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<エピローグ>

 莉伽子はあまりの悔しさに唇を噛み締めて、痛いほどに拳を握りながらその舞台を後にした。

 認めたくはない。だが、認めざるを得なかった。莉伽子たちは負けたのだ。

「さぁて、いろいろと謝ってもらいましょうか、莉伽子さん」

 控室に戻ると、その魔女が扉の前で仁王立ちしていた。彼女の後ろには莉伽子が散々出来損ないだと罵ってきた詩乃がどこか申し訳なさそうに立っていた。

 なぜ勝ったのに、そんな表情をするのか。莉伽子にはやはり、あの出来損ないの事が理解できそうにもなかった。だが、そんな彼女たちに莉伽子は負けたのだ。

 貴音は先ほどから押し黙って、莉伽子の事を見守ってくれている。

「湊先輩。数々の非礼、本当に申し訳ありませんでした」

 莉伽子は深々と頭を下げて湊へと謝罪した。それは、莉伽子としても申し訳ないと思っていた事項だった。

 だが、湊はそれでは気に食わないらしく抗議の声を上げる。

「ねぇ、あたしにじゃなくてさ、詩乃に謝ってよ」

「私はこの出来損ないにだけは謝るつもりはありません」

 きっぱりとそう言い放つ。

 その一点についてだけは莉伽子は間違っているとは思わなかった。むしろ、莉伽子は怒っていた。

「まだ、言うの! 詩乃は出来損ないなんかじゃないっ!」

 そう怒りの声を上げる湊。だが、莉伽子は冷ややかな声で、

「いえ、出来損ないですよ」

 そう湊に告げてから彼女の事を押しのけて詩乃へと対峙する。

「あなたにだけは絶対に謝罪しないわ」

「莉伽子さんは、怒ってらっしゃるんですよね?」

 詩乃は申し訳なさそうな表情でそう尋ねる。

 そんな彼女の態度に更に莉伽子の苛立ちが募っていく。

「えぇ、とても。でも、あなたには分からないんでしょうね。私がなんで怒っているのか。あなたはいつもそう――」

 莉伽子は呆れながら言葉を紡ぐ。今まで胸に秘めて来た想い。彼女に自分で気づいてもらいたかった想いを。

「なんで今日なの? なんで私と一緒の時ではないの?」

 詩乃の肩を掴んで非難するように尋ねる。

「何の話だよっ」

 そんな莉伽子に抗議の声を上げる湊。だが、莉伽子は彼女の事を黙殺して続ける。

「もしも、今日の十分の一、いえ、百分の一でも、あなたに戦う気があれば、私たちは決して負けたりはしなかった」

 それは、試合の最中から莉伽子の中にあった怒りだった。

 今日詩乃が見せた力。それは明らかに、魔法演習の授業の時の詩乃とは異なっていた。今まで、詩乃は莉伽子にそんな姿を見せたことなどなかった。それこそが、莉伽子が詩乃へと怒りをぶつける原因だった。

「あなたは負けて当然だって、いつもそう思っていたんでしょ? 私はいつだって、負ける気なんて毛頭なかったのに。あなた一人だけ負けて当たり前だって、そう思って始まる前から諦めていたんでしょ? 違うとは言わせないわよ」

 莉伽子の言葉を詩乃は否定することは出来なかった。

 自分は出来損ないだから負けても当然だと思っていた。そう思って諦めていた。それが詩乃という魔女だった。莉伽子との魔法演習の授業もそうだった。勝てるわけないと思って挑んでいた。始まる前から諦めて、そして、莉伽子のことをいつも怒らせてしまっていた。

 詩乃は、莉伽子が詩乃が出来損ないであることを怒っていると思っていたのだ。でも、そうではなかった――

「そんなんだからあなたは出来損ないなのよ。他の誰かじゃない。あなた自身が自分のことを一番出来損ないだって思っているんでしょ?」

 その通りだった。

 自分の事を出来損ないだと決めつけて、有りもしない壁を生み出していたのは詩乃自身だった。莉伽子はそのことを怒っていた。詩乃のために怒ってくれていた。

「私は、あなたがどれだけ足を引っ張ろうが、勝とうと努力すれば勝てるって、そう信じていた。でも、それを最初に裏切ったのはあなたでしょ。あなた一人で勝てるわけないとか思いこんで、諦めて。それじゃあ、私一人が馬鹿みたいじゃない」

 彼女も、真っ直ぐに詩乃のことを見てくれていた一人だった。出来損ないだと決めつけるのではなく、詩乃を詩乃として見てくれる人だった。

そんな彼女の事を裏切ったのは詩乃の方だったのだ。それは、詩乃が湊の言葉を踏み躙ってしまったのとまったく同じだった。

 莉伽子に出来損ないと言わせていたのは、詩乃の中にあった自らは出来損ないなのだという諦観に他ならなかった。

「ごめんなさいですわ……」

 詩乃は心の底から申し訳ない気持ちになる。そして、頭を下げる。

「また、そうやってすぐ頭を下げる。でも、あなたは自分が悪いなんてこれっぽっちも思っていないんでしょうね。自分に力がないのが悪いんだって、出来損ないだから仕方がないんだって、そう思ってるんでしょ? そういう不誠実なあなたの態度が気に食わないのよ」

「わたしは――」

 また謝罪の言葉を繰り返しそうになって、顔を俯けてしまう。でも、そんな詩乃のことを非難するように莉伽子が声を上げる。

「顔を上げなさい。俯いてちゃ、顔も見えない。声だって聞こえないじゃない。もしあなたが申し訳ないって、そう心の底から思うのなら態度で示しなさい。試合前に言って見せたように、私に真正面から啖呵を切って見せなさい。今日みたいに全力で戦って見せない。そうすれば、許してあげないでもないわ――」

 そう告げると、莉伽子は詩乃の肩を解放して詩乃から離れる。

 言いたいことをすべて言いきって、思わず泣き出しそうになっている表情を見られたくなくて背を向ける。

「あの、本当にありがとうございました――」

 背後から詩乃の精一杯の声がかけられる。

 莉伽子はふんと鼻を鳴らして立ち去る。それに黙ってついて行く貴音。

 詩乃たちの姿が見えなくなって、しばらくしてから莉伽子は貴音に向き直る。

「すいませんでした――」

 今まで黙って見守ってくれていた貴音へと頭を下げる。だが、彼女は何故謝られているのか分からないという表情をしてみせて、

「莉伽子が謝ることじゃないよ」

 そう告げて莉伽子の顔を上げさせる。

「彼女たちの方が、私たちよりも少し強かった。ただ、それだけの事だからさ」

 慰めの言葉を掛ける。この敗北は誰のせいでもない。ただ純粋に二人の力が及ばなかっただけなのだ。あの二人の想いが莉伽子たちのことを超越した。その結果だった。

「それに、こんなことくらいで挫ける莉伽子じゃないでしょ?」

 少し挑発するように莉伽子のことを煽ってみせる。敗北など今まで二人でいくらでも経験してきた。その度にそれを乗り越え、次へと進んでみせた。

 莉伽子はこんな場所で終わる魔女ではない。そんな確かな自信が貴音にはあった。

「そう、ですね」

 莉伽子は鼻声になりながらも頷いて応える。

「涙が零れるくらい悔しかったんだもんね。莉伽子はもっと強くなれるよ。その悔しささえ力に変えて前へと進むことが出来る。そんなあなただからこそ、私はほかの誰でもない、あなたをパートナーに選んだんだもの」

 貴音はそう言って莉伽子の頬をつたう涙の雫を指で拭ってやる。

 言われて初めて莉伽子は自分が涙を溢していることに気が付いた。こんな恥ずかしい姿を貴音に見せてしまった。それが悔しくて、恥ずかしくて――もっと強くなりたかった。もうこんな想いをしなくて済むくらいに強く。

「一緒に強くなろう。次は誰にも負けないように。来年こそは誰にも負けないようにね」

 貴音はそれだけを言い残し歩き出す。

「はい、来年こそは」

 頷き、涙を拭う。そして、貴音の隣に胸を張って並ぶ。

 決して挫けず、前へと進み続ける魔女。それが水沢莉伽子という魔女だった。


◆ ◇ ◆


「まだ上手く実感がわかないんですわ……」

 莉伽子たちが去って行った控室で、どこか呆然とした表情で詩乃が呟く。

 窓の外では次なる試合が繰り広げられていた。飛び交う魔法。ざわめく会場。

 つい先ほどまで、詩乃たちがその中心にいたのだ。あれら会場のすべてが詩乃たちのためにあったのだ。そのことが今ではもう夢のようだった。

「わたしたちは勝ってしまったんですわよね?」

 確かめるように傍らの湊へと尋ねる。

「そうだよ。あたしたちは勝ったんだ――」

 そう応じる湊の瞳にはうっすらと涙のしずくが浮かんでいた。

 勝った――その言葉を反芻しながら、思わず涙を浮かべてしまっていた。

「み、湊先輩?」

「大丈夫だから。たださ、すごく嬉しかったんだ。こんなあたしでも勝てたんだって。こんなあたしでも魔女だって、胸を張って言ってもいいんだよね?」

 それは、今まで詩乃が見たこともない湊だった。

「こんな、なんて言わないでください。わたしたちは出来損ないなんかじゃないんですわ。わたしたちは魔女です。他の人たちとは違うのかもしれませんけど、でも、わたしたちはわたしたちだけの魔女なんですわ」

 今ならそう思うことが出来た。そう信じることが出来た。出来損ないなどではない。そう胸を張って言えた。そう変わることが出来たのは、湊のおかげだった。

「あたしたちは変われるんだ」

 湊がゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。

「そうですわ。わたしたちはどんな自分にでもなれるはずですわ」

「でもさ、どんな自分にでもなれるからこそ、ちゃんと前を向いて歩かなくちゃいけないんだと思うんだよね」

 湊は噛み締めるように言葉を漏らす。

 今までの二人がそうだったように、出来損ないという言葉を受け入れてしまえば、出来損ないにだってなれる。でも、そんな自分はもう嫌だった。変わっていくのだと決めたのだ。

「さぁ、行こうぜ、詩乃っ! あたしたちはどこまでだって行ける。あたしたち二人なら――」

 湊は手を差し伸べる。

「はいっ!」

 その手を詩乃がしっかりと掴む。そして二人は歩き出す。


 二人の魔女の物語は、ここから始まる――

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