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Lace Edge  作者: 一夏
30/36

30.花の中の花

 イランイランとシダーの香りの石鹸は、細かく強く泡立った。首筋や胸部、腕や足、身体中余すところ無く丁寧に洗い立てていく三津を、彼は見ていた。唯でさえ温柔だというのに、この泡が撫でて行った脂肪という脂肪は例外無く、溶けて落ちそうなほど柔らかくなることを利人は知っていた。目を細めて、彼は嗅覚に集中した。緩く甘く、


--濃い、


匂いだ。


 貝殻骨の隙間から馨るなら、彼女が使い分けている幾つかのボディソープの中でこれが一等好きなのだ。お湯に浸して上手に泡立てるところから見たくて、彼は時折浴室に乱入する。彼女は大抵低く抗議するけれど、極端に禁止したい理由が無い場合以外は、最終的に呆れて折れた。

 こつこつした背骨の隆起。彼の鼻がここが良いと決めた貝殻骨の丁度中心にそれはあった。


「利人?」


 強い芳香を放つ黄緑色の、長い長い五枚の花弁。


「なんだ、これ、」


「生えた。」


イランイラン、みたいよ?


 事も無げに言う。全く無頓着な三津の背に、彼は浴槽から伸び上がって鼻を寄せた。


--ああ、


 その匂いは彼の視床下部を強く詰る。

 すぐ真後ろに利人の顔があると知りながら、彼女は湯をかけた。泡の塊は周囲だけを溶かし、概ねその形のまま押し流されていった。浴室に立ち上る湯気はいっそう馨る。馥郁とした水気を肺に満たしながら、はたと彼は気が付いた。


「いつ、咲いた?」


「2日前?」


多分。


--48時間。


 三津はこの刺激を立ち上らせて移動し、働き、笑んで、話し、物を食べていたのだ。果たして、


--俺以外の、


 利人以外のどれだけの、


--誰の、


 深みを揺らがしたのだろうか。

 とても黒い澱は、彼を陰惨な気分にした。


「三津、」


 どう言えば良いというのか。否、彼に伝える気は更々無かった。馨りに酔うだけでは、到底済まない。


「この花は、」


 他の何者をも誘ってはならない、花の中の花を、彼は。


「摘むぞ。」


 しおり、


 啄ばんだ。



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