過去帰り――汝の思う未来のために
※この作品はハーメルンにおいても投稿しております。
――――――あなたは過去へ戻りたいと思ったことはありますか?
――――――それは失敗をなくすため? それともやり損ねたことをやるため?
―――――これはそんなことを思う少年の物語。
「…………はぁ~」
視界いっぱいに広がる青い空、雲一つないその綺麗な青空には数匹の鳥が仲好さそうに飛んでいるのが見え、時折、飛行機らしき影も見える。
そんな綺麗な空を眺めている俺――――戸木田時也の心は非常にブルーなものだった。
色はあの見えている青空と同じだけど内容は全くの別物。
俺の心はあの時からずっと青いまんまだ……何かモヤモヤしたフィルターみたいなのがかかって俺の心に入ってくるものはすべてそのフィルターによって汚いものにされてしまう。
「やり直したいものならやり直したいよ」
そう呟いても誰も俺のつぶやきに突っ込みを入れてくれる人はいない。
学校の屋上の掃除を任せられたのは良いけどサボってるわけだしな……はぁ。
『やり直したいですか?』
「やり直したいね」
『いつくらいから?』
「二年前……って誰だ」
変な声に二度目の返答をするときに起き上がって後ろを振り返ると俺の後ろに純白のドレスを着て、
何故か背中から二翼の純白の翼が生えたきれいな女性が立っていた。
突然の非日常なことに俺は何も言うことができずに固まってしまった。
『お初にお目にかかります。私は時神です。やり直したいんですね?』
「……いや、君。中二病か何か?」
『時間設定は二年前と。何月が良いですか?』
「いや、悪ふざけもいい加減にしてくれよ。そんな変な格好してさ」
俺がそう言うと女性は口をすぼめてふて腐れてしまった。
『どうやったら信じてくれますか?』
「…………じゃあ、その背中に着けてる翼で俺をもって飛んでくれよ」
『お安いご用です』
そう小さく微笑みながら俺に近づいてきて手を取り、勢いよく翼を横に広げた瞬間、
俺の両足が地面から離れて一瞬にして学校の屋上が小さく見えるくらいの高さにまで飛び上がった。
………………な、何かのトリックじゃないよな!? 下に飛んでるのって旅客機だよな!?
ていうかここって宇宙の一歩手前!? 何で俺、息できてるわけ!?
『一応、安全防膜は張っておいたんですが苦しいですか?』
そう尋ねられ俺は首が千切れるんじゃないかと思うほど激しく左右に振って否定した。
『信じてくれましたか?』
「し、し、信じるから! 信じるから降ろしてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺がそう叫ぶと女性はニコッと微笑むとまたもや一瞬にして高度を下げて元の学校の屋上へと戻った。
両足が数分ぶりに屋上に接地した俺は一気に安心とともに足の力が抜けて腰から砕けてしまい、
へなへなと女々しく地面に座った。
マ、マジでこの人人間じゃない!
『信じてくれたところで二年前の何月が良いですか?』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっき言っていたことは本当に」
『はい! 私の力で貴方を過去に飛ばすことができるんです。何年前の何月何日に。
なんたって私は時神ですから。貴方が過去に行きたい理由はなんですか?』
……本当に過去に行けるんだとしたら……あの出来事をなかったことにすることだって。
そうすれば俺の生活は一変する!
「……お、俺は過去のある事件を無くしたい。そのせいで俺は大切なものを無くしたから」
『ふむふむ……過去に行くリスクを説明しますと事件を修正したいのであれば、
未来に影響を及ぼす事象はすべて解決しなければならなければいけません。
それが数百の分岐に分かれていることもあります。それでもよろしいんですね?』
「あぁ……頼む。俺を過去に」
『はい! では、一名様過去へごあんな~い!』
彼女がそう言った途端、空が突然真っ暗になったかと思えば俺の目の前に光り輝く円が出現し、
そこからバチバチ! と静電気のような音が聞こえ始めたかと思えばその円から一枚の分厚くて重そうな扉が出現し、その全てが円から出ると扉がゆっくりと開き、光が漏れ始めた。
『さあ、お行きなさい! 貴方の望む未来を手に入れる旅へ!』
俺はその扉を潜り抜けた。
「……ん」
視界が真っ白に染まったかと思いきや俺の耳にセミの鳴き声が入るとともに車の行きかう音が響き、
子供たちの楽しそうな声、自転車をこぐ音などが入ってきた。
ゆっくりと目を開けると俺の視界に広がっている景色はいつもと変わらぬ町並みだった。
……本当に過去なのか? ここは。
疑問に思い、ポケットの携帯を取り出そうとするがポケットには何も入っておらず、俺が持っていたはずの生徒手帳やメモ用紙、そして通学定期に至るまですべての所有物が消えていた。
「本当に過去かよ……」
ふと、電気屋が見えたので店内に入ってテレビが置かれている場所へ向かい、視聴用に置かれている大きなテレビを見てみるとちょうどその日のニュース番組が始まったばかりだった。
『こんばんわ! 2012年の夏も暑いですね。皆さんはどうお過ごしでしょうか。
本日、8月13日のニュースですが』
……ほ、本当なんだ…………本当にここは二年前なんだ!
俺はそのことを確かめるや否やすぐにその場を走り出して店を出ると、
自宅に向かって全力で走って向かい始めた。
あの時、ニュースは8月13日って言っていた! 8月13日っていえばあの事件が起きる当日!
それに今の時間はさっき確認したときにはすでに18時を回っていた!
あと5分……あと5分であの最悪な事件が起きる!
2年前の2012年、8月13日。
あの日も蒸し暑い日が続いていた。
中学生だった俺は目前に迫った高校受験の勉強のために毎日、朝の早くから自習室に行っては夜の遅い時間帯に変えるという生活を続けており、家は寝る場所になっていた。
そんな時に俺と一緒に勉強していたのが幼馴染の山名理沙だった。
実際に俺がここまで勉強男になったのは頭のいい幼馴染がいく進学校に行きたいがためにテストで平均55点くらいしか取れない俺が自習室で必死に勉強していたんだ。
まあ、簡単に言えば好きだったんだ……理沙が。
その日も理沙を誘って自習室へ行ったんだけどその日は理沙はどうしても見たい番組があると言って家で勉強するって言っていたから俺は仕方なく一人で自習室で勉強していた。
でも、モチベーションの源であった理沙がいないこともあり、勉強が捗らなかったので、
いつもよりも早めに勉強を切り上げて家に帰った。
その帰り道、理沙が住んでいるマンションに野次馬と警察のパトカーが来ているのが見えたけど、
また、何かあったんだ……という風に考えてそこを通り過ぎた。
…………理沙が強盗に殺されたことも知らずに。
確かあの事件の発生時刻は夕方の18時56分!
この時間帯はまだ俺は自習室で捗らない勉強をしているから過去の俺とばったり鉢合わせすることもないし、この時間帯はまだ理沙の両親も俺の両親も仕事! 間に合う!
「っっ! なんでだよ!」
曲がり角を曲がった瞬間、理沙のマンションへ続く一本道の道路が補修工事か何かをしている途中だったらしく、光る棒を持った警備員の人が立っていた。
そ、そんな……まだだ! まだ、理沙のマンションに行く道はあるんだ! 時間は!?
周囲を見渡して時計を探すとちょうど道に設置されている長い棒に時計が設置されているのが見え、
時間を確認すると18時52分を指示していた。
「あと4分……間に合ってくれ!」
来た道を戻り、遠回りではあるけどぐるっと大きく回ることで工事している道路を避けて、
理沙のマンションへ繋がるもう1本の道に入ると車なども1台も見えずガラガラだった。
そうだ! この時間帯はこっちの道よりも向こうの道の方が信号が少ないから車が少ないんだ!
それを思い出しながらも俺は全力で走り続け、ようやく理沙の住むマンションへたどり着き、
正面玄関に辿り着き、理沙から秘密として教えられた暗証番号を入力した。
「はぁ!? 何で開かねえんだよ!」
押し間違えたのかと思い、もう一度教えられた番号を押すけど画面には赤い文字でEとしか表示されず、
扉が開くことはなかった。
この番号じゃねえのかよ! くそっ! せっかくマンションに辿り着いたのに!
「そうだ! 裏口だ!」
昔、理沙の家に遊びに行く時によく裏口の塀を超えて入っていたのを思い出し、
すぐさま正面玄関を出て裏口へと向かい、塀を上ってマンション内へ侵入すると、
近くの階段を使ってダッシュで3階へと向かった。
「ぜぇ! ぜぇ! つ、着いた!」
ようやく理沙の部屋の前に辿り着き、ドアノブを引っ張ると鍵が開いており、
心の中で理沙に謝罪しながらも靴のまま中へ入るとリビングの明かりが廊下に漏れており、
廊下を走って扉を蹴り開けるとそこには刃物を持った男が立っており、
理沙の姿は見られなかった。
「な、なんだお前!」
「うるせえ! この強盗野郎! 理沙は殺させねえ!」
「な、何の話だよ! ていうかなんで強盗だって知ってんだよ!」
「うるせえ! 警察呼ぶぞ!」
覆面を被った怪しい男は携帯と警察というワードにビビったのか刃物を俺に向けて威嚇しながらも、
廊下を出て慌てて玄関から飛び出していった。
「はぁ……はぁ……やった……やった! これで理沙が殺されることはない!」
そう声に出して叫んだ直後、俺の体が光の粒子となって消え始めた。
それを見た時、一瞬だけびっくりしたが未来が変わることを思い出した俺は腰を抜かすことなく、
その現象を受け入れた。
強盗は追い払った……これで未来は変わるんだ。
そう思った直後、視界が真っ白に染まった。
「……ん」
再び目を開けた時、次に広がっている景色は青空だった。
……あぁ、そうか。俺、未来を変えたんだっけ……。
そう思いながら立ち会がると時間帯はまだ俺が過去に飛ばされた時間とほぼ同じだった。
立ち上がってから周囲を見渡すけど俺を過去へ飛ばした張本人である女性の姿はどこにもなく、
ただただ屋上が広がっていた。
「変わったんだよな……未来は……理沙!」
俺はその事実に嬉しくなり、屋上の扉を抜けて階段をダッシュで駆け下りていき、
俺のクラスでもあり、理沙が配置されたであろう選抜クラスに入って周囲の好奇の視線を無視しながら、
黒板の横にひっかけられている教室生徒名簿を開いて理沙の名前を探した。
教室には見えなかったけど今掃除の時間だし、掃除でも言ってんだろ。さて、
理沙の名前はっと…………は?
生徒名簿を上から下を見るが理沙の名前はなく、慌ててもう一度、今度はゆっくり見ていくが、
理沙の名前はなかった。
それどころか知らない男子の名前が1つ、増えていた。
「ど、どうなってんだよ……なんで理沙の名前じゃなくて知らない名前があるんだよ」
―――――――鴻上和也って誰だ
『どうやら未来はあなたの思うように変わらなかったようですね』
「っっ! あ、あんた」
背後からそんな声が聞こえ、名簿を持ったまま振り返るとそこには俺を過去に飛ばした張本人である女性が立っており、周りの奴らは動きが止まっていた。
『未来は確かに変わりました……ですがあなたの知らない事実があったようです』
な、なんだよ……さっきとは全然雰囲気が違うじゃねえか。
「し、知らない事実?」
『ええ。簡単に変わる未来と思っていましたが……どうやら複雑に絡んでいるようです』
「…………」
『貴方は何が何でも変えたいですか? 未来を』
「……変えたい。変えたいんだ! あいつに言わなきゃいけないことだってある!
あいつとやりたいことだってあるんだ!」
『…………良いでしょう。貴方を過去へ飛ばした時神として貴方をもう一度、
過去へ飛ばしましょう。さあ、お行きなさい。貴方の思う未来のために!』