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ずっと憧れてきた存在だった。
秋成は自分の目の前に今日子がいることがまだ信じられなかった。
自分の話に頷き、笑い、問いかけてくる。
その今日子の仕草、声、表情すべてに魅了されながらも信じられなかった。
パーティで今日子と乾杯を交わした後も、ずっと二人は一緒だった。
今日子を食い入るように見つめ、今日子が自分のそばから離れないように、
秋成は饒舌に話し続けた。
今日子は秋成の話にころころと笑う。
それが嬉しくて秋成は話し続ける。
パーティの参加者はそれを冷めた目で見ながら、邪魔をすることはしなかった。
下手に声をかけて、秋成の不興を買いたくなかったからだ。
一人二人と列席者が帰っていくのに二人はまだ、向かい合って話していた。
「高井さんとは今でもよくお仕事をされているんですか?」
「そうねぇ。 最近はあまりかな。でも、彼はこの業界でも私が一番信頼を置いている人だわ」
「信頼? あぁ。 そうですよね。 今日子さんのデビュー作品は、
高井さんのポスターからでしたよね」
「よくご存じね」
「えぇ。忘れません。 僕にとって衝撃でした」
「衝撃? 大袈裟な」
今日子は、秋成の表現に何度目かわからぬ大きな笑いを浮かべた。
その笑顔を見ながら、秋成は今日子を初めて見たときのこと思い出した。
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高校に入ると、家の方針から、すぐに海外の寄宿舎のある学校へと秋成は転校させられた。
一人っ子の秋成を甘やかせないようにするとともに、語学力を磨かせ、海外での人脈を得る為でもあった。
母親は特に秋成に甘く、日本の物が恋しいだろうとよく贈り物を持って、
幾度となく訪れてきた。
自分をアピールすることに不得手だった秋成にとって日本のものに触れる時間が何よりも楽しみだった。
その中の雑誌の1冊に、今日子の広告が載っていた。
有名な経済雑誌だった。
大手有名メーカーの飲料水の広告が見開きに掲載されていた。
『この1口で心臓を打ち抜け!』
キャッチフレーズはもちろん、そのロゴまで覚えている。
今日子が飲み終わったその瓶を頬に当て、強烈なその瞳がまっすぐ映っていた。
ただそれだけなのに、大げさではなく、秋成は確かに心臓を打ち抜かれた。
大きな鼓動を耳まで感じた。
そんなことは初めてだった。
自分も写真を趣味としていたからだろうか?
その視線の強さがレンズを通して、誌面を貫き、秋成の心臓を打ち抜いていた。
秋成の心の弱さを見抜いたかのように睨んでいた。
そのあとすぐに、今日子の画像をネットで探した。
露出度は少ないが、飲料水のCMにも出演していた。
いろいろなバージョンがあった中の、今日子は高校生編の一コマに出演しているにすぎなかったが、
それを繰り返し繰り返し、秋成は見続けた。
高校の制服を着た男子生徒が今日子に腰を90度に折って頭を下げている。
今日子はあの強烈な視線で怒っているとばかりに、その男子生徒の垂れた頭を睨みつける。
お詫びとばかりに今日子に差し出された飲料水の瓶。
今日子はそれをさっと受け取り、一口飲み、仕方ないと笑う。
それだけの他愛もない1コマだ。
あっという間にすぐ、他の出演者の場面に移った。
強烈な眼差しと、その笑顔のギャップに再び、心臓が激しく動き出す。
何度も見ても、その気持ちが薄れない。
そのCMを機に、今日子は一気に引っ張りだこになり、あちらこちらのメディアで見かけた。
だが、バラエティ番組や今日子の人となりを知る機会は皆無だった。
そして、数年経ったある日、知人の紹介で高井を紹介された。
挨拶もそこそこに開口一番、秋成は勢い込んで聞いた。
「今日子さんてどんな人ですか?」
高井はびっくりした顔をしたが、その後、人のよさそうな顔で、答えてくれた。
「そうだな。 一言で言うと痛々しい子かな?」
「痛々しい?」
「そうだ。でも、これは内緒だぞ。 彼女のイメージに関わってくるからな」
そう言うと、高井は、その後の今日子に関する質問には、答えてくれることはなかった。
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「長沼さん?」
今日子が秋成の二の腕に手を掛けていた。
秋成はハッと我に返る。
「はい。 今日子さん、どうしました?」
「もう、終わりの時間だわ」
「え?・・・・終わり?」
秋成がその言葉に凍りつく。
今日子がそんな秋成の二の腕に置いた手をポンポンと2度たたく。
「ほら? 他の方はもうお帰りになったみたいよ」
今日子の言葉に、秋成がやっと周りを見渡す。
ほとんどの客が帰ったことに気付いた。
「あぁ・・・そうですね・・・・」
「私ももう帰らないと」
「あ! それなら送ります」
「いいえ、結構です」
「そう言わないで。 送らせて下さい。お願いですから」
「ごめんなさい。 そういうことは事務所から禁じられているの」
「・・・・そうですか・・・」
「えぇ。 せっかく言って下さったのに」
「いえ・・・」
秋成は今日子とこれで終わりかと、意気消沈した。
この後、今日子とどうやって接点を保っていこうかと考えを巡らせる。
高井に頼もうか・・・
それとも会社の広報からつてを探り出すか・・・・
やはり、今、自分から連絡先を聞くべきだろう。
意を決してその言葉を発しようとした時、今日子が何やら、
パーティバッグからカードを一枚取り出し、人差し指と中指で挟みそっと秋成に差し出した。
「?」
「よかったら連絡して」
「え?」
「私のアドレスです」
「・・・・いいんですか?」
「えぇ。 でも、無理にとは言わないわ」
「そんな! 無理だなんて事絶対ありません。
絶対に連絡します!」
「他の人には教えないでね。あなただから教えるの」
「!」
秋成の驚きと喜びは最高潮だった。
憧れの今日子がパーティにサプライズで来てくれたこと。
自分の誕生日を祝ってくれたこと。
自分の話に笑ってくれたこと。
そして、秋成だからといってアドレスを教えてくれたこと。
「今までの誕生日で一番、今日が嬉しいです!」
秋成は素直に自分の気持ちを今日子に伝える。
今日子が眩しげに秋成を見つめている。
一瞬、秋成を見ているようで見ていないそんな感覚が秋成を襲う。
「今日子さん?」
「幸せね」
「え?」
「幸せなんだなってね」
「はい。幸せです」
秋成は、何の迷いもなく返事をした。
その通りで。
心からそう思った。
タクシー乗り場まで送ると言った秋成を制し、今日子は会場を後にした。
今日子を会場の出口まで送り、その背中がエスカレータ―で見えなくなるまで、
背筋の伸びた背中を見続けた。
振り返ってほしいと念じたが、今日子が振り返ることはなかった。
だが、そんな些細なことで秋成の今の気持ちは少しもしぼむことはなかった。




