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第三章

 第三章 セリオに秘められた力 


 天空都市から帰ってきた僕は自室でゲームをやっていた。その傍にはコンビニで買ってきたポテトチップスとペットボトルのコーラがある。

 自分の家のすぐ近くに新しいコンビニができたのは助かった。

 今日は僕の誕生日だった。

 だが、母さんは大学に行っていて、夕方にならないと帰ってこない。

 僕は今年の誕生日はケーキじゃなくてお寿司が食べたいなと思っていると、部屋の窓を誰かが叩く音が聞こえだ。

 僕が窓を開けると、そこには小さな羽の生えたドラゴンがいた。これには僕も驚きのあまり目を丸くする。

「よっ、セリオ」

 手乗りサイズのドラゴンが人間の言葉を発した。

「君は」

 僕は眉を揺らした。

「こんな姿をしているけど、おいらは邪竜ジャハナッグだ。ウルベリウスの頼みで、お前に誕生日プレゼントを渡しに来た」

 ジャハナッグは首から下げている袋を僕に見せる。

「誕生日プレゼント?」

 僕はトーンがずれた声を発した。

「ああ。 誕生日を迎えた生徒には、学園側からプレゼントが渡されることになっているんだ」

「へー」

「とにかく、これを受け取れ」

 僕は袋を受け取ると、中にあるものを取り出した。すると、銀色に光る懐中時計が出て来た。

「これは懐中時計だね」

「ああ。伝説の金属のミスリルで作られているとっても高価な時計だ。オーダーメイドの品だし大事にするんだぞ」

「うん」

 こんな嬉しいプレゼントを貰ったのは久しぶりだな。

「さてと、おいらは天空都市に戻らせて貰うかな。腹が減ったし、牛でも食いたい。どうせ日本にいるんだから、松阪牛を襲って食っちゃおうかな」

 ジャハナッグは笑えないことを言って飛び立とうとした。

「君はゲートを通ってきたの?」

「そうだ。まさか、海の上を飛んできたとでも思ったのか?」

「まあ」

 失礼なことを言ってしまっただろうか。

「そんなことをしたら日が暮れちゃうよ。ま、元の大きさに戻って飛べば、近くにある島までなら二時間もあれば辿り着けるけど」

「へー」

「ちなみにゲートには全ての生徒の情報が記録されてる。それを見れば誰がどこから来たかなんてすぐに分かるんだ」

 ジャハナッグは胸を反らした。

「そっか」

 僕も納得する。

「とにかく、じゃあな」

 そう言うと、ジャハナッグは今度こそ飛び立って、空の向こうへと消えた。


 僕はカルベンと一緒に学園の食堂に来ていた。食堂にはいつものように生徒たちがたくさんいる。

 僕はカツ丼があったことにありがたさを感じながら、箸を進めていた。

「へー、誕生日にそんな良いものを貰ったのか。俺も自分の誕生日が来るのが待ち遠しいな」

 カルベンはハンバーグを頬張りながら言った。

「カルベンの誕生日はいつなの?」

 僕はカルベンを横目にする。

「八月だよ。ちょうど夏休みなんだ。だから、誕生日の日には両親に色々なところに連れてって貰ったよ」

「そっか」

「今度の誕生日は、父さんと母さんとカリブ海にでも行くつもりさ。ちょっとした旅行だな」

 カルベンはカリブ海を思い浮かべているような顔で言った。

「旅行に行けるなんて羨ましいね」

「まあな」

 カルベンが照れたように言うと、僕の背後からエリシアが現れた。

「あたしは夏休みになったら遊園地に行くつもりよ。ジェットコースターとか大好きだから」

 エリシアは僕の隣の椅子にどっかりと座った。

「遊園地も良いね」

 僕が遊園地に行ったのは、小学校の修学旅行以来だ。

「なら、セリオもあたしと一緒に遊園地に行く?セリオは日本に住んでるんだし、飛行機に乗ればアメリカには来れるでしょ」

「良い考えだけど遠慮しとくよ」

「残念ね。あたしのいるアメリカに来てくれれば、思いっきり楽しませてあげられるのに、って、別に変な意味じゃないわよ」

 エリシアは途中から慌てたように肩を竦めた。

「俺のいるスペインだって負けてないぜ。バルセロナにあるサクラダファミリアは是非、見て貰いたいし」

 混ぜ返すように行ったのはカルベンだ。

「アメリカのラスベガスだって凄いわよ。年齢制限があるカジノには入れないけど、マジックショーやミュージカルは楽しいし」

 エリシアはカルベンに負けまいと言った。

「天空都市にも遊園地みたいなアトラクションがあれば良いのに」

 僕はぼやいた。

「そうね。でも、天空都市には迷宮があるわよ。迷宮にはモンスターだって住み着いてるし、そのモンスターたちと戦えるなら遊園地以上に刺激的だと思うわ」

 エリシアは思い出したように行った。

「でも、迷宮に入るには冒険者ギルドで許可証を発行して貰わなきゃならない。俺たちの年齢じゃまず許可証は貰えないな」

 カルベンはハンバーグを全て平らげると皮肉げに言った。

「でしょうね」

「でも、この天空都市で観光できるようなところを探すなら、町の外にある妖精の森も良いんじゃないのか」

 カルベンはフォークの先端をエリシアの顔に向けながら言葉を続ける。

「妖精の女王、クシャトリエルは絶世の美女って言われてるぜ」

「でも、クシャトリエルは大の人間嫌いだって話よ。ノコノコ行っても会ってはくれないでしょうね」

 エリシアは小さく息を吐いた。

「地上で三人一緒にいれる日が来ると良いのにね」

 僕はポツリと言った。

「そうだな。ゲートの調整をして貰えれば、俺たちもジャハナッグみたいに天空都市から日本に行くこともできるかもしれない」

 カルベンは水を口に含む。

「ゲートの調整をしているのは誰なのかな」

 僕はコーンスープを飲みながら言った

「魔方陣の近くに立っている魔法使いだよ」

「そんな人いたかな」

 記憶にない。

「いるよ。ま、随分と影の薄い魔法使いだったから、記憶に残らなくてもしょうがないけどな」

「そうなんだ。その人に頼めばゲートの調整をしてくれるかな」

「たぶん大丈夫だよ。俺の知っている奴も友達の家に行きたいって頼んだら、すぐにゲートの調整をして貰えたって言うから」

 カルベンの言葉に僕の期待も膨らむ。

「なら、もし調整をして貰えるようなら、日本に行きましょうよ。あたし、日本には一度行ってみたいと思ってたし」

 エリシアが溌剌と言った。

「俺も行きたいな。日本のアニメは見たいからな。他にもゲームだってやりたいし、漫画も読みたい」

 カルベンはコップに入っていた氷を噛み砕きながら言った。

「でも、二人とも日本語は分からないんでしょ。それじゃあ、思う存分、楽しむことはできないよ」

 そう指摘したのは僕だ。

「その辺は翻訳の魔法があるから大丈夫だろ。翻訳の魔法は世界中の言葉に対応してるって聞いたし」

 カルベンが切り返す。

「現にお前の家にまでやって来たジャハナッグも日本語を話してただろ。忘れちまったのか」

「そうだった」

 確かにあの時のジャハナッグは日本語を話していた。あまりにも自然だったのでその事実を忘れていたのだ。

「なら、決まりね。今度の日曜日になったら日本に行きましょう。何か面白そうなイベントもあると嬉しいわね」

 エリシアがそう話を締め括った。


 日曜日になると、ゲートの調整をして貰った僕とカルベンとエリシアはゲートの中に入る。

 すると、日本の雑居ビルの中にワープした。

「へー、日本のゲートはこんな殺風景だったのか。スペインのゲートは地下にある大聖堂に作られてるんだぜ」

 カルベンは首を巡らしながら言った。

「アメリカのゲートも地下にあるわ。ゲートのある部屋の真上に地下鉄があるから、天井が崩れてこないか心配だし」

 エリシアは天井を見上げた。

「とにかく、僕の家に行こう。たいしたお持て成しはできないけど、ジュースとお菓子くらいはあるから」

 そう言うと僕たちは雑居ビルを出る。エリシアもカルベンも駅前の通りを見て、楽しそうな顔をした。

 それから、僕は自転車ではなく歩きで、自宅へと向かう。

 その途中でカルベンがコンビニやビデオ屋に入ってみようと言ったが、エリシアに反対された。

「ここがセリオの家か。一軒家かと思っていたけど、マンションだったんだな。ちょっと、イメージと違ってたぜ」

 カルベンは聳え立つ七階建てのマンションを前にしてそう言った。

「うん」

 僕は頷いた。

「でも、マンションだって馬鹿にできないわ。だって、ここは日本のマンションなのよ。家としての品質はどの国よりも上でしょうよ」

 エリシアは知ったかぶりをする。

「だろうな」

 カルベンも同感したように頷いた。それから、僕たちは四階にある僕の自宅に来る。

 そして、中を開けると、母さんが「良く来たわね。すぐにジュースを用意するわ」と言った。

「へー、けっこう綺麗なんだな。でも、漫画の本はあまりないな」

 カルベンは少しだけ落胆したように言った。

「あたし、男の子の部屋って初めて入ったけど、ちょっと拍子抜けだわ。アメリカのテレビで紹介してる男の子の部屋って、本当に汚いもの」

 エリシアは僕のベッドに腰をかけた。

「何を期待してたの、二人とも」

 僕はげんなりした顔で問いかける。

「別に」

 エリシアはそっぽを向いた。

「カルベン君にエリシアちゃん、マンゴージュースだけど飲むかしら」

 母さんが大きなグラスに氷がたくさん入ったマンゴージュースを運んできた。

「ありがとう」

 カルベンはお礼を言った。

「ありがとうございます」

 エリシアも丁寧にお礼を言った。

「そういえばセリオ。今日は椿原中学校で創立記念祭があるから、暇なら三人で行ってみるのも良いんじゃないの」

 母さんは四階の高さがある窓の外に視線を向けながら言った。

「町内会から、たこ焼きと焼きそばの無料券を貰ってるし」

 母さんの言葉に僕は嫌な顔をした。

「へー、面白そうだな。この部屋には読みたい漫画の本もないし、さっそく行ってみようぜ」

 カルベンは乗り気だ。

「あたしも興味があるし、行きたいわ」

 エリシアも揚々と笑った。

「僕は…」

 僕は口籠もった。

「何、暗い顔をしてるんだよ。学校のお祭りなんて楽しそうじゃないか。しかも、椿原中学校って、お前が通うかもしれなかった学校だろ」

 カルベンは僕の肩を叩いた。

「うん」

 僕は困ったように笑う。

「なら、迷ってないで行きましょうよ。あたし、一度で良いからたこ焼きって食べてみたかったのよね」

 エリシアは舌を出して見せた。


 僕たちは椿原中学校の前にいた。校門には派手な飾り付けがされていて、中の敷地には出店が並んでいた。

 中学校のお祭りだと思って、僕たちも馬鹿にしていたが、けっこう本格的な賑わいを見せていた。

 中学校の制服を着ている人もいれば私服の人もいる。ほとんどが子供や若者だったが、中には年配者もいた。

「ここが日本の中学校ね。なかなか良いところじゃないか。敷地もきちんと車が通れるようにコンクリートになってるし」

 カルベンは三階建ての校舎を眺めながら言った。

 その言葉通り、ここから見える椿原中学校の駐車場には車がたくさん止まっている。校舎の一部も新しく建て替えられていた。

「そうね。建物も現代的で綺麗だわ」

 エリシアは枝毛を弄りながら言った。

「でも、サンクフォード学園には適わないよ」

 僕は居心地が悪そうに言った。

「そりゃそうだ。サンクフォード学園は学校としては別格だからな。比べられる学校が可哀想だ」

 カルベンもスペインの学校には通いたくないと思っていたのだろうかと、僕は思った。

「そうよ。世界中の子供たちが分け隔てなく通える学校なんて、サンクフォード学園だけじゃないかしら」

 サンクフォード学園の門戸はどの国にも開かれてるからな。

 とはいえ、肌の色が白い人間しか僕は見たことがない。そこら辺にリバイン人の血を引く人間の差別意識が見え隠れしているように思えるのだ。

「そうだね」

 僕は苦笑した。

 すると、出店でフランクフルトを買っていた椿原中学校の制服を着た男子生徒が僕の顔を見て、目を見開いた。

「おい。お前、セリオだろ」

 男子生徒は僕を見ると失礼にも指を差してきた。

「えっ」

 僕はビクッとする。

「お前、ウチの中学に通わないでどこに行ってるんだよ。みんなセリオは苛められるのが嫌で逃げ出したって言ってるぞ」

 男子生徒は睨むような目で言った。

「そんなんじゃないよ」

「もしかして、お前、インターナショナル学校に通ってるのか。やっぱり、日本人と馴れ合うのは嫌だったってわけか」

「違う」

 僕は短く言葉を返した。

「じゃあ、何なんだよ」

 男子生徒は僕に詰め寄ってきた。

「そう言われても」

「金髪の女の子と仲良くするのが、そんなに楽しいのか。ま、どうせ俺たち日本人は外人には勝てないけどな」

 男子生徒の言葉にエリシアがしかめ面をした。

「違うよ」

「お前みたいな奴はさっさと日本から出て行けば良いんだ。何だって、わざわざ日本に来たんだよ」

 男子生徒の悪態にカルベンが噛み付いた。

「言いたい放題、言ってくれるな、このサル」

 カルベンは男子生徒の胸倉を掴みそうな勢いで言った。

「ええ。あたしたちが幾ら魅力的に見えるからって、僻むのは見苦しいわよ」

 エリシアも怯むことなく前に出る。

「お前ら、やっぱり外人だな。俺たちを見下してやがるし、とっとと、この国から出て行けよ」

 二人の剣幕に気圧されたのか男子生徒は逃げるように背を向けて去って行った。

「気にするなよ、セリオ」

 カルベンは僕の肩にそっと手を乗せた。

「ええ。あんな態度を取るってことは、自分たちが劣った存在だと言うことを、自ら認めているようなものだわ」

 エリシアの声には蔑みの感情があった。

「優れているとか、劣っているとか、そういうことは言いたくないんだ。ただ、どうしていつもこうなっちゃうのか、その答えを知りたいだけで」

 優劣を競うような感情が差別を助長するんだと思う。

「たぶん、答えなんかないさ。でも、その答えを求め続けるのを止めたら駄目だ」

 カルベンも分かってくれたようだった。

「カルベンの言う通りだし、ちょっと、あたしも無神経なことを言っちゃったわね。反省するわ。でも、本当に気にしたら駄目よ、セリオ」

 エリシアの気遣いは嬉しい。

「うん。とにかく、たこ焼きでも食べよう。味の方は保証しないけど、タダだから損はしないはずさ」

 そう気を取り直すように言うと、僕たちは無料券で買ったたこ焼きと焼きそばを買って食べた。

 味は今一つだったけど、カルベンもエリシアも喜んでくれたのでよしとして置こう。


 それから数日後、僕は放課後になるとカルベンと一緒に帰ろうとする。すると、校門の近くで、生徒たちが屯していた。

 しかも、生徒たちは何か言い争っているようだった。

「この汚い手を放したまえ。僕は執政院の院長、マルコス・マールハイトの息子だぞ。その気になれば父に頼んで、お前をこの天空都市に入れなくすることだってできる」

 胸倉を掴まれているマリウスはそう居丈高に言った。

「お前らリバイン人は、俺らを何だと思っていやがるんだ」

 男子生徒は怒りを露わにしながら言った。

「何だと思ってやがるだって?薄汚いドブネズミだと思っているに決まってるだろ」

 マリウスは余裕の笑みを浮かべている。

「てめぇ」

 男子生徒の青筋が蠢いた。

「もう一度、警告する。この手を放せ。さもなければ君を僕の得意なファイアー・ストームで丸焼きにするぞ」

 マリウスはそう脅した。

「うるせぇ。その前にお前をぶん殴ってやる」

 男子生徒はマリウスの顔に殴りかかった。

「やれやれ」

 マリウスがそう言うと、男子生徒の体に火が付く。それから、男子生徒が慌てて火を消そうとすると、その体に炎の風が浴びせられた。

「う、うわー」

 男子生徒は体中に付いた火を消そうと地面を転げ回った。それを見た他の生徒も、男子生徒の火を消そうと必死になる。

「これで分かっただろ。どう足掻いてもできそこないが、僕たち純粋なリバイン人に勝てるわけがないことを」

 マリウスは気障ったらしくケープを払った。これには僕も何だかやりきれない気持ちになる。

「そこまでにしておきなよ」

 何かの衝動に突き動かされるように口を出したのは僕だ。

「君はいつぞやの生徒だったね。止めに来たのなら少し遅かったようだ」

 マリウスは転がったままの男子生徒を見て笑う。

「何で差別を助長するようなことを言うの?」

 僕は憤りを隠せなかった。

「いつまで経っても、彼らが自分たちを天空都市に入るに値しない劣った存在だと認めないからだ」

「そんな言い方はないだろ」

「なら、どういう言い方が良いと言うんだい。ご教示、願おうか」

 マリウスは嫌みったらしく言った。

「魔法なんてたいした力じゃない。そんな力はなくたって、他の方法で幾らでも埋め合わせが効く」

 セリオはそう言い切った。

「魔法主義同盟の一員である僕の前で魔法の力を馬鹿にするのか。それはまた随分と大胆だな」

「そうだね」

「よろしい。そこまで言うなら、そのたいしたことのない力で君を丸焼きにしてやろう。後で泣いて許しを請うても遅いからな」

 そう言うと、マリウスは流れるような炎の風を放ってきた。だが、炎の風は僕の体を焼くことなく通り過ぎる。

 僕にとって、それはそよ風のようなものだった。

「僕のファイアー・ストームが効かない?」

 マリウスは目を白黒させた。

「だから言っただろ。魔法なんてたいした力じゃないって」

 僕は笑ってやった。

「思い上がるなよ」

 マリウスは今度は特大の火球を僕に放ってきた。こんなのを食らったら、さすがに死にかねない。

 だが、頭に血が上ったマリウスは、そんなことは気にしていないようだった。

 そして、放たれた火球は僕の体にぶつかると、膨れ上がったかのように爆発する。僕の視界が炎で一杯になった。

 だが、僕の体は無傷だった。それどころか服にすら焦げあと一つない。これにはマリウスも顔を青くした。

 周囲の生徒たちもどよめきの声を上げる。

 そして、マリウスは再び魔法を放とうとしたが、今度は僕もそれを許さなかった。僕はマリウスの顔面に拳をお見舞いする。

 それを食らったマリウスは倒れて、目を回してしまう。

「お前にはこのパンチだけで十分だ」

 僕は豪胆に言った。

「やったな、セリオ。やっぱり、魔法が効かない力は凄い」

 カルベンが囃し立てるように言った。

「まったくだな。マリウスのエクスプロードの魔法でさえ、傷一つ負わないなんて、本当に奇跡だぜ」

 そう言ったのはいつの間にか僕の傍にいたマーフィだった。

「そうね。見ていて、胸がスカッとしたわ。私もマリウスは大嫌いだったから」

 ジェシカも清々しく笑う。

「これで少しはマリウスも大人しくなるだろう。もっとも、馬鹿に付ける薬はないというから、考え方を改めることはないだろうが」

 リアンはマリウスに負けず劣らず尊大だった。

 その後、生徒会だという生徒たちがやって来て、僕の周囲に集まっていた生徒たちを解散させた。

 だが、生徒会の生徒は僕を見ると、生徒会室にまで来るようにと言った。仕方なく、僕は生徒会の生徒に連行されるように、学園の校舎の中に戻る。

 そして、生徒会室に足を踏み入れた。

「揉め事を起こしてくれたようだな」

 眼鏡をかけた理知的な男子生徒がそう言った。ネクタイの色から五年生だと言うことが分かる。

「はい」

 僕は縮こまる。眼鏡の生徒の透徹した視線は大人以上に怖かったのだ。

「俺は生徒会長のエルネスト・トワイラインだ。君を処罰しなければならないが、何か弁明はあるかな」

 エルネストは眼鏡越しに目を光らせた。

「マリウスは魔法の力で僕を殺そうとしました。でも、僕はマリウスを拳で殴っただけです」

 僕は臆することなく言った。

「そうか。なら、マリウスにはより重い処罰を課さなければならないな」

「はい」

 でなければ理不尽だ。

「では、君に対する処罰を言おう。君にはこの学園にある文化部に入って貰う」

 エルネストは堂に入った口調で言った。

「えっ」

 僕は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「文化部はどこも部員不足で悩んでいる。だから、君にはどこでも良いから文化部に入って貰いたいんだ」

「はあ」

 それは処罰というのだろうか。

「本来なら一ヶ月のトイレ掃除をやらせているところだ。だが、それよりは幾らかマシだろう」

 エルネストはフッと笑った。

「そうですね」

 僕もその処罰に異議を唱えるつもりはなかった。

「よし、ではもう行って良いぞ。文化部の部室棟なら、校舎の東側の渡り廊下の先にあるからな」

 エルネストがそう言うと、僕は生徒会室を出る。それから、僕はとりあえず部室棟に行ってみることにする。

 僕はまた一度も通ったことがない渡り廊下を歩く。そして、校舎とは別の建物になっている部室棟にやって来た。

 僕は部室の入り口の扉に張られたネームプレートを見ていく。でも、なかなか良い部が見つからない。

 ゲーム研究会とか漫画研究部があれば面白いのに。

 僕はとりあえず文芸部と書かれた部室の前で立ち止まる。僕も本を読むのはそれなりに好きなので興味を持ったのだ。

「失礼します」

 僕は緊張しながら部室の扉を開けた。

「あ、セリオ君」

 そう声を上げたのは赤い髪をした見覚えのある女子生徒だった。

「君はミルカじゃないか。こんなところで会うとは思わなかったよ」

 僕は単純に驚いた。

「私、文芸部の部員ですから」

 ミルカは小恥ずかしそうな顔をする。

「みたいだね」

「セリオ君こそどうしてここに?」

「生徒会から文化部に入れって言われてるんだよ。だから、どこか良い部がないか探してたんだ」

 僕は頬をボリボリと掻きながら言った。

「そうだったんですか。私、セリオ君が文芸部に入ってくれたらとっても嬉しいです」

「なら、入って良いかな」

 ミルカと一緒なら何となく気が楽だ。

「はい。どうせ私一人とかいない部ですし、活動とかも強制しませんから」

 ミルカは顔の表情を綻ばせた。

「それはありがたいね」

 女の子と部室で二人っきりか。

「でも、私がお勧めする本を読んでくれると嬉しいです」

「なら、どんな本が面白いか教えてくれないかな」

「はい」

 そう言うとミルカは部室の壁に敷き詰めている本棚から本を取り出した。



 第四章に続く。



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