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小さな花

私に妹ができた。名前は『理恵』。名前の理由はまだ聞いてない。

今度聞いてみようかな。


理恵と対面したのは理恵が生まれて数時間たってから。お母さんが戦っているとき、おばあちゃんが自宅に報告をしたのが夜の十一時。

しかし、父さんは会社に残って残業をしていて家には私一人、しかも私は昨日は深夜まで課題と予習をしていて十分な睡眠を取れていなかった上、部活でへとへとに疲れていたので私はいつもより早い夜の十時に眠りについてしまった。

当然爆睡していたわけで、勿論おばあちゃんの電話に全く気付いていなかった。

父さんは幸い出産の立会いに間に合ったらしく、それから傍らで母さんを支えていたらしい。

「ひっひっふー」とか言ったのかな。気になる。

ちなみに電話に出ない私をおばあちゃんが何かあったのかも、と心配したらしく、家に行ったら私がベッドで寝ていて肩を落としたという実話が後世にまで伝えられることになる。

勿論その後はおばあちゃんに叩き起こされました。その後、夏だったから短パンにティーシャツというラフな格好をしていた私は上にパーカーを羽織って急いでいきました。当然出産には立ち会えませんでした。

おばあちゃんにごめんと謝ると、「反省しているなら早く曾孫の顔見せてね。」とおばあちゃんは笑って言った。おばあちゃんにはかなわないと思った瞬間である。


そこから何時間か経過してようやく理恵と会えた。

病室に入ると理恵は母さんの横ですやすやと寝息をたてて安らかに眠っていた。顔をのぞくとやはり猿みたいな顔をしていた。ごめんね、妹よ。こんな失礼な姉を許してほしい。

最近の研究では人類の祖先はハエではないのか、という意見が出ているらしいが、理恵を見ているとそれが疑えてくる。やっぱり人間の祖先は猿だ、と確信した。私が父さんに思ったことを言うと、「お前だって同じだったんだぞ」とケラケラと笑われた。何も言えなかった。


その後母さんに「抱いてみる?」と聞かれて抱かせてもらった。理恵は体重4千グラムと重めで、両手にずっしりとその重みが伝わる。もうちょっとダイエットして生まれてきてほしかった。私が言えることではないけれど。

私が抱いた瞬間に嫌がって泣かれたらどうしよう、と考えていると、それは杞憂に終わり理恵はまだ寝ていた。本能的に私が姉だってことが分かって気を許しているのだろうか。はたまたマイペースなだけか。寝ている理恵を見て、私はなぜか理恵のにおいを嗅いでみたいと思った。言っておくが私は変態ではない。

おでこに鼻を当てて、すぅーっと匂いをかぐ。どっかの漫画家の人が出産したときに赤ん坊からポテトスープの匂いがした、と言っていたけれどそれは本当らしい。人類から食べ物のおいしそうな匂いがするとは、なんとも不思議な事である。ちなみに、理恵の匂いでポテトスープが食べたくなったのは秘密だ。 




出産から何週間か経って、母さんと理恵が家に帰った。いや、理恵に関しては「帰る」じゃない

な、・・・・・この場合何と言うのだろう。会社を休んで、母さんのお迎え兼荷物持ちの役をしていた父さんは母さんに対しては「おかえり」、理恵には「歓迎するよ、理恵」と言って理恵の頭を撫でた。

すると理恵はそれが嫌だったのか、泣き出してしまった。

母さんは「あらあら」と言って理恵の背中を軽くとんとん、と叩いて宥める。父さんはどうしていいか分からず、おろおろと困っている。なんだか可哀そう。

ご近所さんに迷惑がかかるのでとりあえず私達三人は家に入った。

理恵がやっと寝付いたときに母さんの荷物の片付けを手伝い、一段落すると私のお腹の虫が鳴った。二人笑われてしまい、至極恥かしかった。私一応高校二年生なのに、これではまるで小学生のようだ。

母さんが「それじゃあご飯作ろうか」とキッチンに足を向けた。母さんが入院してからおばあちゃんが時々作ってくれたりしていたが、基本的にはコンビニ弁当やスーパーのお惣菜で何とか済ませていた、だから母さんの料理を食べるのはとても久しぶりだった。「スパゲッティが食べたい!」とリクエストすると、「はいはい。」と呆れながらも母さんは予想通りに私の我儘を聞いてくれた。ボンゴレスパゲッティを頬張っていると、理恵の鳴き声が聞こえた。お腹が空いたのだろう。

母さんが慌てて理恵が寝ている部屋に足音を立てて小走りした。しばらくして母さんが理恵を抱いて戻ってきた。授乳すると理恵は泣き止み、母乳を懸命に吸っている。

授乳している母さんの姿がルネサンスに描かれている女神様に見えてきた。それに習ったら理恵は天使か、猿顔の。

四人とも昼食を終えると、やっと理恵をかまうことができた。理恵とは出産のとき以来、病室を訪れるタイミングが悪かったからか、ガラス越しでしか見ることができなかった、そのため三日前に病院で見たのに長い間会っていないような感覚がした。だから無性に理恵にかまいたくてしょうがない。理恵のとても小さな手を持つと、突然薬指を赤ん坊とは思えない強い力で握られた。その瞬間嬉しい気持ちがあったが、しばらくしても理恵が手を離してくれる気配がなかったが、赤ん坊に対して力を使ったらいけないと思い、少し困っていた。父さんがその様子を見て「理恵はおねえちゃんが大好きなんだな~」と微笑ましく言っている、・・・・ように見えたがどこか寂しそうに見えた。さっき理恵に嫌がられたことを気にしているのだろう。そう考えるとますます父さんが可哀そうに思えてきた。実の父親を馬鹿にしているわけではない、少し優越感はあるが。


理恵が来て四ヶ月経った。何事もなく夜が訪れ眠りに着く。しかし私は深夜に起きてしまう事になる。理恵が夜鳴きを始めた。やはりか、と覚悟していたが想像以上に辛いものだ。これがほぼ毎日続くとは。姉である私がこうなのだから、母と父はとても辛いだろう。子供を育てるのは並大抵のことじゃない。

最初姉として両親を手伝おうと寝室に入ると母さんは「咲は寝てていいよ」と言った。本当は断ろうとしたが、学校もあるし、何よりも睡眠欲に負けてしまい、私は母に甘えてしまった。休みは手伝おう、と密かにベッドの中で決意し私は目を閉じた。


ある日の土曜日。今日は父さんが休日会社のため、家には私と母さん、理恵の三人で過ごした。昼食後、理恵がぽかぽかと日が差しているフローリングでお昼寝をしていた。掛かっている毛布は母が掛けたのだろう。私が理恵の横に寝転んで理恵の顔を暫く覗きこんでいると、母さんが家事を終わらせて一緒に寝転んだ。


「ちっちゃいな」、と私が呟くと母さんは「そうだね。」頷く。理恵は例えて言うなら、小さい花だと思う。花弁の色は赤、理由は何となく。理恵はこの小さい・・・・いや普通の赤ん坊に比べれば大きい方かな。でも私達にとってみれば小さいからだから察せる通り、弱い生き物だ。だから私達家族には理恵を守っていく責任がある。でも理恵はその代わりに私達を癒してくれる。きっとこれかたは夜鳴きだけでなく、成長すれば物を壊したり部屋を荒らしたり落書きしたりとお転婆をすることがあるだろう。でも、結局はこの純粋な笑顔で上手いように騙されてしまうんだろうな。今思えば子どもって小悪魔だな。でも、どこかで騙されてもいいって思ってしまっている自分がいる。早速シスコン症状がでてきてしまっているらしい。子どもって恐ろしい。


私は知らぬうちにニヤニヤしていたらしく、「なんでニヤニヤしてるの?」と母さんに笑われた。私の顔はタコになっていることだろう。

私は逃げるように、「可愛いね」と言うと、母さんは笑いを押し殺して「そうね」と言った。その気遣いが私を余計追い詰める。


「これからは咲はお姉ちゃんだから、理恵を可愛がってね。妹を手下にしちゃだめよ。」

母さんの中の私って一体どんな存在なのだろう。母さんの頭の中を覗いてみたくなった。

「そんなことするわけないでしょ、こんな可愛い妹に」と私が不機嫌に返すと、母さんは

「あら、咲も理恵のこと好きなの?」と父さんと同じことを言った。

私がためらわず頷くと、「仲のいい姉妹ね」と微笑ましく私達姉妹を見た。『姉妹』と言う単語につい嬉しくなってしまう。この十七年間私は一人っ子であったから、念願の兄弟ができて思った以上に喜んでいたのだろうか。自分の事は自分が一番分からないものである。


穏やかな時間が流れると家の電話が鳴った。母さんが体を起こして電話の置かれたリビングへ向かった。母が出ていった後、私は改めて理恵の顔を見た。やはり猿みたいな顔である。こんな顔だから、いや顔のせいじゃないけれど、理恵の未来が想像できない。私が理恵の顔を穴が開くほど見ていたからか。理恵が目を覚まし、私に屈託のない笑顔を見せる。私はその笑顔に何十回目か分からない癒しを受けた。私は自分のおでこを理恵のおでこに髪の毛一本分くらいの距離まで近づけさせた。


「こんなお姉ちゃんだけど、よろしくね。」


私が言葉を理解していないのだろう、まだ笑っている理恵に向かってそう呟くと、私は理恵のおでこと自分のおでこを軽くごっつんこさせた。



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[一言] いいな。 私も、妹欲しいです。
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