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『秋成からの連絡が入るだろうか』
そんな心配で昨晩を過ごした時間は、無駄だった。
今日子の心配など杞憂だった。
パーティの次の日の昼過ぎには、我慢できないとばかりのメールが秋成から届いた。
今日子は届いたメールをじっと見つめた。
「会いたい」
「来てくれたお礼がしたい」
「いつ会えますか」
怒涛のように熱い言葉が連なっているメールをじっと見つめる。
ひとしきり送られてきたメールを見直し、今日子は会うことへのOKの返事を送った。
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今日子からのOKのメールが届いたその日を境に、秋成は頻繁に今日子の携帯を鳴らす。
会う約束を交わして、最初の頃は仕事の合間のランチ。
その次は、ディナー。
そして、休日のドライブや映画。
秋成は今日子のフリーの時間をすべて自分が埋めたいといわんばかりの勢いで、
今日子を独占し続ける。
自分はほんの一瞬でも時間があれば、今日子に会っていたいのに、今日子とは仕事の合間にしか会えない。
仕方がないことだと思いながらも我慢が出来ない。
ついには、仕事場にまでおしかけるようになった。
仕事場の一番後ろの片隅で、邪魔にならないように今日子の仕事ぶりを見つめる。
彼女の仕事に対する厳しさを目の当たりにして、
自分が学生の身分で親の仕事のほんの一片を見習いのように請け負っていることに、
恥ずかしさを感じた。
自分の甘さに気付かされた。
それでも、この愚かな行動をとめることはできなかった。
分かっていながらも、彼女への気持ちを止めることが出来なかった。
止めることはできなかったが、今日子と会えない時間は、
彼女を見習い自分も今までよりもっと仕事へ情熱を持つことを
自分への課題とし、勤しんだ。
会いたい。。。。
会いたい。。。。
その思いが秋成を覆い尽くす。
今日子と自分の気持ちの温度差を感じていながらも、
その熱を冷ます術を秋成は知らなかったし、知ろうとも思わなかった。
パーティの日からまだ、2か月。
秋成は決定的な言葉を言いたいと思いながら、拒否されるのを恐れ、告げなかった。
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今日子はこれまで、スキャンダルがマスコミに上がることが全くなかった。
事務所側としては、ステップの一つとして、イメージの良い恋愛の話題を
マスメディアに載せたいと思っていたが、今日子にそんな気が全くなく、
パーティや仕事相手との食事会も断り続けていた。
それなのに、突然の長沼秋成の出現に事務所は、二人の行動を制限することなく見守る。
今日子の初ロマンスの相手として、秋成はうってつけと思われた。
普通なら、咎められる秋成の行動も、秋成の素性を知る今日子の事務所側の意向と思惑から、
クレームが出ることはなかった。
今日子、秋成、事務所の思惑が噛み合い、秋成の行動は見過ごされていた。
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「OK!
今日子ちゃん。いいのが撮れたよ。撮影は終了だ」
カメランマンの高井の終了の合図の後、今日子は秋成の元へ歩み寄っていった。
「今日子、お疲れ様。すごくよかったよ。表情も自然体で、素敵だったよ」
「ありがとう。秋成がいてくれたから、すごくリラックスして取材に臨めたわ」
「その服も良く似合っているよ」
「そう? このブランドまだ、日本には入って来ていなくて、スタイリストが用意してくれたものよ」
笑顔とともに、今日子は秋成に、クルリと回って見せた。
そんな今日子を堪らないというように、秋成は彼女の手をギュッと捕まえて、
腰を抱き寄せる。
「それは、もう、今日子の物だよ。」
「買ってくれるの? でも、ここのブランド、すごく高いって言ってたわ」
「それぐらいどうってことないさ。すごく似合っているのだから、今日子が着なきゃ」
こんな会話は日常茶飯事だった。
服など安い方だった。
時計やアクセサリーの時だって、多々ある。
周りのスタッフがそんな二人を冷ややかな眼差しで見つめている。
その表情からは思っている事がありありと分かる。
何の苦労もせず、甘やかされて育った男が、
美貌とスタイルに物を言わせた金目あての女の術中にハマった。
いつまで続くだろう。
男が女の魂胆に気づくのが早いか、
はたまた、女がよりよい獲物を見つけるのが早いか。
そんな底意地の悪い視線が二人を見つめる。
その空気を感じ取り、秋成の素姓を知る数少ないうちの一人、
カメラマンの高井が二人の会話に割って入ってきた。
「秋成」
「高井さん」
カメラが趣味の秋成が、高校生の時、海外ロケ中の高井と知人の紹介で二人は出会っていた。
彼を師と仰ぎながら、年の離れた友達として、いい関係を築いていた。
そして、高井は、今日子と秋成を繋ぐきっかけとなった、唯一の共通の知り合いでもあった。
「そうやって、今日子に貢ぐ必要なんてないぞ。彼女だって稼いでいるんだ」
「貢だなんて。人聞きの悪い事言わないでよ。貢いでなんていないさ。
ただ、彼女に相応しいものをプレゼントしたいだけなんだ」
「今日子も今日子だ。まだ、学生の秋成に散在させるなんて・・・。」
「高井さん。お言葉を返すようだけど、私は欲しいなんて一言も言ってないわ」
「それにしても・・・・」
秋成は、もういいだろうと言う顔で、高井に笑いかける。
「その通りだよ。今日子は僕の気持ちを受け取ってくれているんだ。
受け取ってもらえて、嬉しいんだ。 僕の我儘で贈っているんだよ」
高井は何を言っても無駄だとばかりに肩をすくめ、写真の出来上がりを確認する。
後片付けに入ってスタッフに『お疲れ様』と声を掛け、今日子は秋成の腕を組んで、スタジオを後にする。
その後ろ姿を、現場のスタッフはヤレヤレと見送る。
「あの坊ちゃん、今日子ちゃんに骨抜きにされちゃって」
「今日子ちゃんもどうしちゃったんだろうね? 今まで浮いた話一つもなかったし、
興味もなさそうだったのに。。。あんなひよっ子にね~」
今日子をデビュー当時からよく知る数名のスタッフが不思議そうに首をひねる。
トップモデルという職業柄、そして、彼女の容姿に群がる男性は後を絶たない。
だが、そんな誘いも今日子は悉く相手にすることはなかった。
パーティといったたぐいの華やかな場へも、顔を出す事は少なく、
どうしてもという時にさえ、彼女を連れ出すのは、至難の技だった。
プライベートは一切明らかにせず、仕事が終わると一目散に帰っていく。
トップモデル、売れっ子といわれているが、私生活に派手な所は全く見当たらず、
遅刻欠勤は皆無、仕事には真剣に取り組み、我儘を言わず辛抱強く扱いやすいと、
仕事仲間からの評価は高く、彼女がこの世界に身を置いていながらも普通の感覚を
保ちづつけているというのも、彼女の仕事のオファーがひっきりなしに来るという所以だ。
それなのにだ。
今の今日子の事が、馴染にスタッフには信じられなかった。
仕事は以前と変わらない姿勢で取り組んでいたが、仕事場に男を連れてくるとは。
そんな彼女の行動に眉を潜めている者がいるのも事実だった。
高井は、二人の出会いが秋成の誕生日パーティだったと人づてに聞き、驚いた。
唯一二人を繋ぐ事が出来たのは、自分ぐらいだっただろうに。
でも自分は・・・・。
それがなぜ?
あの時の今日子との会話を高井は思い出していた。