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Lace Edge  作者: 一夏
32/36

32.口の虎

 呼び鈴が鳴って、三津は時計を見た。21時だった。半ば以上嫌な予感がしたので、そのまま居留守を使おうか、本気で悩む。

 けれども、


三津、


 外から呼ばわれて、彼女は抗えなかった。頑張った声だったのだ。





 利人は痣で出来ていた。


「--っと、」


 声が出ない。咽喉笛に噛み付かれているからだ。扉を開けると同時に、歯を立てられて、獲物そのままにずるずるとソファまで引きずられた。


「ぃた、」


 犬歯が僅かに首から離れ、その寒色に怖気がたつ。思わず痛みを訴えたのは失敗だった。ひゅっと獣の間合いで息をした男は、再び三津に噛み付いた。ぎりぎりと歯軋りまでする始末だ。悪化している。重力に沿って、唾液が皮膚の上を走る。利人は噛み締めているだけで、右手も左手も大人しく静止していた。


--この男は、


 全く、と思う。

 獣だ。甘噛している獣なのだ。

 手放しで可愛らしいと思えない理由は、彼女の肢に、きちんと充血させてきちんと当てているあたりにある。


--莫迦だわ。


 正真正銘の莫迦だ、と思う。


 ぐい、


 両手を頭に添えて、引き剥がす。痛がるとまた調子に乗るので、極力反応は返さない。


「利人、」


 首根っこをひっ捕まえて、目線を合わせた。強く強く。犬を脅す要領と同じである。


「めっ。」


いけません。


 電柱をコンクリに戻してしまう、規格外の強さを有しているその獣は、彼女のたった一言で諌められてしまった。


「待て。」


「……三津、」


 明らかに犬扱いである。ようよう人らしく途方に暮れ始めた利人は、それでもやっぱり待ってしまう。

 行き届いている躾に、彼女は幾分満足した。


「しょうがないなあ。」


よしよし。


 三津が頭を撫でる。

 利人は目を閉ざす。

 飴と鞭。


「利人、」


 眠たげなのは目元だけなので、三津はとっときの飴玉を口に放り込んでやることにした。


「良い子良い子してあげる。」


 仕方が無いではないか。褒めて育てるのが定石なのだから。


「痣だらけになるまで、」


よくがんばりました。



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