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今日子が一歩歩くたびに、止まっていた視線がそれにつられる様に動く。
女達は、嫉妬と憧れを含んだ眼差しで。
男達は、あわよくば一夜の夢をと思い描いて。
今日子がその大きな輪に近づくと、彼女に気付いた人達から、驚き顔で輪が崩れていく。
その崩れた人垣を当然とばかりに通り抜け、その人物の背後に立ち、声を掛けた。
「お誕生日おめでとうございます」
今日子は控えめながらも極上の笑顔と、少しハスキーな声を心がけた。
くるっと振り向いた秋成が驚き顔で固まる。
今日子は、先ほどよりもっと大きな笑みを浮かべ、もう一度祝いの言葉を贈る。
「Happy Birthday お誕生日おめでとうございます」
「・・・・・」
「ごめんなさい。突然に」
「・・・・・いいえ・・・・」
「驚かれました?」
「え? あぁ。 いいえ。あ、ありがとうございます・・・・」
今日子は、秋成の驚きから覚めやらないその顔にニッコリと笑いかける。
秋成は驚きのあまり、まだ言葉をうまく発する事ができないといった感じで、
目を見開いて今日子をただ、見つめている。
今日子はそんな秋成に優しく声をかける。
「友人のカメラマンが、あなたが私のファンだから、
ぜひ、今日の誕生日にサプライズで祝ってほしいとお願いされて」
「え? そ・・・そうなんですか? そのカメラマンって・・・」
「えぇ。 カメラマンの高井さんよ。でも、突然でご迷惑だったかしら?」
「いいえ!来て下さってありがとうございます!」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいわ」
「あの・・・・」
「?」
「本当に、モデルの今日子さんですよね?」
秋成の今更な質問に今日子はクスリと目を丸くする。
「えぇ。そうよ。 あら、思っていたのと違いました? がっかりさせちゃったかしら?」
「いいえ! とんでもないです」
「本当に?」
「はい。 いいえ! あ・・・え・・・・と・・・今日子さんであるはずなんですが、
この場に来てくれるなんて思いもよらなかったので・・・・」
「そう? びっくさせちゃったかしら?」
「正真正銘の本物の今日子さんですよね?」
「えぇ。本物です」
今日子は、笑みを浮かべて答える。
きっとこの笑みは、テレビや雑誌でもよく目にする笑みのはずだ。
「そうですよね。そのはずなんだけど・・・・・、
その悪友たちのサプライズで・・・・いたずらかもって・・・・」
「いたずら?」
「はい・・・・。 信じられなくて・・・・ドッキリ・・・とか?」
しどろもどろに言いながら、秋成はあたりをキョロキョロ見渡す。
「ドッキリ?」
「はい。 そっくりさんとか・・・・?」
秋成は興奮した面持ちで、まだ半信半疑のようだ。
今日子は、秋成のその言葉に、思わず噴き出した。
「生で見たら、がっかりで、だから?」
「いいえ!いいえ!とんでもないです!
テレビや雑誌で見るよりずっと綺麗ですね」
「ありがとう。お世辞が上手なのね」
「いいえ!お世辞なんてそんな事、全くないです」
「でも、お世辞でも素敵な男性からそう言われると嬉しいわ」
「いや。 本当に綺麗です!」
「どうもありがとう」
秋成の心からのうそ偽りのないその賛辞に今日子は深い笑みを心がけて笑う。
その笑顔に、秋成は目元を赤くし、嬉しげに笑う。
周りにいた招待客達の事は、今日子の出現で、秋成の思考の中から一瞬で忘れ去られてた。
秋成には、もう、今日子しか見えていなかった。
今日子の声しか聞こえなかった。
「一緒に飲んでも構わないかしら?」
「はい」
「あなたを独占しても?」
「!」
驚きの表情を再び浮かべた秋成を見て、今日子はクスクスと再び声を上げた。
秋成はその声にハッと我に返り、ボーイにシャンパンを二つ持って来させた。
秋成は既に、今日子の存在すべてに、反応して声は上ずり、耳まで赤くなっていた。
グラスを震える手で今日子に渡す。
今日子はもう一度、祝いの言葉とともに、シャンパンの入ったグラスを秋成に寄せた。
「お誕生日おめでとうございます。そして、二人が出会った事に」
「ありがとうございます。来て下さって本当にありとうございます。
本当に嬉しいです。 乾杯!」
秋成が今日子のグラスに自分のグラスを合わせる。
[チン!]
あたりに響いた、そのグラスの心地よい響きは
今日子にとって、復讐のゴングのだった。