しばらくぶりに。
しばらくぶりに会った彼は、
最後に会った時と同じ笑顔で、
思わず気恥ずかしさを覚えた私は、
「髪切ったの?」
と見上げるふりして目を逸らした。
あ、ダメだ。
と思う。
「ほら、もうすぐだから」
何でもない顔で彼は言うんだけど、
短髪の方がその顔立ちには似合うと思う。
しばらくぶりに2人で入った居酒屋は、
最後に入った時と同じ騒々しさで、
思わぬ錯覚を覚えた私は、
「相変わらず学生ばっかだね」
賑わう店内を見回すふりして横顔を盗み見た。
あー、ダメだ。
やっぱり思う。
「2人、入れます?」
屈託のない笑顔で店員に指を立てる、
その横顔のシルエットは変わっていない。
しばらくぶりに向かい合ったテーブルには、
見覚えのあるタバコの焦げ痕があって、
過去の宣誓を思い出した私は、
「タバコはやめた?」
目を泳がせる彼を容易に思い描いて、
それでもなお試みた。
お、もしや。
意表を突かれる。
「もちろん」
下がり気味の目尻から尖った顎先まで、
笑顔で誇る彼の彼女を、初めて羨んだ。
しばらくぶりに交わした彼との会話は、
積もった話が堰を切り、
止めどない漂流を楽しんでいた私は、
「わ、もうこんな時間」
不躾な時計の針を、悟られぬよう睨み付けた。
あーらら。
罪悪感を思い出す。
「出よっか」
支度にもたつく私の前から伝票だけを持ち去って、
会計を済ませるその背中は、やっぱり変わっていないんだと思う。
しばらくぶりに彼を見送る改札口は、
見るところ見るところ赤ら顔が並んでいて、
終電間際にごった返す人波の前で私は、
「気をつけて帰ってね」
「おまえもな」
「裏切んなよ」
「?」
「彼女を」
「ああ、そういう事ね。裏切りません」
改札口の向こうから、彼が左手を振る。
かつては彼が隙間を埋めていた、
私の右手を振り返す。
かつては私が隙間を埋めていた、
彼の左手にはまる指輪。
裏切んなよ。
つかみ取った彼女を。
裏切んなよ。
幸せになれと願う、私の想いを。
あなたが初めての舞台で戸惑っている間、
私は服を買っていようと思う。
あなた以上の幸せをつかもうと思う。
結婚おめでとう。
人波が掻き消した彼に背を向けて、私は歩き出す。
しばらくぶりに見つけた私は、
それでもやっぱり私だった。