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加筆修正版 第四章 ヘルガウストの野望

 第四章 ヘルガウストの野望


 授業が半日で終わる土曜日になる。

 僕はいつものように退屈、極まりない授業を受けていた。だが、少し気になっていることがある。

 最近、エリシアが僕の前に顔を見せないのだ。少し前までは二日に一回くらいはわざわざ僕の教室まで来たのに。

 なので、僕と一緒にいるのがつまらなくなったのかなと思う。

 もし、そうだとしらた寂しいけど、年頃の女の子なんてみんなそんなものかもしれないと僕は考える。

 ひょっとして、エリシアには彼氏でもできたんじゃ。もしそうなら、僕やカルベンと距離を置こうとするのも頷ける。

 だけど、それ以外の理由だったとしたら、やはり心配だな。エリシアとは友達だし、何か困っているなら助けてあげたい。

 別に恩を売るつもりはないし、僕がエリシアのことを好きなわけじゃないけど、とにかく、ほっとけなかった。

「最近、エリシアを見ないね」

 僕は帰るために鞄を持ってやって来たカルベンにそう言った。

「そうだな。俺も気になってたし、あいつの生意気な声を聞かないと、ちょっと調子が狂うぜ」

 カルベンは気怠そうな顔をしている。僕とは違って、カルベンはあまりエリシアのことを心配していなさそうだった。

「どうしたんだろう」

 僕の不安げな顔を見たカルベンは気を楽に持たせるように言う。

「勉強で忙しいんじゃないのか。あいつ、自分が優等生でいることにやたらと拘っていたから」

「そっか」

 エリシアらしい理由だ。でも、その程度の理由で、エリシアが僕たちとの関係を疎かにするとは思えなかった。

「あいつはしっかり者だし、俺たちが心配する必要はないさ。学年一の優等生は伊達じゃない」

 カルベンは楽観するように言った。

「でも、ちょっと気になるからエリシアのクラスに行ってみるよ。どうせこのまま帰っても暇を持て余すだけだし」

「なら、俺も付き合うぜ」

 カルベンがそう言うと胸騒ぎを感じた僕はエリシアのクラスに行った。

 すると、エリシアのクラスの女子生徒は、エリシアはここ最近、教室に来ていないと言った。

 それを聞き僕は風邪でも引いたのかもしれないと思う。

 でなければ、優等生でいることに拘るエリシアが学校を休むわけがない。でも、あの元気なエリシアが風邪を引いている様子は少し想像しづらかった。

 一方、カルベンも風邪なら、さすがに心配だから寮にあるエリシアの部屋に行こうと言った。

 僕もお見舞いくらいはしたいと思いながら頷く。

 それから、僕たちは校舎から出ると学園の敷地にある女子寮に行く。男子が女子寮に入れるのは昼間だけらしい。

 もし、夜になっても女子寮にいるのが見つかったら、停学を食らいかねないとカルベンは言った。

 が、僕たちがエリシアの部屋に行っても中には誰もいなかった。

 部屋に漂う空気もここ何日かエリシアが部屋に戻ってないことを物語っているように見えたし。

 僕は何らかの理由で地上の方にいるのかなと推測する。

「寮の部屋にもいないのはさすがにおかしいよな。エリシアの担任の先生に聞けば、エリシアがどこにいるのか分かるかもしれないが」

 寮の外に出るとカルベンは宙を仰いだ。

「もしかしたら、地上にいるのかもしれない」

 僕は寮の中に入っていく女子たちを眺めながら言った。

「それなら良いんだけど、何かのトラブルに巻き込まれていたりしたら大変だぜ。この天空都市は何が起きてもおかしくないところだし」

 カルベンもようやく危機感を持ったようだった。

 僕は焦燥のようなものを感じながら、澄み渡る青空を見る。すると、空から一羽の小鳥がやって来て、僕の肩にぴたりと止まった。

 小鳥は僕の体に張り付いたように動こうとしない。

「何だろう、この小鳥?」

 僕は訝るような顔をした。

「足に紙を巻き付けてるな。何かのメッセージを運んできたのかもしれない。ったく、天空都市らしい古臭いやり方だな」

 カルベンは小鳥の足に巻き付けられている紙を目ざとく見つけるとそう言った。

「見てみてよ」

 僕はいつになく嫌な予感がしながらカルベンに頼む。それを受け、カルベンも小鳥が逃げないよう、慎重な手つきで紙を取り外した。

「なになに…、久しぶりだね、セリオ君。いきなりだが君の大切な女の子を預かっている。もし、女の子を死なせたくなかったら、誰にもこのことを話さず、今日の八時に一人でスラム街にある私の屋敷に来ると良い。ヘルガウストより」

 カルベンが読み上げ文章を聞いて、僕は全身が粟立った。

「ヘルガウストの奴、エリシアを掠ったんだ」

 僕は焦ったように言った。

「でも、誰にも話さないっていう約束はもう守れないよな。俺が手紙を読んじまったし。とにかく、ヘルガウストはお前に用事があるみたいだし、どうする?」

 カルベンは小鳥が飛び立つのを見ながら言った。

「行くに決まっているだろ。カルベンには話してなかったけど、僕は自分の計画に協力して欲しいって言うヘルガウストに会っていたんだ」

 まさか、エリシアに手を出してくるとは予想できなかった。

 ヘルガウストは僕の周りにいる人間のことを良く知っているように思える。でなければ、エリシアに人質としての価値は見出さなかったはずだ。

「何だって」

 カルベンは耳を疑うような顔をした。

「ついでに魔王アルハザークの姿も見た。もし、ヘルガウストの言う通りにしなきゃエリシアは殺されるよ」

 ヘルガウストの言葉を単なる脅しと思いたい気持ちはある。だが、そう決めつけてしまうにはエリシアの身に降りかかる危険は大きすぎた。

「なら、行くしかないな。教師たちの判断も仰ぎたいところだが、あいつらじゃヘルガウストには太刀打ちできないだろ」

 ウルベリウスなら違うのかもしれないが。

「うん。でも、ヘルガウストは僕に一人で来いって言ってるし、カルベンは来たら駄目だよ」

 心細いが耐えるしかない。

「途中まで一緒に行く分には構わないだろ。それで、もし幾ら待ってもお前が戻ってこないようなら、校長のウルベリウスにこのことを相談する」

「分かったよ」

「まったく、厄介なことになったな。お前もくれぐれもヘルガウストと戦おうなんて思うなよ。勝ち目はないぜ」

 言われるまでもない。

 ヘルガウスト一人ならもしかしたら出し抜くこともできるかもしれないが、魔王アルハザークを相手にそれは無理だ。

 下手な動きは自分だけでなく、エリシアの命をも奪いかねない。

「うん」

 僕は深刻な顔で頷くと、紙の裏面にある地図を見た。


 僕は寮にあるカルベンの部屋で時間を潰し、夜になるとゼラム通りの一番、奥にまで来ていた。

 ここから先はスラム街になるし、カルベンもここで待っていると言った。

 そんな夜のスラム街は危険に満ちているように思える。

 僕は汚い建物が多くて道が狭くなっているところを歩く。幸いにも街灯は等間隔で建てられていたので、明かりの心配はなかった。

 だが、僕の歩く横手には肌を露わにした女性たちが客引きをしている店が軒を連ねている。

 それらの店の看板には刺激的な光りを発する光石が取り付けられているのだ。なので、店の前は東京の歓楽街のように明るかった。

 そんな店の前では柄の悪そうな男たちも屯している。彼らに因縁を付けられるのは嫌だし、気を付けて歩かないと。

 とにかく、ここは子供が足を踏み入れて良い場所じゃないな。

 そんなスラム街を更に進んで行くと、窓が割られている建物が多いゴーストタウンのような場所に来る。

 この辺りには地面に寝ているホームレスのような人たちがたくさんいた。彼らは僕を虚ろな目で見てくる。

 豊かそうに見えた天空都市にもこんな人たちがいるのかと僕は思った。

 僕が早くホームレスの前を通り抜けようと思っていると、ぽつんと建っている店が見えた。

 その店は派手なピンク色の光りを発していて、尻尾や翼の生えた女性たちが客引きをしていた。

 彼女たちは人間ではない。

 天空都市に亜人種がいると言うことは、学園の授業で習ったけど彼女たちがそうなのだろうか。

「ちょっとそこの君」

 僕が立ち止まっていると、耳が長くて滑らかなブロンドの髪を持つエルフのような女の子が近づいて来る。

 その女の子は僕の腕をギュッと掴んだ。これには僕も顔をしかめる。

「こんなところに子供が来るもんじゃないわよ。さっさと治安の良いところに戻りなさい。それとも、店で私と遊んでく?」

 女の子は宝石のような瞳を爛々と光らせる。その上、女の子からは何とも甘ったるい匂いが漂ってきた。

 僕はこんなところで女の子の色香に惑わされている場合ではないと思い、歯をギリッとさせる。

「遠慮しておきます」

 僕は女の子の腕を振り払った。

「よろしい」

 女の子が満足そうに言うと、僕は逃げるように闇の奥へと走り出した。

 こんな卑猥な店がある場所にカルベンを連れてこなかったのは正解だったな。もし、何かあっても責任は取れなかったし。

 そして、僕は地図に記されていた屋敷の前に何とか辿り着く。

 僕の視線の先にあるのはまるで幽霊屋敷みたいだった。暗黒の魔導師が暮らすにはピッタリかもしれない。

 僕は敵の居城に来たことを意識し、神経を張り詰めながら足を踏み出す。

 そして、勇気を奮い立たせて、屋敷の中に入る。

 すると、そこは赤いカーペットが敷かれている豪奢な広間になっていて、中央の階段にはヘルガウストが立っていた。

「ようこそ我が屋敷へ」

 ヘルガウストはマントを靡かせながら笑った。

 初めて会った時は丁寧で、柔らかな物腰の紳士に見えたが、今はタダの悪党にしか見えない。

 やはり、こいつがサンクフォード学園の校長にならなかったのは正解だったな。

「エリシアを返して貰おうか」

 僕は恫喝する。

「君が私の計画に協力してくれるのなら、喜んで解放しよう。君もその意思があるからこそ、わざわざ私の屋敷まで足を運んでくれたんだろう」

 ヘルガウストの笑みは全く崩れない。子供の僕とは役者が違う。

「もし協力しなかったら?」

 僕は探るように問い掛けた。

「彼女が生きて君に会うことはできなくなるだろうな。私は何事に対しても嘘は吐かない主義だ」

 そんな言葉は信じられないな。

「やっぱりあなたは悪人だ」

 僕は少しでもヘルガウストの力になってみようと思った自分が腹立たしくなった。

「全てはこの天空都市を救うためだ。大を生かすために小を殺す。それがこの世の摂理というものだよ」

 大人の詭弁だなと僕は思った。

「天空都市を救うためだと言えば何をしても構わないのか?」

 僕は取引に利用されることになったエリシアを思い出し、面の皮が厚いヘルガウストに憤りをぶつけた。

「そうだ。もっとも、まだ子供に過ぎない君に私の苦しい立場を理解して貰おうとは思わんがね」

 ヘルガウストは僕の言葉をあしらうように言った。

「なら、一体、僕に何をやらせようとしているのか聞かせて貰おう」

 僕は傲然と言った。

「随分と勇ましいじゃないか。なら、頼ませて貰うが、君には魔界のゲートを開いて貰いたい」

「なっ」

 僕の体に電流のような刺激が走った。

「魔界のゲートはサンクフォード学園の地下にある封印の間にある」

 ヘルガウストはスラスラと言葉を続ける。

「そこに行くまでには警備の魔法が何重にもかけられていて、さすがの私でもそう簡単には辿り着けそうにない」

 そんなところに僕を行かせようと言うのか。

「そこで魔法の力を打ち消すことができる君の出番だ。君ならどんな警備の魔法も打ち消して封印の間に辿り着くことができるだろう」

「でも」

 全ての魔法を打ち消せると決まったわけではない。強力な魔法を食らえば、ダメージを受けてしまうかもしれないし。

「あのマリウスの放ったエクスプロードの魔法すら打ち消した君ならきっとできる。かつて天空都市一の魔法使いと言われたこの私が保証しよう」

 ヘルガウストはずっと僕の動向を監視していたようだ。

 あのメッセージが書かれた紙を運んできた小鳥もヘルガウストが使役する使い魔の一種だろう。

「もし、魔界のゲートの封印を解いたらどうなるんだ?」

 僕は恐る恐る尋ねた。

「それはいまや魔界の王たる立場にいる、アルゴルウスに聞くしかないな。私もあの魔将のやることに口を挟むことはできない」

 ヘルガウストは笑みを深めると言葉を続ける。

「ただ、アルゴルウスも私が天空都市を支配するための下準備はしてくれるはずだ」

「そんな」

 天空都市にいる人たちに危害が加えられるかもしれないと言うことか。

「囚われの少女の命を救いたければ君はやるしかない。それとも助けを求める少女を見捨てて逃げ出すかね」

 ヘルガウストの挑発に乗ってはいけないとは僕も分かっていた。でも、他に選択肢がないのも事実だ。

「やるよ」

 僕は引き下がらなかった。

 どんな危険があろうと、エリシアの命には代えられない。ここで恐怖に負けてエリシアを見捨てたら、一生、後悔することになる。

「よろしい。なら、魔界のゲートの封印を解くのに必要な物は君に渡しておく。君なら必ず上手くやってくれると信じているよ」

 そう言って笑うと、ヘルガウストは僕に革袋を渡した。

 その後、僕はヘルガウストの屋敷を出ると待っていたカルベンと合流する。

 カルベンは僕に色々なことを尋ねてきたが、僕はエリシアの命がかかってるし、どうしても話せないんだと言った。

 そして、カルベンと別れた僕は家に戻った。

 母さんは帰りが遅かった僕に色々と尋ねてきたけど、友達の家で遊んでいたと言って誤魔化して置いた。

 

 次の日の放課後になる。

 僕は本当に沈みきった顔をしながら、これからやるべき事を頭の中で反芻していた。すると、今日はほとんど口を効かなかったカルベンがやって来る。

「俺はこれ以上、何も聞かないけど、もし相談したくなったら、いつでも言ってくれよ。エリシアの命が掛かってるし、どんなことでも力になるから」

 カルベンは僕の肩をガッチリと掴んだ。

「分かってる。もし、僕に何かあったら、その時はウルベリウスに迷わず相談してよ」

 魔界のゲートを開いたら、最悪、死ぬことになるだろう。僕の命だけで、事が済めばまだ良い方だ。

「ああ。ったく、友達が苦しんでいるのに何もできないなんて、歯痒いぜ。もし、俺に魔法が使えたら…」

 カルベンは悔しそうに握り拳を震わせた。

「それは言わないで欲しいな。とにかく、魔法が使えたって、今回のことでは何もできやしない。だから、カルベンが自分を責める必要はないよ」

 全ては僕に掛かっているのだ。

「そう言ってくれると助かる。でも、本当に俺の助けは要らないのか?俺だってお前やエリシアのためなら命は擲てるぜ」

 カルベンの言葉に僕の心も温かくなった。

「その言葉だけ受け取っておくよ」

 僕がヘマをしなければエリシアは取り戻せる。今はそう信じるしかない。

「そっか。なら、俺も全てをお前に任せる。エリシアが無事に戻ってきたら、またアイスクリーム屋に行こうぜ」

 そう空元気を装うように言うと、カルベンは僕の前から去って行った。その背中がやけに小さく見えたのは気のせいではないだろう。

 その後、僕は校舎の中にある地下室に行く。

 地下室は物置として使われていたので、ごちゃごちゃと色々なものが積み上げられていた。

 それから、僕は地下室の床を丹念に探って鍵穴のようなものを見つける。この鍵穴はもう何十年も使われていないようだった。

 僕はヘルガウストから渡されていた鍵を差し込んで回す。すると、大きな蓋のような扉が開いて、更に地下へと続く階段が現れた。

 階段は横幅が広くて、どんな大男でも下りることができそうだった。

 僕はそんな階段を下りていく。階段は延々と続いていて、幾ら下りても階段が途切れることはなかった。

 そして、いい加減、足が疲れてきたところで、僕は広い空間へと辿り着いた。

 僕は神殿の回廊ようになっている通路を進む。

 すると、横から炎の弾が飛んできた。それは幾つも僕に命中して爆発したが、すぐに掻き消された。

 やはり、罠のような魔法が仕掛けられていたか。僕じゃなければ、今の爆発で死んでるところだぞ。

 すると、今度は足下からいきなり氷の刃が飛び出した。それは僕を貫こうとしたが、途中で割れてしまった。

 冷気だけが僕の肌に伝わって来る。

 更に進むと、全てを薙ぎ倒すような強烈な風が僕に浴びせられたが、何とか大丈夫だった。

 僕はまだ辿り着けないのかと心が押し潰されそうになる。浴びせられる魔法はどれもこれも常人なら死にかねないものばかりだし、心臓に悪い。

 そして、最後に天井から大木すら引き裂けそうな雷が僕に落ちた。だが、僕が痛みや痺れを感じることはなかった。

 こうして僕は実に様々な魔法を浴びつつも、何とか魔界のゲートと思われる大きな魔方陣の前に辿り着いた。

 僕は揺らめいて見える魔方陣を前にして、立ち尽くす。

 そこに立っているだけで、目眩がしそうなエネルギーが魔方陣から吹き上がっている。僕の腕にも鳥肌が立った。

 僕はここまで来たらなるようにしかならないと思いながら、魔方陣の上に立つと革袋から紙を取り出す。

 そして、特殊な薬品で、魔方陣に書かれている文字や記号を消して、代わりに紙に記されていた別の文字を書いた。

 この紙に記されていることが間違っていなければ、これで魔界のゲートは開くはずだ。

 すると、魔方陣から目が眩むような光りが膨れ上がる。

 魔方陣の上から退避した僕は押し寄せてくる不可視のエネルギーを感じて、肌がビリビリとした。

 そして、膨れ上がった光りが魔方陣から消えると、その上には巨人が立っていた。

 巨人の顔は山羊のようで、頭からは禍々しい角が生えている。

 その手にはどんものでも両断できそうな大剣が握られていて、大剣からは紫のオーラのようなものが立ち上っていた。

「我が名は魔将アルゴルウス。魔界のゲートの封印を解いたのはお前か」

 巨人は顎をしゃくった。

「う、うん」

 僕はガクガクと震えながら四メートルを超える巨体を誇るアルゴルウスを見た。

「であれば、感謝しよう。私はかつての主であるアルハザークとの約束を果たすために進軍せねばならん」

 アルゴルウスが魔方陣から出ると、手にしている大剣の切っ先を僕に突きつける。

「それを阻もうとする者はこの剣の錆になるだけだが、どうする?」

 アルゴルウスがそう問い掛けてきたが、僕は何も答えることができなかった。すると、魔方陣から次々と怪物たちが現れた。

 それは魔界にいたモンスターたちだった。

 アルゴルウスはそれを見て笑うと、何もできない僕の前を通り過ぎ、封印の間から出て行った。

 現れたモンスターたちもアルゴルウスの後に続く。モンスターたちが僕の方を見ようともしなかったのは幸いか。

 僕はモンスターたちの軍団を前にして青ざめた顔をしながら、その場に尻餅をついてしまった。


 僕はモンスターたちがいなくなってしばらく立つと、我に返って急いで来た道を戻ろうとする。

 そして、地下室から出るとそこはメチャメチャに踏み荒らされていた。

 僕が校舎の廊下に出ると、震えて座り込んでいる生徒たちが何人もいるのを発見する。それを目にした僕は窓からグラウンドの方を見た。

 そこにはモンスターたちがいて、学園の教師たちと睨み合っていた。

 僕は窓を飛び越えてグラウンドへと急ぐ。すると、ちょうど良いタイミングでカルベンが僕の方に走ってきた。

「セリオ、どこに行ってたんだよ?」

 カルベンは血の気の引いたような顔をしていた。

「ちょっと学園の地下に行ってたんだ。それで魔界へと繋がるゲートの封印を解いちゃったんだよ」

 僕はモンスターたちを一瞥する。

 今のところ、モンスターたちが生徒たちを守るようにして立っている教師たちに襲いかかる様子はない。

「そりゃ、やばいぜ」

 カルベンはぞっとしたような顔をした。

「モンスターたちを率いているアルゴルウスはどこに行ったのかな。魔界から出て来たからには必ず何かするはずなんだけど」

 僕はヘルガウストの下準備という言葉を思い出していた。

「モンスターたちはぞろぞろと中央広場の方に向かって行ったぞ」

「中央広場だって」

 あそこに何があるというのだ。

「ああ。今頃、中央広場じゃ、ウルベリウスが演説をしているはずだ。たぶんだけど、アルゴルウスの狙いはウルベリウスなんじゃないのか?」

「そうか」

 ヘルガウストなら真っ先にウルベリウスを排除しようとするはずだ。なら、アルゴルウスもウルベリウスを殺しに行ったのだろう。

「モンスターたちも一般人たちには、まだ手を出していないみたいだし、何かするなら今の内だぜ」

 カルベンはそう言ったが、もう僕にできることはない。だが、全てを見届けるべきだとは思った。

 それから、僕とカルベンは学園を出て、中央広場へと走る。

 その途中で騎士たちと睨み合っているモンスターを見かけたが、やはり戦いにはなっていなかった。

 アルゴルウスの率いているモンスターたちは無闇に人を襲わないように良く統率されているようだった。

 そして、僕は中央広場に辿り着く。

 そこには大剣を持ち上げるアルゴルウスと校長のウルベリウスが対峙していた。ウルベリウスはたくさんのモンスターたちに囲まれている。

 その周りにはゼラム教徒がいた。

 更に見覚えのあるプラカードを掲げているマリウスやルフィアの姿もあった。だが、いつもの制服ではない。

 ゼラム教徒の着ている服と正反対の雰囲気を発しているあの白い服は魔法主義同盟の物らしいな。

 カルベンも今日のウルベリウスはゼラム教徒と魔法主義同盟の人たちに対して演説をすると言っていたし。

 そこにモンスターたちを率いたアルゴルウスが現れたのだろう。そして、今のような膠着状態に陥った。

 僕は息を切らせながら広場の中央を見詰める。

 その間もウルベリウスとアルゴルウスは互いに距離を取り合って動かなかった。

 そして、僕が人垣を縫うようにしてウルベリウスの後方にまでやって来ると、ウルベリウスが口を開く。

「何が目的だ、アルゴルウス?」

 ウルベリウスは杖を構えながら尋ねた。

「私はウルベリウス、卿を殺し、ヘルガウストがこの天空都市を乗っ取ることができるようにするのが目的だ」

 アルゴルウスの声はどこまでも平然としていた。そして、それを聞いた周囲の人間たちは震え上がるような顔をする。

「ヘルガウストの言いなりとは情けないな、豪傑の魔将よ」

 ウルベリウスは怖じ気づいていない。

「かつての主であるアルハザークのたっての頼みでなければ、そんな面倒なことを誰がするものか」

 アルゴルウスは剣を構えて、ウルベリウスを牽制する。互いに、どちらが先に攻撃を仕掛けるか見計らっているようだった。

「ならば、大人しく魔界に帰るが良い。ヘルガウストのつまらぬ野望のために、か弱き者たちまで殺しては、豪傑の魔将の名折れであろう」

 ウルベリウスの言葉にアルゴルウスは首を振った。

「あいにくと、そういうわけにもいかんのだ」

 そう言うと、アルゴルウスは力強く地面を蹴って一気に間合いを詰めようとする。

 それに対し、ウルベリウスは杖から光りの球を放った。光りの球はアルゴルウスにぶつかると、激しい光りを迸らせながら爆発する。

 だが、煙の中から現れたアルゴルウスは無傷だった。

 アルゴルウスは大剣を軽々と操るとウルベリウスに斬りかかった。ウルベリウスは身を捌いて、その攻撃を避ける。

 大剣は広場の石畳に大きな穴を穿った。

 何という破壊力だ。

 あの斬撃の威力では掠っただけで骨まで断ちきられるだろう。もし、まともに食らっていたらあっという間に肉の塊だ。

 が、それに負けまいとウルベリウスはアルゴルウスに特大の火球を放った。

 その火球はアルゴルウスの体に衝突すると空間が爆ぜ割れたかのように大爆発した。そして、残った炎は生き物のようにアルゴルウスの体を包み込む。

 アルゴルウスは地獄から呼び出されたような業火によって焼かれた。

 が、アルゴルウスが剣を一振りすると、炎はたちまち掻き消える。アルゴルウスの体には焼け跡一つなかった。

 それを見た僕は奴は不死身かと思った。それとも、人間の扱う魔法がそれだけ脆弱だと言うことなのか。

「観念しろ、ウルベリウス。卿ではどう足掻いても、この私は倒せん」

 アルゴルウスは諭すように言った。

「我が輩は諦めが悪いのでな」

 ウルベリウスは顔から脂汗を浮かべながら笑った。

 どう足掻いても勝てる相手ではないのに、それでも毅然としていられるのはさすがと言うべきか。

「ならば、その老体をこの剣で真っ二つにしてやろう。そうすれば、そのような言葉も出まい」

 そう言った瞬間、アルゴルウスの体が躍動するように動く。繰り出された剛剣は杖で受けとめたウルベリウスの体を大きく吹き飛ばした。

 ウルベリウスは受け身も取れずにゴロゴロと地面を転がる。

 それを受け、アルゴルウスは倒れたウルベリウスに渾身の力が込められたような大剣を振り下ろそうとする。

 そこにいた誰もがウルベリウスの死を信じて疑わなかったに違いない。が、大剣がウルベリウスに届く前に空から声が振ってきた。

「そこまでにして置け、豪傑の魔将よ」

 空から忽然と現れたのは十メートを超える体を持つ羽の生えた蛇だった。その体は毒々しい紫色に染め上げられている。

 禍々しいとしか言いようがない蛇だったが、悪魔とはまた違った雰囲気を漂わせていた。それはまさしく神だけが纏えるオーラ。

 それを見た僕は蛇が何者かを察した。

「卿は邪神ゼラムナートか」

 アルゴルウスが唸った。

 それを聞いたゼラム教徒たちがどよめきの声を上げる。そして、それは伝染するように広場にいた人たちに伝わっていった。

「ぜ、ゼラムナート様が降臨されたぞ」

 そう驚きに満ちた声を発したのはゼラム教徒の僧侶だった。僧侶たちはみな一様に恐れ戦くような顔をしている。

 僕もこれが神かと瞠目した。

「何という圧倒的なまでの存在感だ。まさしく我らが芳信するに相応しいお方」

 僧侶たちの傍にいた普通のゼラム教徒が、畏怖にも似た声を上げる。それを聞いた他のゼラム教徒たちも、狂気すら感じられるような目をしていた。

「おおっ」

 続けて、何人かのゼラム教徒がゼラムナートの前で平伏した。ゼラム教徒でない人たちも、ゼラムナートの圧倒的な存在感に驚き戸惑う。

 が、それを見ていたゼラムナートはどこか辟易したような顔をする。自分を芳信している人たちをまるで虫けらでも見るような目で見ていたのだ。

「今、ウルベリウスに死んで貰っては困るのだ。この我と戦いたくなければ、剣を収めて貰おうか」

 ゼラムナートは神としての威厳を感じさせる声で言った。

「この私に剣を収めさせるだけの力が今の卿にあるのか。魔界で研鑽を積み続けた我が力はもはや卿に止められるものではないぞ」

 アルゴルウスは戦う姿勢を崩さない。

「確かに。我の力は、あのお方によって弱められている」

 ゼラムナートは顎を引いた。

「ならば、私もあなたを倒すことにしましょう。混沌を標榜するゼラムナートに力を貸すなど喜ばしいことではありませんが、いたしかたありません」

 そう言って現れたのはゼラムナートと瓜二つの姿をした、白き羽の生えた蛇だった。その体は陽光を浴びて純白に輝いている。

 白き蛇はゼラムナートとは対極に位置する神聖なオーラを発していた。まさしく誰の目にも白き蛇の姿は神に見えただろう。

 だが、僕はサンクナートの顔に一辺の慈愛もないことを見て取っていた。

「今度はサンクナート様が降臨されたぞ」

 魔法主義同盟の人たちが歓喜に震えるような声を上げた。

 ゼラムナートに怯えていた魔法主義同盟の人たちは、力を取り戻したように各々の言葉を発する。

「素晴らしい。あの神々しい姿はゼラムナートにも引けを取っていない」

 その声に宿るのはやはり畏怖。そして、その顔から窺えるのは、盲目的とも言える神への信仰だった。

「サンクナート様、どうか我々を正しくお導きください」

 何人かの魔法主義同盟の人たちが感極まったように平伏した。そんな人々を見下ろすサンクナートの目は何の感情も掴ませなかった。

 僕はエリシアが言っていたサンクナートは人間をチェスの駒のように扱うという言葉を思い出す。

 今の僕にはサンクナートが信じるに値する神にはどうして見えなかった。

「今度はサンクナートか。なら、二人がかりで掛かってくるのだな。くだらん、思想を押しつけ合っていた卿たちに私を倒せるとは思えんが」

 アルゴルウスの声にはいささかの動揺もなかった。

「良いだろう。確かに今の我らの力ではお前を止めることは難しい。だが、絶対神ゼクスナートの力ならどうかな」

 ゼラムナートが邪悪な笑みを浮かべる。

「何だと?」

 アルゴルウスは怪訝そうな顔をした。

「忘れたと言うのですか。サンクナートとゼラムナートの肉体は元々一つだった。あなたを倒すためなら、私たちも遺恨を捨てて一つに戻りましょう」

 サンクナートは白い羽を大きく広げて言った。

「面白い。ならば、真の姿を私に見せるが良い」

 アルゴルウスは挑むように言った。

 すると、サンクナートとゼラムナートの体が、光りの球体になる。二つの光りの球体は空中で一つに融合した。

 そして、融合した光りの球体は大きく膨れ上がって、弾けた。

 その瞬間、大気が震える。

 未だかつて感じたことがない、恐ろしいほどの圧迫感が僕の体を襲った。

「我は絶対神ゼクスナートの肉体を受け継ぐものなり」

 突如として、空に山をも飲み込むような巨大な蛇が現れた。

 その体の長さは、数千メートルはありそうだし、その背には六枚の羽が生えていた。顔には宝石のような六つの目が付いている。

 体の色は怖気が走るほど美しい黄金色だった。

 その姿はまさに圧巻。

 そこにいた誰もが唖然としている。それは恐れを知らないような態度を見せていたアルゴルウスも例外ではなかった。

 今なら、この世界を創った存在だと言われても、信じられる気がする。

 天空を泳ぐようにして浮かぶゼクスナートは自らの顔の前に激しくスパークする巨大な光りの球を作り出す。

 それから、途轍もないエネルギーを迸らせる光りの球をアルゴルウスに放った。

 それを食らったアルゴルウスは大きく吹き飛ばされる。アルゴルウスがいた場所も大爆発して光りの乱舞に包み込まれた。

 そして、アルゴルウスは激しく地面に叩きつけられる。その体からはプスプスと白煙が上がっていた。

 ウルベリウスの時とは違い確実にダメージは受けている。

「くっ、さすがたな。本物のゼクスナートの魂は入ってないとは言え、これほどの力を誇るとは」

 アルゴルウスはすぐに立ち上がると、剣を支えにして膝を突いた。

「アルゴルウスよ。お前ほどの者を殺すのは我とて忍びない。ここは剣を引いて、魔界に戻るが良い。魔界へのゲートは我が開いてやろう」

 ゼクスナートの威厳に満ちた言葉に、アルゴルウスは剣気を収めた顔をする。

「良いだろう。だが、次に相まみえる時はこうはいかんぞ」

 そう言うとアルゴルウスは空間に開いた裂け目に飛び込んだ。残ったモンスターたちもぞろぞろとその中に入っていく。

 中央広場からモンスターたちが全ていなくなると、残ったのはゼクスナートと何もできなかった人間だけになった。

 みんなゼクスナートに視線を注いでいる。

 それを受け、ゼクスナートは六個の瞳を光らせながら唖然としている人間たちを睥睨する。

「人間たちよ。この一件を仕組んだヘルガウストを放置し続けた汝らの罪は真に重い。この我に許しを請いたければ、ヘルガウストを捕らえよ」

 そう託宣でも告げるように言うと、ゼクスナートの体は景色に溶け込むようにして消えた。

 その場を支配していた肌が痛くなるような空気も和らぐ。

 何にせよ、あれが本当の意味でのゼクスナートではないことは僕にも分かっていた。なら、正真正銘のゼクスナートはどんな奴なのか気になる。

 サンクナートもゼラムナートも僕の目には酷く温かみに欠けた神に見えたが、ゼクスナートはどうなんだろうか。

 少なくとも天空都市を破壊し、大洪水で地上を滅ぼそうとしているんだから、ろくな神ではないと思うが。

 一方、ゼクスナートが消えたのを見たウルベリウスはほっと息を吐く。

 そして、中央広場にいた学園の生徒や教師たちはウルベリウスに駆け寄って、彼の命があることを喜んだ。

 一方、ゼラム教と魔法主義同盟の人たちは複雑な顔をしている。

 おそらく、敵対していたはずのサンクナートとゼラムナートが力を合わせたことに何か感じるものがあったのだろう。

 だからこそ、恥じ入るような顔をしている人たちがたくさんいるのだ。

 

「なるほど、そういうことだったか」

 校長室に戻り、僕から全ての話を聞いたウルベリウスは合点がいったような顔をした。

「僕のせいでみんなを危険に晒してしまいました。幾らエリシアのためとはいえ、魔界のゲートなんて開くべきじゃなかった」

 僕は悄然とする。

「その通りではあるが、なぜ、一言、相談してくれなかった。魔界のゲートを開くことがどれほど危険か、想像することはできなかったのか?」

 ウルベリウスは語気を強めながら言った。

「それは」

 僕も何の弁解もできない。

「下手をしたら我が輩も殺されていたかもしれんし、サンクナートとゼラムナートが我々を助けてくれたのは運が良かったに過ぎん」

 ウルベリウスの声には否定しきれない重さがあった。

「はい」

「まあ、過ぎたことを言っても仕方があるまい。だが、これほどのことをしたのだ。その責任は取らなければならないぞ」

 ウルベリウスは断固たる姿勢で言った。

「分かっています」

 覚悟はできている。

「であれば、セリオ・オリオールを本日をもって退学に処する。むろん、天空都市に入ることも禁ずる」

 ウルベリウスの言葉に僕は目の前が真っ暗になった。

「そうでもしなければ、モンスターに殺されかけた者たちは納得しまい。死人が出なかったのは、それこそ奇跡みたいなものだからな」

 ウルベリウスの言いたいことは僕にも分かる。

 恐れるあまりモンスターに攻撃して、手痛い反撃を食らった人たちもいるみたいだからな。

「分かりました」

 もう何も言うまい。

「ただし、君がヘルガウストを倒し、エリシアを取り戻すことができたなら、その処分は取り消すことにしよう」

 ウルベリウスは思わぬことを言った。

「ウルベリウス校長、それはいくらなんでも危険すぎます」

 その場にいた教師たちが声を上げた。

「だが、それがケジメを付けると言うことなのだ。何もせずにオロオロしていたお前たちには分からんだろうが」

 ウルベリウスの冷ややかな言葉に教師たちも何も言えなくなった。

「僕は何があってもエリシアを助けます」

 僕はそう力強く言った。

「そうか。君ならそう言うと思った。であれば、この剣を持って行きなさい。魔法を打ち消す力だけでは、ヘルガウストと戦うのは心許なかろう」

 ウルベリウスは背後の壁に飾られていた剣を手に取ると、僕に渡してきた。

「この剣は?」

 剣を手にした僕はそのあまりの軽さに驚いた。まるで木の棒を手にしているみたいだったから。

「あのサンクナートが長年、妖精の女王に預けていた聖剣サンクカリバーだ。我が輩が妖精の女王を助けた際に、お礼として頂戴したものでもある」

 ウルベリウスはそんな貴重な物を僕に貸してくれるというのか。

「サンクカリバーは邪悪な者に大きな効果を発揮する。これを上手く使えばあのアルハザークも倒せるかもしれん」

 でも、アルハザークはウルベリウスさえ追い詰めたあのアルゴルウスよりも強いかもしれないんだぞ。

 大丈夫だろうか。

「ありがたく受け取っておきます」

 僕は剣を手にしながら、ウルベリウスに向かって頭を下げた。

 その後、僕は校長室を出ると、すぐにカルベンと顔を突き合わせる。カルベンは僕を見て気まずそうな顔をした。

「話は盗み聞きさせて貰った。まさかお前が退学になるなんて」

 カルベンは萎れたような声で言った。

「まだ退学になると決まったわけじゃない。いや、退学になるかどうかなんてどうでも良いんだ。エリシアさえ助け出すことができれば」

 エリシアの命には代えられない。

「エリシアはどこにいると思う?」

 カルベンが縋るような声で尋ねた。

「分からない」

 僕は項垂れた。

「でも、こうなった以上、ヘルガウストは天空都市にはいられないと思うんだよ。天空都市を守る騎士団も血眼になってヘルガウストを探してるからな」

 カルベンの言葉に僕も思考力を働かせる。

「もしかしたら、天空都市から地上に逃げたのかもしれない」

 あのヘルガウストのことだから、この天空都市から脱出する手段は必ず用意していると思う。

「それはないと思うぞ。天空都市のゲートはヘルガウストがワープできないように調整されているはずだから」

「なら、どこへ…」

 僕が考えていると、カルベンがハッとした顔をする。

「ジャハナッグの背中に乗れば天空都市から逃げられるぞ。ジャハナッグなら近くの島まで飛んでいけるから」

 カルベンの言葉を聞き、僕もジャハナッグが二時間もあれば近くの島に辿り着けると言っていたのを思い出した。

「そうか。でも、ジャハナッグが大人しくヘルガウストの言うことを聞くかな」

 ジャハナッグはウルベリウスを助けたゼラムナートの僕だ。あのヘルガウストの言うことをそう易々と聞くとは思えない。

「普通なら聞かないだろうな。ただ、ジャハナッグはいつも人間の女の子の肉を食べたいって言ってた」

 カルベンの言葉に僕は血の気が引いた。

「何だって?」

「だから、ヘルガウストは自分を運ばせる代わりに、エリシアをジャハナッグにくれてやるつもりなのかもしれない」

 カルベンの言葉に僕は激震した。

「ジャハナッグにとって、美しくて可愛い女の子のエリシアは最高のご馳走だろうから」

 カルベンがそう付け加えるように言うと、僕は骨まで噛み砕かれたエリシアを想像して顔が青くなった。

「なら、早くジャハナッグのところに行かないと。エリシアがそんな死に方をしたら、僕だって首をくくるしかない」

 僕は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、ジャハナッグの巣があるという時計塔の屋上へと向かった。


 僕とカルベンは時計塔の階段を上っていた。

 エレベーターでもあれば助かったんだけど、さすがにそんな便利なものは用意されていなかった。

 僕たちはひたすら階段を駆け上がって時計塔の屋上を目指す。エリシアがジャハナッグの胃袋に収まっていないことを祈りながら。

 そして、強い風が吹き付ける屋上に辿り着いた。

 屋上には僕たちが予想した通り、ヘルガウストとエリシアがいた。ジャハナッグもいて、翼を大きく広げている。

 そんな屋上は平らだし、足場もしっかりしている。が、もし落ちたら命はないし、強風には気を付けないと。

「ここまでだ、ヘルガウスト」

 僕は突き刺すような視線をヘルガウストに向ける。その手は聖剣サンクカリバーの柄に伸びていた。

「まさかこんなに早く、ここを嗅ぎ付けて来るとはな。君という人間を少々、侮っていたようだ」

 ヘルガウストの隣には手を縛られたエリシアがいた。エリシアは今にも泣きそうな顔をしている。

 が、僕の背後でいきなり声が発せられた。

「よっ、セリオ」

 屋上で倒れていた少年が僕に声をかけてくる。それは何とあのマッドだったのだ。

「マッドじゃないか。どうしてここに?」

 僕は驚きを隠せない。

「エリシアを連れて、時計塔に入っていくヘルガウストをたまたま見ちまったんだよ。だから、何とかしてエリシアを助けようとしたんだが、この様だ」

 マッドは痛々しい顔で言った。

「そうだったのか」

 ヘックとシェリーはいないみたいだな。

「やっぱり、俺みたいな奴じゃヒーローにはなれないみたいだな。ホント、悔しいぜ」

 そう言うと、マッドは口から血を吐き出した。

「もう喋らなくて良いよ。後は僕に任せて」

 僕は悲痛な顔をする。

「頼む」

 そう言うと、マッドは力尽きたように目を閉じる。息をしているところを見るに死んではいないようだけど、早く手当が必要だ。

 そして、それを見たカルベンはマッドの上半身を力一杯、持ち上げて戦いの邪魔にならないところに運ぶ。

「友情ごっこはもうお終いかな。君も私の前に立ちはだかるというなら、彼と同じ恐怖を味わうことになるが」

 ヘルガウストはクックと笑った。

「くだらないご託は良い。さっさと、エリシアを返して貰おう」

 僕は弱さを捨てたような声で言った。

「それはできんな。この小娘はジャハナッグにくれてやるつもりだ。もう、それくらいしか利用価値はないだろうからな」

 ヘルガウストはまだ余裕を持って笑っている。

「悪く思うなよ。おいらも人間の少女が食べれるって言うなら、何だってする。それくらい人間の少女は旨いんだ」

 僕も舌なめずりをするジャハナッグを責める気はなかった。

「そんなことはさせない」

 僕が足を踏み出す。

「そういうことは魔王アルハザークを倒してからにするんだな。魔王アルハザークはアルゴルウスのような甘い相手ではないぞ」

 ヘルガウストの前にアルハザークが瞬時に現れる。蛇の足を蠢かせ、背中の翼を禍々しく広げている姿はまさしく魔王の風格だ。

 僕はアルハザークから発せられる鬼気迫るようなプレッシャーを感じて後ずさる。

「魔法が効かないだけでは、我とは勝負にならんぞ、小僧。それともお前にはまだ秘められた力があるのか?」

 アルハザークは杖の先端を僕に突きつけてくる。あんな杖で殴られたら僕の体はグシャグシャになるだろう。

「勝負になるかどうかは、やってみなきゃ分からないだろ。少なくとも僕は誰が相手でも負けるつもりはない」

 僕は少しも怯まなかった。

「面白い。その勇気は素直に称賛してやるし、それなら、我も心置きなくお前の体を叩き潰すことにしよう。もし、祈る神がいるのなら今の内に祈るが良い」

 そう言うと、アルハザークは僕に向かって杖を叩きつけてきた。その強烈な一撃を僕は剣で受けとめる。

 その瞬間、アルハザークの杖は柄の部分から綺麗に切断された。

「なるほど、我と戦うために聖剣サンクカリバーを渡されていたか。ならば、その心臓をこの爪で生きたまま抉り出してやる」

 アルハザークは切断された杖を投げ捨てて、鋭い爪を僕に突き刺そうとしてきた。とても避けられるようなスピードではない。

 僕は剣を一閃させたが、アルハザークは簡単にかわしてしまった。体に大穴が空きそうな爪が僕に迫る。

 が、僕の胸に爪の一部が食い込むと、驚くことが起きる。

「ぐっ。何だ、これは?」

 アルハザークの爪がボロボロと崩れ落ちていく。

 まるで干からびた砂のように。

 しかも、浸食するようなひび割れがアルハザークの腕にまで這い上がっていた。これにはアルハザークもくぐもった叫び声を上げる。

「僕も自分に備わっている力の使い方が分かってきたんだ。だから、身を守るだけじゃなくて攻撃だってできるようになった」

 僕は自分の体を流れるエネルギーをコントロールして、それをアルハザークの爪に流し込んだのだ。

 その結果、間一髪のところで心臓を抉り出されずに済んだ。

「わ、我の体が崩れていくだと。貴様、魔法の力が通っている物、全てを破壊することができるというのか!」

 アルハザークは猛るような声を上げる。

「なぜこのような力をこんな子供が…」

 そう言っている間もアルハザークの体の崩壊は止まらない。

「いや、どういう理由があるにせよ、お前のような人間は生かしては置けない。お前の存在は人間だけでなく神や悪魔にとっても脅威になる」

 そう言うとアルハザークは悪足掻きをするように、残っていたもう片方の爪を僕に突き刺そうとしてくる。

 それを見た僕はアルハザークに向けて力を放出する。

 それを食らったアルハザークは吹き飛ばされて、時計塔から落ちそうになった。だが、何とか踏み留まる。

 僕はその隙にアルハザークとの間合いを詰めると、サンクカリバーでアルハザークに斬りかかった。

 サンクカリバーはアルハザークの肩から胸までをバッサリと切り裂く。と、同時にアルハザークの体に刻まれた傷口からは白煙が噴き出し始めた。

 サンクカリバーの聖なる力がアルハザークの傷口を焼いているのだ。

 これにはアルハザークも声にならない声を上げて、よろよろと後ろに下がると蛇の足を縺れさせて時計塔から落下した。

 この高さから落ちたら幾ら魔王と言えどもただでは済まないだろう。

「アルハザークが負けただと」

 ヘルガウストは愕然としていた。

「後はお前だけだ、ヘルガウスト。アルハザークのようになりたくなかったら、大人しくエリシアを解放して僕たちに掴まれ」

 僕の横にカルベンも並ぶ。

「お、おのれ」

 ヘルガウストは何度も僕に火の玉をお見舞いしてきた。だが、その火の球は僕の体に触れることすらなく消えてなくなる。

 魔法が効かないという僕の力を利用したのがヘルガウストだ。だが、今のヘルガウストはその力に追い詰められている。

 因果応報という言葉はこういう時に使うのかもしれない。

「お前の魔法は僕には効かないぞ。いい加減、観念したらどうだ?」

 僕はヘルガウストに自分のエネルギーをぶつけようとするが、その前にヘルガウストが強引にエリシアの体を抱き寄せた。

「動くな。動けばこの小娘の体に穴が空くぞ」

 ヘルガウストはエリシアの顔に指を突きつけた。その指からは雷光のような光りが迸っている。

 それを目にしたエリシアの顔が大きく引き攣る。

「卑怯だぞ」

 幾ら追い詰められているとは言え、人質を取るとはヘルガウストは正真正銘の悪党だったか。

「こうなったら、ジャハナッグ。この私を乗せて空を飛べ。そうすれば追って来れる者はいなくなる」

 ヘルガウストの命令にジャハナッグはプイッとそっぽを向いた。

「嫌だね。アルハザークの後ろ盾がなくなったお前の言うことなど誰が聞くものか。何なら、お前を食ってやろうか?」

 そう言うと、ジャハナッグはどんな肉でも食い千切れそうな獰猛な牙を見せる。これにはヘルガウストも仰け反る。

 それから、ジャハナッグは口からピュッといきなり白い骨のような物を吐き出した。それを顔に食らったヘルガウストはエリシアから手を放してしまう。

「くっ」

 ヘルガウストの手が離れた瞬間、エリシアはヘルガウストの腕から抜け出して僕の腕の中に飛び込んだ。

 フワリとした金髪が僕の頬を撫でる。

「ありがとう、セリオ」

 エリシアは潤んだ瞳で言った。

 これには僕も胸を撫で下ろすしかない。

 そして、カルベンが持っていたナイフで、エリシアの手を縛っていた紐を素早く切った。

「まだ終わらんぞ。私はこの世界を救わなければならないのだ。それをこんな子供に台無しにされてたまるか!」

 ヘルガウストは鬼のような形相で言った。

 それを受け、すぐにいつもの気丈さを取り戻したエリシアが口を開く。その青い目は見たこともないような光りを湛えていた。

「あたしもあなたの目的は知っているわ」

 エリシアは凛とした顔で言葉を続ける。

「でも、あなたが救いたいのは結局、自分自身でしょ。本当に世界を救いたいなら、こんな手段は選ばずにみんなと協力したはずだし」

 エリシアの声にヘルガウストはグッと顎を引く。どうやら図星だったらしく、その顔が怒りに歪んだ。

「ほざけ、小娘!」

 そう言うと、ヘルガウストは掌を翳して魔法を使おうとする。が、エリシアもそうはさせまいと自らの腕を持ち上げた。

「とにかく、よくもこのあたしを良いように扱ってくれたわね。あたしの悔しさをその体で思い知りなさい」

 エリシアは息を吹き返したような胆力を見せてヘルガウストに手を翳す。すると、稲妻のような光りが飛び出して、それはヘルガウストに命中した。

 ヘルガウストは断末魔のような声を上げると、呆気なくその場に崩れ落ちた。そして、ピクリともしなくなる。

 それを見た僕も喝采を上げたくなった。

「さすがエリシアだね。一番、美味しいところを持って行かれちゃったよ」

 僕は心がスカッとしたように笑う。

 それから、ヘルガウストを一撃で倒すなんて、やっぱり、エリシアの持つ魔法の力は凄いんだなと感心した。

「馬鹿、言わないで。あなたたちが助けに来なかったから、あたしは本当に殺されていたんだから」

 エリシアの言うことは決して大袈裟ではない。彼女を助け出せたのは幾つもの幸運が積み重なった結果なのだ。

 何か一つでも欠け落ちていたら、僕たちがここに辿り着くことすらなかった。

「そうだね」

 まるで本当の神様が味方してくれたように何もかもが上手くいった。

「マッドにも感謝してるわ。マッドが必死に助けようとしてくれなかったら、あなたたちが来るのも間に合わなかったもの」

 血を吐くまで戦ってくれたマッドの勇気は素直に称えたい。

 やっぱり、マッドは本当は良い奴だったみたいだな。だからこそ、ヘックやシェリーもマッドの友達でいられるのだろう。

 もしかしたら、今のマッドなら僕たちとも友達になれるかもしれないな。

「その言葉を聞いたらマッドも喜ぶよ。それにカルベンがいなかったら、君の居場所は分からなかったんだ」

 僕は照れたように笑っているカルベンを横目にする。カルベンもエリシアを助けた功労者なのだ。

「つまりここにいるみんながヒーローってことね」

 エリシアは眩しい笑みを浮かべながら言った。

「そういうこと」

 僕は本当の奇跡はカルベンとエリシアと笑い合っている今、起きたんだと思いながら、空を見上げた。

 その後、僕たちは駆けつけてきた騎士団にヘルガウストを引き渡した。ヘルガウストは大法廷で厳しく裁かれることになると言う。

 これには僕も安心した。

 だが、時計塔から落下したはずの魔王アルハザークの姿はどこにもなかった。アルハザークは間違いなく生きている。

 僕はいつの日か必ずアルハザークとは再び相まみえるという確信があった。

 その時、僕がアルハザークに勝てる保証はどこにもない。

 とにかく、僕はウルベリウスの約束した通り退学にならずに済んだが、それをよしとはしなかった。

 ウルベリウスのケジメという言葉が僕の心を苛んでいたのだ。

 だからこそ、明日、開かれることになっている全校集会では僕も自分なりにケジメを付けようと思っていた。

 

 僕は自室で目を覚ますと、大きく伸びをする。昨日は疲れていたせいもあってか、いつもよりぐっすりと眠ってしまった。

 ま、あんなことがあったんだから無理もない。

 でも、すぐに立ち眩みをしそうな緊張感が僕の体を支配する。今日は全校集会なのだ。僕はウルベリウスからみんなの前で話す機会を与えられた。

 何を話すかはもう決めてある。

 僕は最後くらいは締まった顔をしようと、洗面所で顔を洗った。それから、リビングに行くとユイと会う。

「今日はいつになく真剣な顔をしてるわね、兄さん。ひょっとして学校で何かあるの?」

 ユイはプリンを食べながら、テレビで朝のワイドショーを見ていた。

「特に何もないよ」

 僕が死ぬかもしれなかったことなどユイは知らない。もちろん、母さんも。

「嘘を吐かないでよ。兄さんほど分かり易い人間はいないし、妹のあたしを欺こうなんて無理な話なんだから」

 ユイは小指を立てながら言った。

「そうだね」

 ユイとは長い付き合いだからな。

 でも、いつになったらユイに天空都市のことを話せる日が来るんだろうな。この分だと一生、話せないかもしれない。

「ま、何があろうとあたしには関係ないけどさ」

 こういうことを言わなければユイも可愛く思えるのに。

「なら最初っから言うなよ」

 僕は口を尖らせる。

「でも、少しは心配してやってるのよ。これでも妹だし」

 ユイはテレビのスイッチを切ると、照れ臭そうに言った。

「ありがとう」

 僕はユイの顔を真っ正面から見てお礼を言った。

「つーか、そんなことでお礼を言われるとマジで気持ち悪いんですけど」

 ジト目をするユイ。

「そうかい」

 僕はやれやれと言いたくなった。

「とにかく、くだらない悩みで、あたしやお母さんに心配を掛けたら承知しないからね」

 ユイはピシッと僕の顔に指を突きつける。

「分かってるよ」

 ユイの気遣いは十分、伝わってきた。いつか、全てを笑って話せる日が来ると良いな。

「なら良いわ。それと、冷蔵庫にプリンが入ってるから、食べなさいよ。志保が教えてくれ店で買ったやつだし、絶対に美味しいから」

 そう言うと、ユイはセーラー服を着たまま、洗面所の方に行った。

「やっぱり仲が良いのね、二人とも」

 いつの間にかリビングにいた母さんが微笑ましそうに言った。

「今日だけだよ」

 ユイを本気で怒らせるのはこれからかもしれない。

「セリオ、私も何があったのかは聞かないけど、一人で抱え込んじゃ駄目よ。あなたには力になってくれる人たちが、ちゃんといるんだから」

「うん」

 僕は視線を泳がせる。

 まあ、僕が全校集会で何を話すのかはカルベンやエリシアすら知らないからな。それには罪悪感のようなものを感じている。

「私だってセリオの母親だし、セリオためならどんなことだってできるわよ」

 母さんの言葉は素直に嬉しい。

「ありがとう。でも、自分の手でやらなければならないこともあるんだ」

 それが今日なのだ。

「そうね。そういう顔をされると何も言えないけど。でも、今のあなたを見ていると、私もあなたのお父さんを思い出すわ。少しは大人になったようね、セリオ」

 そう言って笑うと、それ以上、母さんは何も言ってこなかった。

 

 僕はサンクフォード学園に行くと、朝の全校集会に出席した。ウルベリウスは全校生徒の前で昨日、何があったのかを事細かに説明する。

 それを聞くと、講堂中がざわめきに包まれた。

 ウルベリウスは今回の一件は全てヘルガウストが仕組んだものであり、悪い生徒は一人もいないと言った。

 たぶん、ウルベリウスは僕のことをフォローしてくれたのだろう。

 そして、いよいよ僕がみんなの前で話す番が来る。こんなに緊張したことは今までの人生で一度もなかった。

 なので、気を抜くと膝がガクガクしそうになる。でも、心を奮い立たせて、席を立つと僕は壇上に上がった。

 そして、何とか平静さを保ちながら、何百人もいる生徒たちの顔を見回すと、まずは謝罪をした。

 大怪我を負った生徒もいるみたいだから、謝罪は当然だろう。僕も謝ったからと言って、その責任が取れるとは思っていないし。

 それから、僕は全校生徒の前で、天空都市に住む人たちの三分の二の署名が集まるまで決して天空都市には足を踏み入れないと誓った。

 これが僕なりのケジメの付け方だったのだ。

 それを聞くと講堂の中がシーンと静まりかえった。僕も体中から冷たい汗が噴き出すのを感じる。

 そして、僕は最後にもう一度、謝罪をすると、壇上から下りた。

 しばし耳が痛くなるほどの静寂が続いたが、壇上に教師が上がって別の話を始めると、その空気も柔らかなものになる。

 僕は自分に後悔はないと言い聞かせながら、全校集会が終わるのを待った。

 それから、僕はいつものように授業を受け、放課後になるとカルベンとエリシアと共にゲートのある神殿に来る。

 カルベンとエリシアの顔は曇りきっていた。

「本当に行っちゃうんだな、セリオ。明日から教室にお前がいなくなるなんて、ちょっと想像できないよ」

 ゲートの前でカルベンが沈んだような声で言った。

 天空都市から去ろうとしている僕を見送りに来たのはカルベンとエリシアの二人だけだったのだ。

 ウルベリウスすらいなかったことには僕も一抹の寂しさを感じる。

「そうだね。でも、カルベンなら大丈夫だよ」

 僕は吹っ切れたように言った。

 今のカルベンなら、僕がいなくても大丈夫だ。色々あったことで僕もカルベンも大きく成長できたからな。

「セリオは何も悪くないのよ。ただ、あたしを助けようとしただけなんだから。なのに、天空都市を去らなければならないなんて…」

 エリシアは握り拳を震わせた。

 エリシアも自分がヘルガウストに捕まってしまったことに落ち度を感じているようだった。

 ただ、僕とは違いエリシアに責任を問う声はどこからも上がらなかった。 

「良いんだよ。僕はエリシアを生きて助けられただけで、満足しているんだから」

 それは誓って本当のことだ。

 エリシアが死んでいたら、僕も天空都市を去るだけでは気が済まなかっただろう。そうなれば、憎しみのあまり、何をしでかすか分かったものではなかった。

「それだとあたしが困るのよ。セリオとはこれからもずっと一緒にいられると思ったんだから」

 エリシアはムキになったように言った。

「俺も同じだよ。セリオ以上の友達なんて作れっこない。お前がいなくなったら、本当に毎日がつまらなくなっちまうぜ」

 カルベンの言葉は素直に嬉しかった。

 僕もカルベンとは親友になれたと思っているし、そのカルベンと離ればなれになるのは本当に辛かった。

「ありがとう、二人とも」

 僕は泣きそうになりながらもお礼を言った。

「まったく、大人たちは何の責任も取らないんだから良い気なもんだ。みんなもセリオが全部悪いみたいに思ってるし」

 カルベンは苛立ちを隠さずに言った。幾ら謝罪しても、僕を責める声がなくならないのは分かっていたが。

「そのツケを払う時が必ず来るわよ。あたし、今回の一件で改めて、この天空都市の人間の愚かさを思い知ったわ」

 エリシアもカルベンと思いは同じようだった。

「ああ。俺も悪いのはヘルガウストだけじゃないって思えるぜ。この天空都市自体の体質が問題なんだ」

 それに気付いてくれる人間が増えれば、天空都市も変われるかもしれない。ただ、それには時間が掛かるだろう。

「そろそろ僕は行くよ」

 これ以上、湿っぽい話はしたくないと思った僕は、何とか笑みを拵えると二人に背を向けようとした。

「近い内に必ず会いに行くからな。幾らお前がこの天空都市に来れなくなったからって、俺の方から会いに行くのは問題ないだろ」

 そう言って、カルベンは僕に手を差し出してきた。僕はカルベンとの友情を確かめるように握手をする。

「あたしも会いに行くわ」

 エリシアも多くは語らず微笑した。

「うん」

 そう言うと、僕は様々な感情が胸に去来するのを感じながらゲートの中に入る。これで天空都市ともお別れだ。

 そして、僕は雑居ビルの中に戻って来ると放心してしまう。

 本当に天空都市には戻れなくなったことを実感すると郷愁のような物すら感じた。

 それから、僕はとぼとぼとした足取りでビルを出ると、夏の気配を感じさせる太陽を見上げながら家に帰った。



 エピローグに続く。




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