1
今日子に気付いたパーティの客達が皆、その姿に視線が釘づけになる。
一流ブランドのゴージャスなドレスを身にまとい、
煌めく大ぶりのダイヤをあしらったネックレスが細い首元を飾っている。
モデルウォークで胸をはり、9センチのピンヒールでしなやかに足を進める。
トップモデルとしての自信に満ち溢れた、その一挙手一投足に誰もがため息をつく。
彼女の体全体から人を引き付けるオーラが溢れ出ているようだ。
女性達からの羨望の眼差しも、男性達からの舐める様な視線にも
全く怯む気配を見せずに、返ってそれを吸収し、自信の元にするかのように
そして、もっと自分を見ろとでも言うように
口元には悠然と笑みを浮かべて歩く姿は、女王さながらだ。
会場の半ばまで来て、一瞬立ち止まり、首を回し、目的の人物を探す。
正面のひな壇の前あたりに一際大きな輪が出来ている。
《いた!》
その人、長沼秋成が、彼に少しでも近づきたいと望む人達の幾重にも作る輪の中心で
爽やかに笑っていた。
人と人の輪から頭一つ抜きんでているその横顔にじっと見入る。
屈託のない笑顔に心臓がドキンと音をたてた。
今日子は落ち着けとばかりに、人知れず息を吐き、手に持っていたパーティバッグを
掌でグッと握り締める。
どうやって彼に近づこうか・・・。
思案する傍ら、心臓の鼓動を鎮めるため、歩みをとめた。
傍を通りかかったボーイが差し出すトレイから、冷えた白ワインのグラスをにっこりと受け取り、
くるくるとグラスを回しながらその芳醇な香りを楽しむふりをする。
匂いなんて感じる余裕などなかった。
じっと長沼を観察する。
遠目から見てもその仕立ての良さと布地の高級感がわかるハイブランドのスーツは
彼の長身で細身の体をより大きく見せている。
だが、人への威圧感は全く感じさせず、穏やかな育ちのよさそうな笑顔からは
温かみと親しみやすさが滲み出ている。
上品な物腰で、人の話に頷く仕草は老若男女、誰からも好感をもたれるはずだ。
そして、笑うと口の端がグィっとあがり、より深い笑みが心の寛容さを表しているようだ。
若さにあふれた生命力と富の力が手伝い、この先の将来に何の恐れも抱いていない、
希望の未来があると信じて疑わない青年がそこにいる。
この世の幸せを一心に浴びているに違いない。
今日子はワイングラスをクルクルと揺らすのをいつの間にかやめていた。
じっとその笑顔だけを見つめる。
長沼秋成は、この日の自分の誕生日とナガヌマコーポレーションの後継者としての
公な場への初めてのお披露目とを兼ねたパーティで、山のように美辞麗句を並べた祝いの言葉と
豪華なプレゼントを数えきれないほど貰った事だろう。
そして、それを当然の事として、何の疑いももたないであろう。
何不自由なく育った優しく、甘い雰囲気が彼自身から溢れている。
今日子は、グィっとワインを一口飲み、
空になったグラスを先ほどと同じ笑顔でボーイのトレイに返した。
ボーイは今日子のその笑顔に頬を一瞬で赤くしていたが、そんな事、どうでもよかった。
心はきまった。
一時でも躊躇したこの時間が無駄だった。
そして、今日子はゴールドのピンヒールで戸惑うことなく、
ターゲットに向かって一歩踏み出した。