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Lace Edge  作者: 一夏
31/36

31.ベンティングマシン

 ぞわ、


 ぞわわ、


 彼への快感は、どうも下から上へと向かうらしい。


 ぞわわわ、


 こればかりは地球と引き合う力ではない。


--ああ、


だから、


--浮き足立つって、


言うのだわ。


 文字通り、地に足が着いていない感覚で三津はうっとりと男を見上げた。

 反して熾烈な利人の目線は、彼女の蟀谷と、それから背後へ集中している。この小花が連なった髪留めは、この先の露店で200円という安価で購入したものだ。

 勿論、彼女が。


--実は、


 こっそり、そうでないものも有るのだけれど。利人への視線を少なからず受けるような場面で、妄りに着けたりはしない。

 気付かないであろうと、高を括っていたのも事実であるが。

 けれども。

 予測は多かれ少なかれ外れるものだ。





「捨てろ。」


「は?」


 たった今、代価を支払ったばかりだ。


「買ったばかりだって、見てたでしょう。」


 彼女は呆れた口調で言って、きょと、と見上げた。


「ああ。」


見てた。


「だから捨てろ。」


「嫌ぁよ。」


 手の平で隠すように、耳の上に鎮座しているチープな金属に触れる。皮膚が小さく冷たい感触を伝えるのとほぼ同時に、彼の瞳孔はぎりぎりと絞られた。

 追い立てて首を狩るものの目線だ。

 しかしながらそれは彼女本人への獰猛さではない。無機の花と背後へ向けられたものである。唯彼女にとって非常に重要な点は、三津が介在しているということだった。


「利人、」


ねえ、


「利人。」


--この髪留めじゃぁ、


 本当に彼が向けたいのならば、と注釈が付く、この恐ろしい鬼の目玉は、


--行き着けないのに。


「なんだ、」


 明らかに人の発声よりも、唸りに近い声音で応えがあって、彼女は止まらなくなる。


「やきもち?」


 がっ、


 傍らの自販機に彼の拳。


 がん、


 コインを入れてもいないのに、中身入りの烏龍茶が一つ。


 がん、


 緑茶。


 ごん、


 珈琲。


 ご、


 ココア。


 がが、


 珈琲2缶。


「大当たり?」


 自販機が?心情が?

 どちらにせよ。


「……そうだよ、」


--ああ、もう、


「利人、」


「お前なぁ、」


 低く低く、獣は唸るものだ。

 狼然り、利人然り。


「触らせるな、」


 露店の男が彼女の髪に、耳に、触れた。


「だから、捨てろ。」


 ぞわわわわ、


--おにーさんありがとー。


「そうする。」


 コイン二枚の大当たり。



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