31.ベンティングマシン
ぞわ、
ぞわわ、
彼への快感は、どうも下から上へと向かうらしい。
ぞわわわ、
こればかりは地球と引き合う力ではない。
--ああ、
だから、
--浮き足立つって、
言うのだわ。
文字通り、地に足が着いていない感覚で三津はうっとりと男を見上げた。
反して熾烈な利人の目線は、彼女の蟀谷と、それから背後へ集中している。この小花が連なった髪留めは、この先の露店で200円という安価で購入したものだ。
勿論、彼女が。
--実は、
こっそり、そうでないものも有るのだけれど。利人への視線を少なからず受けるような場面で、妄りに着けたりはしない。
気付かないであろうと、高を括っていたのも事実であるが。
けれども。
予測は多かれ少なかれ外れるものだ。
「捨てろ。」
「は?」
たった今、代価を支払ったばかりだ。
「買ったばかりだって、見てたでしょう。」
彼女は呆れた口調で言って、きょと、と見上げた。
「ああ。」
見てた。
「だから捨てろ。」
「嫌ぁよ。」
手の平で隠すように、耳の上に鎮座しているチープな金属に触れる。皮膚が小さく冷たい感触を伝えるのとほぼ同時に、彼の瞳孔はぎりぎりと絞られた。
追い立てて首を狩るものの目線だ。
しかしながらそれは彼女本人への獰猛さではない。無機の花と背後へ向けられたものである。唯彼女にとって非常に重要な点は、三津が介在しているということだった。
「利人、」
ねえ、
「利人。」
--この髪留めじゃぁ、
本当に彼が向けたいのならば、と注釈が付く、この恐ろしい鬼の目玉は、
--行き着けないのに。
「なんだ、」
明らかに人の発声よりも、唸りに近い声音で応えがあって、彼女は止まらなくなる。
「やきもち?」
がっ、
傍らの自販機に彼の拳。
がん、
コインを入れてもいないのに、中身入りの烏龍茶が一つ。
がん、
緑茶。
ごん、
珈琲。
ご、
ココア。
がが、
珈琲2缶。
「大当たり?」
自販機が?心情が?
どちらにせよ。
「……そうだよ、」
--ああ、もう、
「利人、」
「お前なぁ、」
低く低く、獣は唸るものだ。
狼然り、利人然り。
「触らせるな、」
露店の男が彼女の髪に、耳に、触れた。
「だから、捨てろ。」
ぞわわわわ、
--おにーさんありがとー。
「そうする。」
コイン二枚の大当たり。




