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番外編。ブルークリスマス

 ハロウィンも過ぎ、冬休みへ入ったらもうすぐ正月である。しかしその前に恋人たちにとって重要なイベントが存在する。町に家にロマンチックな装飾が施される聖夜、クリスマスである。



「うぃ、うぃーしゅあめりくりっします。うぃーうぃっしゅあめりくりますっ。うぃーうっっしゅあめりっくりすます、あんだはーぴーにゅー……」



 風呂からあがった金髪碧眼の美女“圭土”はバスタオルを腰に巻くと、クリスマスソングを上機嫌に歌いながら、体重計に乗った。



「いやああああああ!!」



 直後、地獄でも垣間見たかのような悲痛な悲鳴が、脱衣場から響き渡る。



「先輩先輩先輩ぃいいい!」



 バタバタバタと音を立てて荒々しく廊下を走り、圭土はとある部屋の扉を開け放つ。

 その部屋はかつて兄がいた部屋であり、留学した今となっては圭土の高校の先輩“楓”が使用する部屋だった。



「何?」



 綺麗に整頓された机の上で勉学に励んでいた楓は、短く返事をすると机から顔をあげて椅子ごと振り向いた。ガーゼや包帯から覗く火傷の跡が痛々しいが、彼の容体はとある火事の件から大分落ち着いていた。



「どどどどうしましょう! 体重が増えちゃいましたあああ」



 そのまましゃがみ込んでさめざめと泣く圭土。



「どのぐらい?」


「……訊かないでください」


「なら僕からは何も言えない」


「うっ! えと、その……。四、キロです……」


「あぁ。トイレ行って戻る重さじゃないね」


「うわあああん! 折角先輩と並んで登校できるようになるのに、これじゃあ恥ずかしくて近寄れなくなっちゃいますよぅ!」


「別に僕は一人で大丈夫だけど」


「駄目ですよまだ火傷完治してないんですし!」


「なら体重なんて気にしなければいい」


「先輩はスリムだからそんなこと言えるんですよ! ウエストが太くなった時……、具体的にはベルトが締まらなくなったりスカートが入らなくなったりした時の絶望感たらないです! というか先輩はどうして沢山お菓子食べているのに細いんですかぁ! ずるいです、ずるいです!」


「そう言われても……」



 言って、楓は机の端にさりげなく置かれたチョコレートを横目で見る。ちなみに本日午後六時の時点でもう二枚、彼の胃袋に収まっている。


「僕は一応体調管理してるから。それにこの間まで病院にいたから、そこら辺の人より健康だよ。病院食のお陰でね。……二度と入院したくない」



 一瞬、楓の目元に影がかかった。



「だから圭土も食事制限すればいい。それから運動、だね」


「ううう……。もうすぐクリスマスなのにぃ。先輩とケーキ食べたり七面鳥食べたいです!」


「ケーキは僕も食べたいね。心置きなく食べたいなら、その日まで食べ過ぎないように」



 そう言って、楓は“風邪引くよ”とバスタオルを巻いたままの格好で来た圭土の肩を掴み、立ち上がらせると、自分の部屋から追い出した。



『ううっ。先輩、ダイエット成功したら一緒にご馳走食べましょうね! 絶対ですよ!』


「はいはい」



◇◇◇◇◇



「という事が昨日あった」



 言いながら、ぴこぴこと機械的に指を動かす楓。彼の手には今テレビゲームのコントローラーが握られていた。テレビの中では彼が操作する魔法使いが杖を振り回し、他のプレイヤーの格闘家や剣士や騎士をぶん殴るという異様な光景が繰り広げられている。



「ちくしょう羨ましい!」


「爆発してしまえリア充め!」


「つかそこ替われ楓!」



 楓の話に、クラスメート三人組が揃って嘆く。彼らの手にもコントローラーが握られ、有らん限りの力でボタンを連打していた。



「おいそこの三馬鹿。俺のコントローラー壊すなよ?」



 ソファーに座る楓と、ソファーとテーブルの間に座る男子三人が、ひたすらテレビゲームに興じるむさ苦しい部屋に、オレンジジュースとポテトチップスが乗せられたトレイを運ぶ楓の友人。

 彼は男子四人が使うには小さいテーブルの上にトレイを置くと、ソファーの楓の隣に座った。



「三学期は登校出来そうで良かったな楓」


「うん。まだ暫くは通院だけど」


「そうか。でもま、大体治ったんならもう入院はないんじゃね?」


「そう願いたいね」



 ちゅどーん


 テレビの画面の中で大爆発が起こる。楓の魔法使いの術だ。その爆発に巻き込まれ画面内のプレイキャラクターが吹き飛ぶ様を見て、男子三人組は“ぬああああ”と揃って頭を抱える。そのまま楓の魔法使いがアップになり、その横に“WIN”のテロップがでかでかと映る。



「そういや楓は女兄弟多いんだって?」


「うん。上に三人いる。姉さん達、いい年して裸で家を徘徊するんだ。しかもそのまま寝る。いい加減やめて欲しい」


「だから女の裸見慣れてるのか……」



 友人は眉を潜めた。ついで男子三人組の一人からコントローラーを奪うと、少女の姿をした妖精のプレイキャラクターを選択し、次の対戦を始める。



「でも居候のお礼がてら、少しぐらい応えてやったらどうだ?」


「応える?」


「わっかりやすいベクトル向けてるじゃねぇか」


「でも物は受け取ってくれない」


「いや物じゃなくて……。まぁ物でもいいか。ほら今度クリスマスなんだからさ、何かプレゼント渡して思い出作ってやれば?」


「プレゼント……」



 姉が複数いる楓だが、女子の喜ぶ物はイマイチ把握出来ていなかった。人形を渡してみればやれ可愛くない、ブレスレットを渡してみればやれ安っぽい、と楓が姉に渡したプレゼントは受けが悪かった。一番よかったのは菓子や料理だった。

 しかし圭土は今ダイエットをしている。そんな時に手料理を振る舞っても素直に喜んではくれないだろう。



「へー。後輩ちゃんダイエットしてるのか。なら手伝ってやったらどうだ?」


「手伝う?」


「一緒にランニングするとか」


「手伝う……」



 友人の案は聞かず、楓は悶々と思考を巡らせる。

 その隙に、テレビ画面の中で妖精が楓の操る魔法使いのプレイキャラクターに、石化の魔法をかけた。これで暫く動きを封じられる。



「おっしゃ封印!」


「あ」



 ふと間の抜けた声を発する楓。その直後カチカチカチカチと目にも止まらない速さでボタンを連打し、早々に石化を解いた。



「ダイエットを手伝えるプレゼント、思い付いた」



 そして他のプレイヤーが相手をしに来る前に、素早く呪文を唱え、魔法使いはフィールド全体に雷の矢を落としたのだった。



◇◇◇◇◇



「先輩が私を女扱いしてくれない」



 ファーストフード店の一席にて。圭土は両肘をテーブルに乗せて寄りかかり、両手で口元を隠す所謂“ゲン○ウのポーズ”をしていた。彼女の青い目には光がなく、不穏とも真剣とも取れる表情をしている。



「同棲し始めて早数週間、幾ら実家で親の目があるといっても少しは進展があってもいいはずです! なのに先輩ったら、私の頑張りを根こそぎスルーして頭撫でたりとかずれたことをするんですよ!? いやそれはそれで嬉しいですけど! これはゆゆしき事態です!!」


「同棲って……。まぁいいや。それ圭土を恋愛対象としてじゃなくて妹とか、家族としてみているんじゃない?」



 圭土のクラスメートの女子が炭酸水片手に言った。ボブカットの少々ボーイッシュな女子だ。



「あんまり一緒だと圭土の好意も、圭土が美人っていう感覚も麻痺するだろうし……。圭土の場合、近すぎるのが問題なのかもねぇ」



 穏やかに笑うもう一人の圭土のクラスメート、セミロングヘアの女子は、細目を更に細くしてトレイの上に置かれたハンバーガーを手に取り、美味しそうに食べる。



「そんなぁ~。私はもっと先輩といちゃらぶしたいのに、あんまりですぅ」



 ばしばしと両手でテーブルを叩き嘆く圭土。



「暫く離れたら振り向いてくれるかもよ?」


「それで振り向かれなかったら?」


「詰みかもねぇ」


「酷いです酷いですぅ!」


「まぁ圭土の場合まずはダイエットでしょ」



 ボーイッシュなクラスメートは圭土のトレイに置かれた、サラダとコーンとお茶を見て言った。レジに並んだ時、肉食系女子と囁かれている圭土がチキンの一つも頼まなかったのには天変地異の前触れかと思うほど衝撃を受けたものだ。



「ダイエット成功したらご飯食べる約束しているんでしょ? ならそうやって二人きりで過ごすイベントを、地道に増やしておくのが確実じゃない?」


「そうねぇ。側に居ないと違和感を感じるぐらい仲良くなれば、ちょっと圭土が居ないだけで恋しくなるかもねぇ」


「持久戦ですか……っ! 先が見えないですね。やっぱりここは手っ取り早く既成事実を『止めなさい』」



 クラスメートに小一時間説教された圭土は、頬を風船のように膨らませふてくされた表情で帰路についた。玄関に入ると、台所からトントンと何かを調理する音が聞こえる。時刻は午後六時過ぎ。共働きの両親はまだ自営業の店にいる時間で、帰って来ていない筈だ。



「圭土、お帰り」



 玄関が開いた音に気付いた楓が台所の扉を開け、顔を覗かせる。



「おじさん達まだまだ帰れないから、先に食べておいてと言われた。から、ご飯作ってる。もうすぐ出来るから待ってて」


「ええっ! 悪いですよ先輩、私もお手伝いを……!」


「駄目」



 エプロン姿で圭土に近付き、軽く頭を小突く楓。そして悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思えば、また台所へ戻ってしまった。

 それから暫くして、ダイニングルームのテーブルに突っ伏していた圭土の前に食事が運ばれてきた。



「お待たせ」



 大好きな先輩の手料理。わざわざ作って貰って悪いと思いながらも、圭土は歓喜して食事と向き合った。

 そして硬直した。


 ご飯に味噌汁に肉じゃが、野菜炒めと定番ながら食欲をそそる食事なのだ、が。


 ーー青い。


 白米は青米と名付けたくなるほどに真く、味噌汁はブルーベリーでもすり潰して入れたのかのように青く、肉じゃがのジャガイモはヨウ素液にでも漬けたのかのように青く……。どう見ても食べれる色をしていない。

 なお野菜炒めは唯一青くないが、心なしか茄子が多めに投入してある。



「先輩これ……」


「食紅。菓子よりつかなくて苦労した。……ダイエット、するんでしょ?」



 にっこりと穏やかな笑みを浮かべ、圭土の前の席に座る楓。因みに彼の食事は普通の色をしている。



「秋も冬も食欲が沸く。しかも冬はクリスマスにケーキやチキン、正月にお節料理が出て食べるイベントが多い。どっちも心置きなく食べれるように、ね。まぁ、達成出来なかったらそれも作ってあげるよ、青く」


「勘弁してください!」


「大丈夫。味は変わらない。多分」


「美味しそうじゃない美味しいご飯食べても複雑ですー!!」


「食欲抑えられていいだろう? ダイエット頑張ってね、圭土」



 クリスマス当日、楓が腕を奮って作ったクリスマスケーキ(青くない)が圭土に送られるのは、もう少し先の話。




Merry Christmasーー……

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