頷くと、紙の裏面にある地図を見た。


 僕はゼラム通りの一番奥に来ていた。ここから先はスラム街になるし、カルベンもここで待っていると言った。

 僕は汚い建物が多くて道が狭くなっているところを歩く。

 その横手には肌を露わにした女性たちが客引きをしている店が軒を連ねていた。何とも卑猥な空気に満ちている。

 僕はそんなスラム街を進んでいき、窓が割られている建物が多いゴーストタウンのような場所も通り過ぎる。

 そして、地図に記されていた屋敷の前に来た。

 僕の視線の先にあるのはまるで幽霊屋敷みたいだった。暗黒の魔導師が暮らすにはピッタリかもしれない。

 僕は勇気を奮い立たせて、屋敷の中に入る。すると、そこは広間になっていて、中央の階段にはヘルガウストが立っていた。

「ようこそ我が屋敷へ」

 ヘルガウストはマントを靡かせながら笑った。

「エリシアを返して貰おうか」

 僕は恫喝する。

「君が私の計画に協力してくれるのなら、喜んで解放しよう」

 ヘルガウストの笑みは全く崩れない。

「もし協力しなかったら?」

 僕は探るように問い掛けた。

「彼女が生きて君に会うことはできなくなるだろうな」

「やっぱりあなたは悪人だ」

 僕は少しでもヘルガウストの言葉を信じてみようと思った自分が腹立たしくなった。

「全てはこの天空都市を救うためだ。大を生かすために小を殺す。それがこの世の摂理というものだよ」

「天空都市を救うためだと言えば何をしても構わないのか」

「そうだ。もっとも、まだ子供に過ぎない君に私の苦しい立場を理解して貰おうとは思わん」

 ヘルガウストは僕の言葉をあしらうように言った。

「なら、僕をここまでおびき寄せたわけを聞かせて貰おう」

 僕は傲然と言った。

「随分と勇ましいじゃないか。なら、頼ませて貰うが、君には魔界のゲートを開いて貰いたい」

「なっ」

 僕の体に電流のような刺激が走った。

「魔界のゲートはサンクフォード学園の地下にある封印の間にある」

 ヘルガウストはスラスラと言葉を続ける。

「そこに行くまでには警備の魔法が何重にもかけられていて、さすがの私でもそう簡単には辿り着けそうにない」

 そんなところに僕を行かせようと言うのか。

「そこで魔法の力を打ち消すことができる君の出番だ。君ならどんな警備の魔法も打ち消して封印の間に辿り着くことができるだろう」

「でも」

「あのマリウスの放ったエクスプロードの魔法すら打ち消した君ならきっとできる」

 ヘルガウストはずっと僕の動向を監視していたようだ。

「もし、魔界のゲートの封印を解いたらどうなるんですか」

「それは魔界の王、ヴァルストモロに聞くしかないな。私もあの魔王のやることに口を挟むことはできない」

「そんな」

 危険だらけじゃないか。

「囚われの少女の命を救いたければ君はやるしかない。それとも助けを求める少女を見捨てて逃げ出すかね」

「やるよ」

 僕は引き下がらなかった。

「よろしい。なら、魔界のゲートの封印を解くのに必要な物は君に渡しておく。君なら必ず上手くやってくれると信じているよ」

 そう言って笑うと、ヘルガウストは僕に革袋を渡した。


 僕は待っていたカルベンと合流する。

 カルベンは僕に色々なことを尋ねてきたが、僕はエリシアの命がかかってるし、どうしても話せないんだと言った。

 その後、カルベンと別れた僕は学園に戻った。

 そして、校舎の中にある地下室に行く。地下室は物置として使われていたのでごちゃごちゃと色々なものが置かれていた。

 それから、地下室の床を丹念に探って鍵穴のようなものを見つける。

 僕はヘルガウストから渡されていた鍵を差し込んで回す。すると、大きな蓋のような扉が開いて、更に地下へと続く階段が現れた。

 階段は横幅が広くて、どんな大男でも下りることができそうだった。

 僕はそんな階段を下りていく。そして、いい加減、足が疲れてきたところで、僕は広い空間へと辿り着いた。

 僕は神殿の回廊ようになっている通路を進む。すると、横から炎の弾が飛んできた。それは僕に命中したが、すぐに掻き消された。

 すると、今度は足下からいきなり氷の刃が飛び出した。それは僕を貫こうとしたが、途中で割れてしまった。

 更に進むと、全てを薙ぎ倒すような強烈な風が僕に浴びせられたが、大丈夫だった。

 そして、最後に天井から大木すら引き裂けそうな雷が僕に落ちた。だが、僕が痛みや痺れを感じることはなかった。

 僕は様々な魔法を浴びつつも、何とか魔界のゲートと思われる大きな魔方陣の前に辿り着いた。

 そこに立っているだけで立ち眩みしそうなエネルギーが魔方陣から吹き上がっている。僕の腕にも鳥肌が立った。

 僕は魔方陣の上に立つと革袋から紙を取り出す。

 そして、特殊な薬品で、魔方陣に書かれている文字や記号を消して、代わりに紙に記されていた別の文字を書いた。

 すると、魔方陣から目が眩むような光りが膨れ上がる。

 魔方陣の上から退避した僕は押し寄せてくる不可視のエネルギーを感じて、肌がピリピリとした。

 そして、膨れ上がった光りが魔方陣から消えると、その上には巨人が立っていた。

 巨人の顔は山羊のようで、頭からは禍々しい角が生えている。

 その手にはどんものでも両断できそうな大剣が握られていて、大剣からは紫のオーラのようなものが立ち上っていた。

「我が名は魔王ヴァルストモロ。魔界のゲートの封印を解いたのはお前か」

 巨人は顎をしゃくった。

「う、うん」

 僕はガクガクと震えながら四メートルを超える巨体を誇るヴァルストモロを見た。

「であれば、感謝しよう。私は盟友のアルハザークとの約束を果たすために進軍せねばならん」

 ヴァルストモロが魔方陣から出ると、手にしている大剣の切っ先を僕に突きつける。

「それを阻もうとするものはこのヴァルケヌンスの魔剣の錆になるだけよ」

 ヴァルストモロがそう言うと、魔方陣から次々と怪物たちが現れた。

 ヴァルストモロはそれを見て笑うと、何もできない僕の前を通り過ぎ、封印の間から出て行った。

 現れた怪物、いや、モンスターたちもヴァルストモロの後に続く。モンスターたちは僕の方を見ようともしなかった。

 僕はモンスターたちの軍団を前にして青ざめた顔をしながら、その場に尻餅をついてしまった。


 僕はモンスターたちがいなくなってしばらく立つと、我に返って急いで来た道を戻ろうとする。

 そして、地下室から出るとそこはメチャメチャに踏み荒らされていた。

 僕が校舎の廊下に出ると、震えて座り込んでいる生徒たちが何人もいるのを発見する。それを目にした僕は窓からグラウンドの方を見た。

 そこには大剣を持ち上げるヴァルストモロと校長のウルベリウスが対峙していた。ウルベリウスはたくさんのモンスターたちに囲まれている。

 その周りにはうろうろしている先生や生徒たちがいた。

 僕は窓を飛び越えてグラウンドへと急ぐ。その間もウルベリウスとヴァルストモロは互いに距離を取り合って動かなかった。

 そして、僕が息を切らしながらウルベリウスの後方にまでやって来ると、ウルベリウスが口を開く。

「何が目的だ、ヴァルストモロ」

 ウルベリウスは杖を構えながら尋ねた。

「私はウルベリウス、卿を殺しこの天空都市を乗っ取ることが目的だ」

 ヴァルストモロの声はどこまでも大きかった。

「ヘルガウストの言いなりとは情けないな、豪傑の魔王よ」

 ウルベリウスは怖じ気づいていない。

「盟友たるアルハザークのたっての頼みでなければ、そんな面倒なことを誰がするものか」

 ヴァルストモロは剣を構えて、ウルベリウスを牽制する。

「ならば、大人しく魔界に帰るが良い。我が輩一人のために、か弱き者たちまで殺しては、豪傑の魔王の名折れであろう」

 ウルベリウスの言葉にヴァルストモロは首を振った。

「あいにくと、そう言うわけにもいかんのだ」

 そう言うと、ヴァルストモロは力強く地面を蹴って一気に間合いを詰めようとする。

 それに対し、ウルベリウスは杖から光りの球を放った。光りの球はヴァルストモロにぶつかると、激しい光りを迸らせながら爆発する。

 だが、煙の中から現れたヴァルストモロは無傷だった。

 ヴァルストモロは大剣を軽々と操るとウルベリウスに斬りかかった。ウルベリウスは身を捌いて、その攻撃を避ける。

 大剣はグラウンドに大きな穴を穿った。

 何という破壊力だ。

 が、それに負けまいとウルベリウスはヴァルストモロに火球を放った。

 その火球は生き物のようにヴァルストモロの体を包み込む。ヴァルストモロは地獄から呼び出したような業火によって焼かれた。

 が、ヴァルストモロが剣を一振りすると、炎はたちまち掻き消える。ヴァルストモロの体には焼け跡一つなかった。

「観念しろ、ウルベリウス。卿ではどう足掻いても、この私は倒せん」

 ヴァルストモロは諭すように言った。

「我が輩は諦めが悪いのでな」

 ウルベリウスは顔から脂汗を浮かべながら笑った。

「ならば、その体をこのヴァルケヌンスの魔剣で真っ二つにしてやろう。そうすれば、その口も開けまい」

 そう言った瞬間、ヴァルストモロの体が躍動するように動く。繰り出された剛剣は杖で受けとめたウルベリウスの体を大きく吹き飛ばした。

 ウルベリウスは受け身も取れずにゴロゴロと地面を転がる。

 それを受け、ヴァルストモロは倒れたウルベリウスに渾身の力が込められたような大剣を振り下ろそうとする。

 そこにいた誰もがウルベリウスの死を信じて疑わなかったに違いない。が、大剣がウルベリウスに届く前に空から声が振ってきた。

「そこまでにして置け、豪傑の魔王よ」

 空から現れたのは十メートを超える長さを持つ羽の生えた蛇だった。その体は毒々しい紫色に染め上げられている。

「卿は邪神ゼラムナートか」

 ヴァルストモロが唸った。

「今、ウルベリウスに死んで貰っては困るのだ。この私と戦いたくなければ、剣を収めて貰おうか」

 ゼラムナートは威厳を感じさせる声で言った。

「この私に剣を収めさせるだけの力が今の卿にあるのか。魔界で研鑽を積み続けた我が力はもはや卿に止められるものではないぞ」

 ヴァルストモロは戦う姿勢を崩さない。

「確かに」

 ゼラムナートは顎を引いた。

「ならば、私もあなたを倒すことにしましょう。混沌を標榜するゼラムナートに力を貸すなど喜ばしいことではありませんがが、いたしかたありません」

 そう言って現れたのはゼラムナートと瓜二つの姿をした、白き羽の生えた蛇だった。その体は陽光を浴びて純白に輝いている。

「今度はサンクナートか。なら、二人がかりで掛かってくるのだな。くだらん、思想を押しつけ合っていた卿たちに私を倒せるとは思えんが」

 ヴァルストモロの声にはいささかの動揺もなかった。

「良いだろう。確かに今の私たちの力ではお前を止めることは難しい。だが、絶対神ゼクスナートの力ならどうかな」

 ゼラムナートが邪悪な笑みを浮かべる。

「何だと」

 ヴァルストモロは怪訝そうな顔をした。

「忘れたと言うのですか。サンクナートとゼラムナートの肉体は元々一つだった。あなたを倒すためなら、私たちも遺恨を捨てて一つに戻りましょう」

 サンクナートは白い羽を大きく広げて言った。

「面白い。ならば、真の姿を私に見せるが良い」

 ヴァルストモロは挑むように言った。

 すると、サンクナートとゼラムナートの体が、光りの球になる。二つの光りの球は空中で一つに融合した。

 そして、融合した光りの球は大きく膨れ上がって、弾けた。

 その瞬間、大気が震える。

 未だかつて感じたことがない、圧迫感が僕の体を襲った。

「我は絶対神ゼクスナートの肉体を受け継ぐものなり」

 突如として、空に山をも飲み込むような巨大な蛇が現れた。

 その体の長さは、数千メートルはありそうだし、その背には六枚の羽が生えていた。顔には宝石のような六つの目が付いている。

 体の色は神々しい黄金色だった。

 その姿はまさに圧巻。

 この世界を創った存在だと言われても、今なら信じられる気がした。

 ゼクスナートは自らの顔の前に激しくスパークする巨大な光りの球を作り出すと、それをヴァルストモロに放った。

 それを食らったヴァルストモロは大きく吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。

「くっ、さすがたな。本物のゼクスナートの魂は入ってないとは言え、これほどの力を誇るとは」

 ヴァルストモロは立ち上がると、すぐに膝を突いた。

「ヴァルストモロよ。お前ほどの者を殺すのは我とて忍びない。ここは剣を引いて、魔界に戻るが良い。魔界へのゲートは我が開いてやろう」

 ゼクスナートの言葉に、ヴァルストモロは剣気を収めた顔をする。

「良いだろう。だが次に相まみえる時はこうはいかんぞ」

 そう言うとヴァルストモロは空間に開いた裂け目に飛び込んだ。残ったモンスターたちもぞろぞろとその中に入っていく。

 そして、残ったのはゼクスナートと何もできなかった人間だけになった。

「人間たちよ。この一件を仕組んだヘルガウストを放置し続けた汝らの罪は真に重い。この我に許しを請いたければ、ヘルガウストを捕らえよ」

 そう託宣でも告げるように言うと、ゼクスナートの体は景色に溶け込むようにして消えた。


「なるほど、そういうことだったか」

 僕から全ての話を聞いたウルベリウスは合点がいったような顔をした。

「僕のせいでみんなを危険に晒してしまいました」

 僕は悄然とする。

「なぜ、一言、相談してくれなかった。魔界のゲートを開くことがどれほど危険か、想像できなかったのか」

 ウルベリウスは語気を強めながら言った。

「それは」

 僕も何の弁解もできない。

「下手をしたら我が輩も、殺されていたかもしれん」

 ウルベリウスの声には否定しきれない重さがあった。

「はい」

「まあ、過ぎたことを言っても仕方があるまい。だが、責任は取らなければならないぞ。セリオ・オリオールを本日をもって退学に処する。むろん、天空都市に入ることも禁ずる」

 ウルベリウスの言葉に僕は目の前が真っ暗になった。

「そうでもしなければ、モンスターに殺されたかけた者たちは納得しまい。死人が出なかったのは奇跡みたいなものだからな」

 ウルベリウスの言いたいことは僕にも分かる。

「分かりました」

 もう何も言うまい。

「ただし、君がヘルガウストを倒し、エリシアを取り戻すことができたなら、その処分は取り消すことにしよう」

 ウルベリウスは思わぬことを言った。

「ウルベリウス校長、それはいくらなんでも危険すぎます」

 その場にいた先生たちが声を上げた。

「だが、それがケジメを付けると言うことなのだ。何もせずにオロオロしていたお前たちには分からんだろうが」

 ウルベリウスの冷ややかな言葉に先生たちも何も言えなくなった。

 その後、僕は校長室を出ると、カルベンと顔を突き合わせる。カルベンは僕を見て気まずそうな顔をした。

「話は盗み聞きさせて貰った。まさかお前が退学になるなんて」

 カルベンは萎れたような声で言った。

「まだ退学になると決まったわけじゃない。いや、退学になるかどうかなんてどうでも良いんだ。エリシアさえ助け出すことができれば」

 エリシアの命には代えられない。

「エリシアはどこにいると思う?」

 カルベンが縋るような声で尋ねた。

「分からない」

「でも、こうなった以上、ヘルガウストは天空都市にはいられないと思うんだよ。騎士団も血眼になってヘルガウストを探してるからな」

 カルベンの言葉にセリオも思考力を働かせる。

「もしかしたら、天空都市から地上に逃げたのかもしれない」

「それはないと思うぞ。天空都市のゲートはヘルガウストがワープできないように調整されているはずだから」

「なら、どこへ」

 僕が考えていると、カルベンがハッとした顔をする。

「ジャハナッグの背中に乗れば天空都市から逃げられるぞ。ジャハナッグなら近くの島まで飛んでいけるから」

「そうか。でも、ジャハナッグがヘルガウストの言うことを聞くかな」

「普通なら聞かないだろうな。ただ、ジャハナッグはいつも人間の女の子の肉を食べたいって言ってた」

 カルベンの言葉に僕は血の気が引いた。

「何だって」

「だから、ヘルガウストは自分を運ばせる代わりに、エリシアをジャハナッグにくれてやるつもりなのかもしれない。ジャハナッグにとって美しくて可愛いエリシアは最高のご馳走だろうから」

「なら、早くジャハナッグのところに行かないと」

 僕は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、ジャハナッグの巣があるという時計塔の屋上へと向かった。


 僕は時計塔の階段を上っていた。エレベーターでもあれば助かったんだけど、そんな便利なものは用意されていなかった。

 僕はひたすら階段を駆け上がって時計塔の屋上を目指す。そして、強い風が吹き付ける屋上に辿り着いた。

 屋上には僕たちが予想した通り、ヘルガウストとエリシアがいた。ジャハナッグもいて、翼を大きく広げている。

 そんな屋上は平らだし、足場もしっかりしているが、もし落ちたら命はないな。

「ここまでだ、ヘルガウスト」

 僕は突き刺すような視線をヘルガウストに向ける。

「まさかここを嗅ぎ付けてくるとはな。お前を少々、侮っていたようだ」

 ヘルガウストの隣には手を縛られたエリシアがいた。エリシアは今にも泣きそうな顔をしている。

「エリシアを返して貰おうか」

 僕は弱さを捨てたような声で言った。

「それはできんな。この小娘はジャハナッグにくれてやるつもりだ。もう、それくらいしか役に立たないだろうからな」

 ヘルガウストはまだ余裕を持って笑っている。

「悪く思うなよ。おいらも人間の少女が食べれるって言うなら、何だってする。それくらい人間の少女は旨いんだ」

 僕も舌なめずりをするジャハナッグを責める気はなかった。

「そんなことはさせない」

 僕が足を踏み出す。

「そういうことは魔王アルハザークを倒してからにするんだな」

 ヘルガウストの前にアルハザークが瞬時に現れる。今のアルハザークからは鬼気迫るようなプレッシャーを感じた。

「魔法が効かないだけでは、我とは勝負にならんぞ、小僧」

 アルハザークは杖の先端を僕に突きつけてくる。

「やってみなきゃ分からない」

 僕は少しも怯まなかった。

「面白い。なら、その心臓を生きたまま抉り出してやろう。もし、祈る神がいるのなら祈るが良い」

 アルハザークは杖を投げ捨てて、鋭い爪を僕に突き刺そうとしてきた。とても避けられるようなスピードではない。

 が、僕の体に爪の一部が食い込むと、驚くことが起きる。

「ぐっ。何だ、これは?」

 アルハザークの爪がボロボロと崩れ落ちていく。

 まるで干からびた砂のように。

 しかも、浸食するようなひび割れがアルハザークの腕にまで這い上がっていた。

「僕も自分に備わっている力の使い方が分かってきたんだ。だから、身を守るだけじゃなくて攻撃だってできるようになった」

 僕は自分の体を流れるエネルギーをコントロールして、それをアルハザークの爪に流し込んだのだ。

「わ、我の体が崩れていくだと。貴様、魔法の力が通っている物、全てを破壊することができるというのか」

 アルハザークは悪足掻きをするようにもう片方の手の爪を僕に突き刺そうとしてくる。それを見た僕はアルハザークに向けて力を放出する。

 それを食らったアルハザークは吹き飛ばされて、時計塔から落ちていった。

「アルハザークが負けただと」

 ヘルガウストは愕然としていた。

「後はお前だけだ、ヘルガウスト。大人しく、エリシアを解放して僕たちに掴まれ」

 僕の横にカルベンも並ぶ。

「お、おのれ」

 ヘルガウストは何度も僕に火の玉をお見舞いしてきた。だが、その火の球は僕の体に触れることすらなく消えてなくなる。

 魔法が効かないという僕の力を利用したのがヘルガウストだ。だが、今のヘルガウストはその力に追い詰められている。

 因果応報という言葉はこういう時に使うのかもしれない。

「お前の魔法は僕には効かないぞ」

 僕はヘルガウストに自分のエネルギーをぶつけようとするが、その前にヘルガウストが強引にエリシアの体を抱き寄せた。

「動くな。動けばこの小娘の体に穴が空くぞ」

 ヘルガウストはエリシアの顔に指を突きつけた。エリシアの顔が大きく引き攣る。

「卑怯だぞ」

 化けの皮が剥がれたか。

「ジャハナッグ、この私を乗せて空を飛べ。そうすれば、追ってこれる者はいなくなる」

 ヘルガウストの命令にジャハナッグはプイッとそっぽを向いた。

「嫌だね。アルハザークの後ろ盾がなくなったお前の言うことなど誰が聞くものか」

 そう言うと、ジャハナッグは口からピュッと白い骨のような物を吐き出した。それを顔に食らったヘルガウストはエリシアから手を放してしまう。

「くっ」

 ヘルガウストの手が離れた瞬間、エリシアはヘルガウストの腕から抜け出して僕の腕の中に飛び込んだ。

「ありがとう、セリオ」

 エリシアは潤んだ瞳で言った。すると、カルベンが持っていたナイフで、エリシアの手を縛っていた紐を切った。

「まだ終わらんぞ」

 ヘルガウストは鬼のような形相で言った。

「よくもこのあたしを良いように扱ってくれたわね。あたしの悔しさをその体で思い知りなさい」

 エリシアは息を吹き返したような胆力を見せてヘルガウストに手を翳す。すると、稲妻のような光りが飛び出して、それはヘルガウストに命中した。

 ヘルガウストは断末魔のような声を上げると、呆気なくその場に崩れ落ちた。


 その後、僕たちは駆けつけてきた騎士団にヘルガウストを引き渡した。ヘルガウストは大法廷で厳しく裁かれることになると言う。

 これには僕も安心した。

 一方、僕は退学にならずに済んだが、それをよしとはしなかった。

 次の日に行われた全校集会で僕はみんなに謝罪した。大怪我を負った生徒もいるのだから当然だろう。

 そして、僕は全校生徒の前で、天空都市に住む人たちの三分の二の署名が集まるまで決して天空都市には足を踏み入れないと誓った。

 これが僕なりのケジメの付け方だった。

「本当に行っちゃうんだな、セリオ」

 ゲートのある神殿の中でカルベンが沈んだような顔で言った。

「うん」

 僕は吹っ切れたように頷いた。

「セリオは何も悪くないわよ。ただ、あたしを助けようとしただけなんだから。なのに、天空都市を去らなければならないなんて」

 エリシアは握り拳を震わせた。

「良いんだよ。僕はエリシアを生きて助けられただけで、満足しているんだから」

 本当だ。

「それだとあたしが困るのよ。セリオとはこれからもずっと一緒にいられると思ったんだから」

 エリシアはムキになったように言った。

「俺も同じだよ。セリオ以上の友達なんて作れっこない。お前がいなくなったら、毎日がつまらなくなっちまうぜ」

 カルベンの言葉は素直に嬉しかった。

「ありがとう、二人とも」

 僕は泣きそうになりながらもお礼を言った。

「まったく、大人たちは何の責任も取らないんだから良い気なもんだ。みんなもセリオが全部悪いみたいに思ってるし」

 カルベンは苛立ちを隠さずに言った。

「そのツケを払う時が必ず来るわよ。あたし、今回の一件で改めて、この天空都市の人間の愚かさを思い知ったわ」

 エリシアもカルベンと思いは同じようだった。

「ああ。俺も悪いのはヘルガウストだけじゃないって思えるぜ。この天空都市自体の体質が問題なんだ」

 それに気付いてくれる人間が増えれば、天空都市も変われるかもしれない。

「そろそろ僕は行くよ」

 これ以上、湿っぽい話はしたくない。

「近い内に必ず会いに行くからな」

 カルベンは僕と握手をした。

「あたしも」

 エリシアも微笑した。

「うん」

 そう言うと、僕はゲートの中に入る。すると、雑居ビルの中に戻ってきた。

 僕はもう天空都市には戻れないのかと思うと郷愁のような物を感じる。

 そして、とぼとぼとした足取りでビルを出ると、夏の気配を感じさせる太陽を見上げながら家に帰った。



 エピローグに続く。




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