8.ユメユメ
三津が大好きのカテゴリに入れている男は、時折酷く愚かだ。
彼の厄介な夜のお仕事の為に、三津は渋谷を歩いている。一言付け加えたいのは、別に喧嘩を売って歩いているわけではない、という事だ。しかしながらいつきても、季節や時間帯に関係なく常に混み入っていて、全体的に埃っぽい街だと思う。
あまり好きな場所ではなかった。
傍らの男に付き合う形で、ここにいる。
--分かってない。
当然のことだと思われいる気がして、三津はきぃっと上を見た。この男はしばらく前から三津を失念している。酷薄な目玉は遠くを歩く、
--あのこを、
食い入る様に視ていた。
--むかつく。
丈を短くした制服のスカートから、尋常でなく長い肢体が伸びている。眩しいほどぴんとした命だった。背丈もラインも容姿も、彼女とはまるで違う生き物である。
三津の持たないものを水準以上で満たした少女は、外気の汚れを難なく掻き分けて歩く。その様と利人を、2・3度交互に見やってから、三津は両目を眇めた。口角を降ろし、目蓋で視線を鋭くしただけで、彼女の周りは凍て付く。瞬く間の変化を、男は捉える事が出来なかった。肝の冷える変化であるが、見落とした彼にとって、それは幸と呼べない。とてもではないが。
--冗談じゃないわ。
腹の据わりの悪い心持ちを、三津は持て余した。彼女だって暇じゃない。やりたい事はある。ゆっくりの歩調は常ならば心地良いかもしれないが、今この時点では何の意味も持っていなかった。
職質でも何でもすればいい、と思い立つ。なんといっても自分は仕事帰りでもある。
ひた。
三津は歩みを止めた。男は気付かずに歩いていく。
「ばぁか。」
彼女のしなやかな後退りは、爪先が鋭く踵の細い、華奢なヒールの所作ではない。ましてや、走ることが出来ようとは。猫科の如く、音も立てず。
「ひとりで居れば良いんだわ。」
走って走って息を切らして、携帯の電源も落とした三津は、彼女の知る中でもっとも清らかなひとへ会いに行こうと決めてしまった。