毒の効果
一方その頃、日本の岸谷率いるBTR本部に新たに女性スタッフが追加されるという事を聞いた岸谷はその女性スタッフを待っていた。
BTR本部は外部の侵入をさせないため、ホログラムを使って、何の変哲もないビルに見せかけている。
そのホログラムを解くと、バカでかいドーム状の建物になっている事は一般人は知る由もない。
岸谷は本部をエレベーターを使って降りていた。
「こんな時に新しい人が来るのかぁ。 上は何を考えているのだろうか」
そんな愚痴をこぼしながら、やけに広いエレベーターは何も言わずに黙々と降りていた。
エレベーターが止まった時はもう一階に来ていた。
僅か、五分の間に最上階の三百六十九階から一階まで降りてくる高速エレベーターである。
一階に着いた岸谷はエレベーターが開くや否や、受付に居るスタッフに確認を取る。
一階は意外とどこにでもある会社のフロントのような作りである。
エレベーターから見て中央には受付嬢、奥には来客確認用のPCがある。
そして、左側には来客が休憩できるような、ちょっとしたカフェがある。
「今日、新人が来るって聞いたけど、もう来るの?」
突然、声を掛けられたので受付嬢は少し驚きながら、言葉を返した。
「あっ岸谷さん、お疲れ様です。 今日だと伺ってます。 予定ではもうそろそろ来られるはずですが・・・」
「そう、それじゃもうちょっと待つかな」
岸谷は仕方なくカフェで待つ事にした。 岸谷は大好物のコーヒーのブラックを頼んだ。
コーヒーが出てくるまで、十秒もなかった。
一体、どこから出てくるのか、それは岸谷だけが思ってることではない。
岸谷はコーヒーを飲みながら、強化人間の制作方法マニュアルを見ていた。
依然、隊長に渡された物だ。 医学的な事も書かれており、岸谷には大体分かるといった感じだった。
岸谷は優一が実験に参加させられた時の事を思い返していた。
それは丁度、二、三年前、はっきりとは覚えていない。 が、隊長の言葉だけは覚えている。
「過去で人が死んでます、大変です、隊長!」
「大変じゃな、過去の映像を早く映してくれ」
「映しました。 何ですかこれは? 謎の物体が人間を捕食しています。 過去にこんな事例はありません」
その後に隊長の言った発言を岸谷は一生忘れることはないだろう。
「大丈夫だ、また後で説明する。 今はあいつを過去に送れ」
あいつとは優一の事だった。 優一を送った後に岸谷は真実を告げられることになる。
ただの実験という事に。
岸谷は頭を左右に振り、必死に溢れ出しそうな怒りの感情を抑えていた。
すると、来客用の扉が開く音がした岸谷はその音がした方向を見た。
すると、そこにはドレスのような黒い服に眼鏡、ツインテール、お嬢様顔といった見たこともない美しい女性が居た。
女の岸谷でもうっとりしてしまうほど、綺麗な女性だった。
受付嬢が岸谷を見るや、あの人ですよと言いたいのか岸谷に向かって身振り手振りで岸谷に伝えようとしたが、まったく意味不明なジェスチャーだった。
それでも、岸谷はもう分かってるよとは言わず、その綺麗な女性の元に向かっていった。
「こんにちは」
先に声を掛けてきたのは彼女だった。
「本日から配属されました。 天田夜月と言います。 よろしくお願いします」
彼女の名は天田夜月、岸谷は顔も然る事ながら、名前も美しい事に驚いたが、そのまま会話を続けた。
「私は岸谷だ、宜しく」
「宜しくお願いします。 岸谷さんのお話は聞いてます」
「そう、それはどうも」
岸谷はいつもより、強い口調で言った。 それでも、天田は笑顔であった。
でも、その笑顔の奥には強い意志も感じられた。 だが、その意志など他人の岸谷には分かるはずもない。
「それでは本部まで案内します。 どうぞ、こちらへ」
岸谷は新人の天田を連れて先ほど、通った道まで引き返す。
エレベーターが上がりドアが開くと、森村が目の前に居た。
「こんにちは、森村です。 はっきり言うと私はここで、主に情報の伝達の指揮官を担当しています。 よろしくです」
「よろしく、天田です」
森村も天田の美貌に少々動揺しているようだ。
天田は言葉を交わすこともなく、そそくさと機械が密集している方へと歩いた。
天田は歓声を上げながら、無数にもある映像を一つ一つ見ては歓声を上げた。
岸谷と森村はオタクという言葉を人間を初めて見たのであった。
森村が担当する通称情報伝達部はフロアを丸々使っており、約、五千人は収納可能なフロアである。
そのため、現在の映像も過去の映像も全て抑えることが出来る。
壁に映し出される映像以外は全てホログラムの映像であり、一つの映像に一人の人間が見れるように人間を配置している。
なので、非常にシンプル、あるのは人間と映像と映像を映し出す電子機器だけである。
「あの、天田さん?」
空気を読み、岸谷がここで天田を呼び戻す。
「あ、すいません・・・ つい、興奮してしまいまして」
「いえ、それは問題ないですが、ここまで感心してくれると逆に気持ちいい物ですし」
「はは、何かすいません・・・」
天田は少し、笑いながらお辞儀をした。
「それでは本題ですが、私達の隊長に会ってもらいます、いいですね」
岸谷は一番大事な本題を繰り出す。
岸谷はこれ以上に緊張していた。 隊長に新人を連れていくことに。
気に入らなかったらすぐ追い出すような人だからだ。
でも、それが一番、理に適ってるのかもしれない。
信用できない人間を下に置く必要がないからである。
この隊長の身勝手な性格により、日本はここまで無事だったのかもしれない。
そのことを考えると、岸谷は複雑な気持ちになった。
「あ、あの岸谷さん?」
天田が喋りかけた。
「あっごめんなさい、では行きますか」
「はい」
天田もさきほどの顔とは違う顔つきになった。 隊長の事を事前に知らされていたのだろう。
知らされていて顔つきが変わらない人間など居ないのだから。
-トントン
「入れ」
貫録のある声が聞こえた。 その次に岸谷は失礼しますと添えてドアを開けた。
岸谷、森村の順に部屋へ入る。
「今日は新人を連れてきています、入らせてよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん。 入れ」
「天田さん、こっちへ」
岸谷は、ドアに近づき天田を誘導する。
「ご紹介にあずかりました、天田です。 よろしくお願いします」
「・・・」
今、そこに居る空間だけ異質だった。 岸谷も森村も天田も感じている。
まるで、木も人も風も空気もないような無の世界。
この世界を作り上げたのは、他でもない隊長だ。
誰一人として、言葉を発しない状態が五分以上も続いた。
無論、岸谷や森村や天田は三十分くらいに感じただろう。
それでも、隊長は天田から目を離さずじっと観察していた。
そして、空気が硬直してから六分半を過ぎた時、隊長が初めて口を開く。
「いいだろう、なかなか見込みがある。 良く、逃げなかった。 合格だ。 天田君だったかな?」
「はい、ありがとうございます」
「し、失礼しました」
隊長の作り出す空気に耐えられずに森村は逃げ去る様に部屋を出た。
それに続き、岸谷と天田も部屋を後にする。




