真冬と桜の花弁
~死に絶えゆくのは運命に、壮絶に耐え途絶えゆく命…命は星を駆け、架け行くは世界の命の徒、運命の満ち干きで~
一、真冬と桜の花弁
この惑星が人類を見捨てた。
桜の花弁が散らなくなって久しい。
キミは種々様々な変化の様をずっと見届けていたのだろう。
季節を問わず桜の花弁は鷹揚だった、見事に咲き誇り枯れる事なく。
巨大に生長し樹木は樹木と重なって…
巨大な樹木のトグロを巻くような、地面を向こう側へと被さり這いずり廻って…瑞々しき樹液の芳香を次々と迸らせて…それらやそれらが岩山のように高々と隆起していき、それでも尚…
青々と世界を覆い尽くしていた、凍て、繁茂する蒼。
尽く情景が奇妙で、尽く不思議だった。
季節は冬だった。
空からたくさんの白が降りていた、最中まばらに、桜色が揺れ、がくんと束に墜ちて。
~駆け抜けた僕は落ちていた、地面の底からはもう視えなかった、新しい空気は僕を運命の底まで捉え離す事はなかった…僕はそこに落ちてしまった~
二、離れられる距離で
そう、僕が世界から分離して、異世界の空気へと転移したのは桜の花弁が当たり前に儚く散っていたこの惑星では遠い昔の頃に違いなかった。
僕は遥か遠未来へ、遥か宇宙の遠い彼方へと行ってしまったというのに、元ある身体は装置にずっと取り残されたままだった。
時空の果てより、離れられる程の日常の距離まで。
君は毎日のように、虚脱しもぬけの殻となった僕のために、変わらない為に刻々と変わりゆくばかりに、僕の姿を写しながら、君の瞳は、君の肌は呼吸は、変わりゆく瀬を少しずつ刻みやがて忘却の渦へと飲まれていきながら…変わりゆく僕の変わらぬ姿の残された距離へと、見舞いに来てくれていたんだよね。
~水面は肺に充満した溶液を奪うことはなかった、僕はずっと浸している事が出来るのだった、君は献身的に僕に寄り添ってくれたけれど、いつしか君にも墓標の意味を想い出す理由さえなくしてしまう程、一瞬の永劫を波紋さえ立てず水面はうつしてしまって~
三、滑らかな肩をそっと包んで
僕は英雄となり帰還した。
身体は精神年齢のまま、時を停めていたんだ。
だから僕だけが不思議とあの頃の姿 貌をしているままだったよね。
時空は僕を伝い惑星へ流れた。
人類は救われたんだ。
だけど人類やその他生物からは、子孫繁栄という理屈が削ぎ落とされてしまった。
代わりに不老不死のまま、今ある生命だけが遺されるふうになってしまった。
定められた新たな規則に。
進化。その規則は変流みたいに残されていた、死を迎えずして訪れる再生の限りなく変容を遂げる道のりにより、齎され続け。
個。
永劫の歴史をたったひとつの身体と身体に刻みつけて。
歩み、それだけが変貌の証で、すっかり様変わりしてしまった存在達の、僕の保持した記憶のままの皆の姿、ただ皆の内面に。しかし忘却の闇奥にだけ、それが保持されたままで。
僕の目の前に。対峙している、すっかり…滑らかな君の肩をそっと包んで、そして僕は、地面へと。
視線を落としそれ以外には何も、出来なくなってしまった。
~変わらないで居られると思っていた、いつしか、水面に写した僕の姿は、揺れる波紋に掻き消され…騒ぎ、踊り続ける、世界は溶けてゆく…違っているのは、僕のほうだね~
四、愚者の恋
どうしてあの時言えなかったのだろう。
変わり果ててしまったのは、君達の方ではなくて、もう世界とはなんら関係なくなってしまった、遥か古い記憶に留まったままの、僕の姿の方に、違いないのだ。
~溶けてゆく…全身は母体となり、気配となって木霊した、宇宙は、途轍もなく隣接していたから、何処へ、向かう必要すら、考えずに、すべて、おえていた~
五、宇宙旅行
僕の旅は永遠に近しいものだった。
静かに、甘く…だけど音がしていた…深く、でも、届く。
…匂いも、湿度も、温度も、すべてが完璧で、しかも懐かしかった。
ただ、隣り合った。いつも、すべてだと思った。
時空を超越し視た光景は、荘厳だった。
光の大浪に包まれて、僕は、永遠に、留まることを決意するのだった。
~深い海に沈む…感覚は失われていき、広い海が軈て包みこんでしまうんだ、暗黒エネルギーの大海原は暖かい、聞こえる、こんな永遠のなかでも、僕は聞いていた、聞き逃さずにいる事が出来た…囁かな…懐かしいあの、ささやき~
六、ごめんね、自分の言葉で言えなくて
はっとしていた。息を飲むほどの時間が過ぎていた。
僕は永遠の最中、不意に思い出した君の姿に引き戻されていた。
一瞬にして惑星の時間は永劫へと流れていた。
「……」
心臓が鳴っている、確認している僕は少し眩暈に酔った。
君に逢いたかった。
永遠世界を捨て去って。でも。
僕にとっての永遠、あの頃の君の姿。それだけが僕の、永遠に違いなかったから。
僕は帰還した。
かつての秩序は崩壊してしまったけれど、惑星の住民たちは、絶滅という崩壊を避ける事が出来た。
皆は変わり果てた、滑らかな質感。
幽霊みたいな姿であったが、しかし平穏無事に、幸せそうに暮らしているんだ。
僕は君達の言葉を発語する事が出来ないよ。
かといって、僕の自前の言葉なんて君はとうに忘れてしまっているから…
僕は身振り手振りでただ伝えるだけだった。
『あいしてる』
僕はただそれだけを伝えていたし。それだけでもう満足だったよ。
君は無表情の中に、少しだけ微笑んで返してくれた気がした。
ごめんね、自分の言葉で言えなくて。
でもきっと、君と僕、この永遠の不思議な世界で、ずっと永遠でいられる気がするんだ。