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まさかそんなのミステリー!

 文化祭の最終日。片付けも終わり、しかし予想よりも時間が遅くなった為に打ち上げは後日となり解散となった。

 夜にバイトがある楓は足早にマンションへと戻る。チラリと手元を見れば、部長が部員に一通り配った、各自の菓子が一品ずつ入った紙袋。食べる時を想像して、頬が緩む。


 自分の部屋の前まで着いた楓は、鍵を開け中に入る。次いで習慣で後手で鍵を閉めておきながら、どうせ直ぐ出るからと灯りを点けないまま進んだ。

 カーテンの隙間から僅かに差し込む月明かりを除き、他は何一つ光がない暗がりの中、楓は迷わずテーブルの前まで歩く。その上に紙袋を置き、中から冷蔵しておく必要のあるケーキの箱を取り出した。


 『蝶々先輩へ』とマジックで大きく書かれた箱の中には、圭土が張り切って作っていた、タルトタタンが入っている。



 ーーー……

 ーー……

 ー……



 ピンポーン



 部屋にインターホンの音が鳴り響く。返事はなく、誰かが動く気配もない。



 ピンポーン



 もう一度押される。先程と同じく反応はない。



 ギチ。



 錆びた鉄と鉄が擦れ合う様な、鈍い金属音が聞こえる。



 ギチ、ギチギチ。




 ガチャ




 乾燥した肌寒い空気が、薄暗い部屋の中に吹き込んだ。



◇◇◇◇◇



「あれ、先輩まだ来ていないんですか?」


「そうなんだよ圭土ちゃん。とっくに時間過ぎているのに、電話にも出なくってねぇ。困ったもんだ」



 楓のバイト先のコンビニで、圭土は小太りな中年店長からロッソチキンを受け取った。

 本当は先輩にレジをして貰いたかったのに、と彼のシフトの時間帯を狙ってやって来た圭土は、頬を膨らませる。



「こんな事一度もなかったんだけどねぇ。学校は一緒だったんだろう? 何か知らないかな?」


「うーん……。あ、もしかして!」



 何か心当たりがあったらしい圭土は、ハッとして顔を上げた。



「あれ? でもそうだとしても遅過ぎるし……。やっぱり分かりませんね。店長、私先輩の所に行って来ますっ」


「あぁ、気を付けるんだよ」



 店長に手を振って圭土はコンビニを飛び出した。もしかして疲れて眠ってしまったのだろうか、などと呑気な事を考えながら。

 しかし楓が暮らすマンションまで辿り着いて、その考えは一変した。


 綺麗だと思ってしまう程の赤が、視界を奪う。


 唸るサイレン。

 騒ぐ野次馬達。

 放出される水。

 空を焦がす煙。

 夜を照らす光。

 立ち昇る、炎。


 その炎が吹き出す元は、楓が居るはずの部屋からだった。



「放火だってよ」

「中に人が居るそうだ」

「逃げ遅れたんだね」

「まだ学生なんだろう? 可哀想に」



 野次馬の声が矢継ぎ早に聞こえる。



「……やだ」



 掠れる様な声が絞り出される。



「やだぁああぁああああ!」



 唖然とする圭土の目の前で、消防隊員に取り押さえられている部長が、絶叫した。



 ーーー……

 ーー……

 ー……



 瞼を開ける。白い天井が視界に写る。見慣れない天井だ、と呑気に感想を呟く間もなく、横に座っていた人物に抱き着かれた。



「蝶々先輩ぃいい!」


「圭土痛い。あと重い」



 全身がヒリヒリと痛い。ゆっくりと上体を起こせば、包帯で覆われた体の上に患者衣を着て、病室のベッドに横たわっていた事が確認出来た。



「三日も昏睡状態だったんですよ先輩! 起きて、本当に良かったですぅ……」



 両手で顔を覆い泣き出す圭土の頭を、包帯が巻かれた手でポンポンと優しく叩く。

 やがて圭土が泣き止み、医師に目覚めた連絡を済ませ、一通り落ち着いてから事の仔細を訊いた。



「部長が、火を点けたと自首してました」


「動機は?」


「先輩の住んでる所をなくしたかったらしいです。先輩は地方出身ですから、住んでる所と有るもの全部なくしちゃえば、途方に暮れると思って。そこにつけ込んで、ずっととはいかなくても一緒に暮らしたりとか、世話を焼きたかったんだそうです。……先輩が、好きだったから」


「そう。確かに行き場がなくなる。親と連絡を取って落ち着くまでも時間がかかる。家探し、教材や家具を揃え直すのも手間がかかる。最悪退学も視野に入る。そんな弱ってる所につけ込むのは、簡単だろうね。……でも、放火は罪が重い」


「冷静ですね先輩」


「彼女は直に部長を辞め、高校も出る。接触する機会が減るから焦ったんだろう。せめて高校の最後まで、とか端的な事を考えていたんだろうね。じゃなきゃあんなボロ出さない」


「ボロ?」


「圭土も見たろう? 部長が持っていた写真」


「先輩が部長とご飯食べようとしてた写真ですか?」



 てっきり圭土は楓が部長を招き、一緒に食事をしたのだと考えていた。しかし楓は首を横に振って否定する。



「あれは同じマンションに住んでる友人を呼んだ時の写真。男のね。女子の前で着替えなんて、する訳ないだろう」


「えっ。て言うことはあの写真……」


「盗撮。散々家探しして、でもカメラが見付からなかったけど、やっと分かった。鏡だ」


「鏡? テーブルの横に掛けてあったアレですか?」


「そう。マジックミラーにすり替えられてる」



 火事が起きたあの日、鏡は自分を写さず中のカメラが見えた。部屋が暗く、マジックミラー自体の質が高くないのも相まって、機能を果たさなかったのだろう。

 寝室が別なうえ、今まで電気を点けないまま動く事などなかった為、気が付かなかった。



「写真の目線的にも合ってる。いつからか知らないけど、鏡越しに盗撮してたとか、想像したくないね」



 勝手に合鍵を持っていたのだ。留守を狙えばすり替えぐらい出来る。そこそこ分厚い鏡だから、取り付けるのは難しくなかっただろう。壁に穴を空けた可能性もあるが。



「どうして告白とかしなかったんでしょう」


「したよ。でも振った」


「え」


「去年の話」



 楓はあっさりと言った。



「去年の部長は涼しい顔して、性格良くないから嫌いだった。で、僕が振ったから、自尊心傷付けたのかも。今は丸くなったと思ってたのに……。女の人怖いね」



 大和撫子を体現した様な完璧超人。故に部長は自信家で傲慢家だった。

 まるで身の程を弁えずアテネに喧嘩を売り、不貞なタペストリーを縫い上げたアラクネの様に。


 楓が告白を振ってから、何処か高飛車だった性格が落ち着いた、と考えていたが勘違いだったらしい。



「あの時間帯に先輩は居ないと思ってやったそうですよ? 確かにバイトの時間帯ですし、どうして居たんですか?」


「それについては、何か言いたい事があるんじゃないかな?」


「……」


「……」



 間。



「ごめんなさいっ!」



 圭土はガバリと勢いよく頭を下げた。



「まさか帰って直ぐに食べるなんて思わなくって……!」


「僕もまさか、後輩のケーキに毒があるなんて思わなかったよ……」


「毒じゃないです痺れ薬ですっ」


「どっちも嫌。部長も万一僕が部屋に居たら、と思ってインターホン押してくれたんだろうけど。反応出来なかった……」



 逃げ遅れた理由もそれである。動けなくなってテーブルに伏せた為、結果的にカメラに気付いたが。しかし動けないのに火は回り煙が肺に入っていくのは、地獄だった。

 圭土は丸椅子から立ち上がり、その場で土下座をした。ここが個室でなければ騒ぎになった事だろう。



「バイトが直ぐありますし、食べるとしても部長のお菓子辺りを食べると思ったんです。それで、バイト終わったら家について行って一緒に食べようと思って……!」


「で。痺れさせてどうしようと考えてたの?」


「えと、ちょっとその、トリックあんど、ト、トリートを……」


「覚えたねトリート。君も大概だ」



 楓は頭を抱えた。



「だって先輩アタックしても尽くスルーするんですからっ! ここは既成事実を、とかちょっと考えてもいいじゃないですかぁ~」



 実は圭土、春から夏にかけて楓に何度も告白していた。しかし先輩としての付き合いはしてくれるものの、告白は尽く躱された。

 なお秋からは、楓が蝶々だからという意味不明な理由で、求愛と名付けていた告白の猛攻は止まっていた。



「それに痺れ薬って言っても、効果は三分もない弱い薬です。少し魔がさしただけですぅ」



 やれやれと頭を掻く楓。次いで謝罪の言葉を繰り返し紡ぐ圭土に、椅子に座るよう促した。



「取り敢えず罰としてケータイのデータ消して」


「えっ!?」


「あと圭土が買ったカメラのメモリーも粉砕しようか」


「えぇっ!?」


「元々、菓子を控えた証拠として、夕飯を撮る為だけに買ったんだ。役割は終わり。なのに君はケータイに要らないデータも移しちゃって……」



 あの小型カメラは以前、一緒にデパートに行った時に買った物だ。これで家の中の証言が出来る、と圭土は高らかに宣言し、家までついてきてカメラを回していた。

 そして映像と一緒に証言出来ると、何日かカメラを使った圭土は、メモリーだけ持って帰った。そのデータをケータイに移した結果が、あの容量一杯に入れられた楓の写真である。



「もう二度としませんからぁ~。私も自首して部長と一緒に償いますよぉ」


「君はタイミングが悪かっただけ。そんな事しなくていい」



 圭土の所業が世間的に悪質でも、楓は気にしていなかった。それよりも写真の方が気になる。

 泣き付く圭土を無視し、楓は掠め取る様に受け取ったケータイのデータを機械的に消していく。



「……先輩、どうしてその悪いタイミングに、ケーキ食べちゃったんですか?」



 彼が執着していたのは部長の手料理だ。圭土のではない。ストーカーの毛があっても、その味に狂いはない。



「あ、もしかして髪の毛が入ってるかもとか考えたんですか?」


「いいや。部長は自尊心が強い。料理を無碍にする事は多分ない。小細工するより正攻法で攻め抜くはず。……料理以外も正攻法使って欲しかった……」


「そうですね……。あれ? じゃあ尚更ですよ。どうして食べたんですか?」


「食べて欲しいって、君が言ったんだろう?」



 楓は不思議そうに言った。


 菓子を控える楓を考慮して、食べて貰うのを我慢し、一人で作ったタルトタタン。誰よりも先に食べて欲しくて、何度も試作して、美味しいって言って欲しくて堪らなかった。

 その想いを自然と汲み取ってくれた楓に、圭土は再びガバリと抱きついた。



「先輩やっぱり好きです大好きですぅ。もう求愛停止キャンペーン止めます。蜘蛛って開き直って、捕食キャンペーン始めます!」


「そう。止めて」



 そもそも蜘蛛に仮装した事に肖って、薬を仕込んだらしい。彼女に女郎蜘蛛の話などしなければ良かった、と楓は後悔した。



「あ、償いって言ったら何ですけど、家については話つけておきましたよ先輩」


「?」


「先輩が入院した日に先輩のご両親が来たので、その時に。今の状態で一人暮らしは大変だろうから、当分は私の家に住ませるって」


「は?」


「丁度兄が留学して、空いた部屋もあります。私の両親も、家族が増えると喜んで承諾してくれました」


「え」


「うちでゆっくり療養してください。あ、家の手伝いはして貰う事があるかもですけど。コンビニのバイト代わりとでも思ってくだされば」



 無理にとは言いませんけど、と圭土は付け足す。確かにこの状態でバイトは続けられない。

 圭土は実家暮らしでその実家は呉服屋。部屋を借りれる上に、この体たらくでも出来る仕事はあるからと、小遣い稼ぎもさせて貰うのは有難い。


 楓は悟った。



(外堀埋められてる)



 そして気付く。部長がしたかった事を圭土がしている事に。


 偶然だろうか。しかし凶行のきっかけは、圭土だったと思われる。

 今までだってきっと、部長は圭土に嫉妬していた。プライドの高い部長は圭土の様に素直になれない。結果、行動は出来ず嫉妬だけが残る。


 積もりに積もった嫉妬が、はち切れそうな程に溜まる。そして圭土が見せびらかした、容量一杯に詰められた楓の写真を決め手に、壊れた。

 だから深く考えないまま、対抗して盗撮写真を見せてしまったとも考えられる。


 そして焦燥感も手伝って、強行手段に移った。



(……絡新婦)



 鳥山石燕が描いた絡新婦が脳裏によぎる。

 火を噴く子蜘蛛を糸で操る、蜘蛛女の絵。



(考え過ぎ、だね)



 出来すぎた偶然に、楓は自嘲する。



「そうです先輩、いつ目覚めても渡せるよう、毎日ケーキ持ってきてたんでした」



 すっかり忘れていたらしい圭土がすくっと立ち上がり、病室の冷蔵庫にしまっていたタルトタタンを取り出す。

 いつ目覚めても、と言う事は毎日見舞いに来て、面会終了時間まで居座っていたのだろうか。親が居ないのに彼女は居る理由がわかった気がした。



「あ、毒なんて入れてませんよ? ですから安心して、ゆっくり味わってください。さぁどうぞ」



 タルト生地の上に並べられた、林檎のスライス。綺麗なオレンジ色に染まり、こんがりと程よく焼かれたそれは芳醇な香りを放ち、食欲をそそる。

 圭土に小分けに切って貰い、口元に運んで貰う。


 菓子どころか食事も久し振りとなる楓には、それはどんなスイーツにも勝る絶品に思えた。



「……美味しい」


「よかったですっ」






     ……ーーHappy Halloween ?

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