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Lace Edge  作者: 一夏
35/36

35.つめびき

「……これか、」


 つい、


 と、少しだけ優雅な仕草で彼女の腕を持ち上げた。

 先ほど叫んでいたのは、きっとこれのことだろう。利人はすっかり寝入っている、彼女の肘を見た。 幸福な昼寝に意識をおっことしている、三津という女のどこにどれくらいの傷が付いてしまったのか。利人には知る権利と義務があった。彼のものだからである。

 彼女の持っている、肘、という部位の薄さに慄いた。まるで刃物のように薄く、そのくせ妙に硬い。ぽちんとした水脹れは、匕首に落ちた水滴のようだ。その盛り上がりを、彼は圧した。

 ふにふにしている。

 液体が、薄い皮膚の下で逃げ行く感触だ。


 ふに、


 に、


 にに、


 圧して、触れて、撫でて。


 ぽつ、


 壊してしまった。

 流れ出る血漿の中に横たわる、優雅な動きを。彼は咄嗟に手の平で受け止めた。


「魚?」


 小さな、小さな小さな魚だ。透明に白い魚だ。目だけが真っ黒い。するる、と泳ぐ魚の体はとても懐かしい、少しの冷たさを湛えていた。


「どうしたもんかな、」


 彼は彼女の肘を再度見やって、手首を見て、指先を見て、


「……。」


 驚いた。


「爪か、」


 三津の左手の小指の爪が、きれいにさっぱり消え失せていた。優雅に少し長く、透明に白い、ひんやりしている彼女の爪が。利人の愛すべき小指の爪が。

 そっと。こそり、と、彼は白い魚を肘に戻した。


 彼女の目蓋が持ち上がる、三分前のことである。


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