南田、め、め、め、
遅くなりまして、大変申し訳ありません。
そうだ、思い出した!
この人私のバイト先の常連さんではないか!
なんで忘れてたの私…。こんな一度見たら忘れられないような綺麗な人。
我ながら自分の記憶力が不安になってくる。
日頃人の顔を見ない私は、ほとんど声と動作で誰かを識別してるから、常連さんといえどもバイト先以外でお客さんに会っても気付かない事が多い。
というか気付かない。今のように。
あああどうしよう!逃げたりして、お客さんに失礼なことしちゃった!
本当にあれはただの親切だったんだ。
(……というか……?名前教えてほしいって………!?)
ま、まさか、これは………。
スーパーに、クレーム……!?
そ、そんな。
バイト以外でのことをスーパーにクレームなんて、酷すぎる…!
確かに失礼なことはしちゃったかもしれないけど、あ、あんまりですよ!今プライベートだよ、こっちは!
教えないとだめなのかな…。
「わた、私の名前…」
「はい!」
「南田、め、め、め、」
「めめめ?」
「め、め、」
「めめめめめ?」
「…………」
心臓がどくどくと凄まじく脈うっている。
額はじんわりと嫌な汗を浮かび上がらせる。
何度この続きを言おうとしても、言葉がつかえて出てこない。
あと一文字だけなのに。
口をぱくぱくさせていると、金髪外国人は何かを思い出したように、「あ」と呟いた。
「失礼しました。相手の名前を尋ねる前に自分の名を名乗らなくてはいけませんね。」
「……は、あ…。」
え?いや別に、大丈夫ですよ。
「ロイ・ロベルタと申します。日本には仕事で来ています!」
「あ…。ロベルタさん…。」
「あ、ロイでいいですよ。ロロちゃんでも」
いきなりそんなフレンドリーになれるわけ無いじゃろが!
舐めるな日本人の慎み深さを!
……なんて心の中で悪態ついていると、私が降りる駅についてしまった。
やった、この緊張感からやっと解放されるんだね。
さっさと名乗って電車を降りよう。きっとクレーム入れられても、勤務時間外の事だから店長も許してくれるだろう。多分。
「あ……私、ここで降りるので。…飲み物ありがとうございます。」
小銭置いて言い逃げしよう。
よし!
「あ、僕もここで降ります。」
えっ!?
ドアが開くのと同時に、私の手を引いて歩き出す金髪外国人。
それがあまりに自然な動作だったので、何の違和感もなくついて行ってしまった。
な、ん……だと……!?
置いて逃げようと握った小銭が、手のひらで温かくなるのを感じる。
嫌な温もりである。ど、どうしてこんなことに。
「いやー、降りる駅が一緒なんて偶然ですね。」
「あはは……」
周りからの視線が痛い。なんであんなデブスがイケメンと一緒に電車から降りて来たんだ?という無言の視線が……。
本当だよ!なんで一緒なの!?
スーパーの近所に住んでると思っててっきり次の次の駅で降りると思ったのに、ここ?!
くう、人がどこに住もうともちろん勝手だけど悔しさが止まらない!
やめてやめて!こんな綺麗な人の隣にいたら私の醜さが浮き彫りになるよ!
「南田さん、この後ご予定は?」
「えっ?あ、ご飯作って……お風呂入って寝 ……………あ……」
あああああああ!!
ご飯作って風呂入って寝るとか馬鹿丸出しな事言っちゃった!!
そこは普通に何も無いでーすでいいのに!!恥ずかしー!あああああああ
あああああああ
………………ああ?
金髪外国人の人が眩いばかりの笑みを浮かべている。
いくら私がアホな事言ったからってそんな笑うことなくても…。
「それじゃあ」
「はい。」
「もし宜しければ、このあとご一緒にお食事でもいかがですか?」
ご一緒にお食事でもいかがですか?
ご一緒にお食事でもいかがですか?
ご一緒にお食事でもいかがですか?
その時、私の時は止まった。
それまでの緊張、思考も置き去りにし、体内の熱が外へ急速に逃げるのを感じた。
しかし人間とは不思議なもので、そんな状態においても無意識に口を開いた。
「……冷蔵庫のお肉が賞味期限なので……。」