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Lace Edge  作者: 一夏
29/36

29.picking system

「利人、」


 何か嫌なことがあったのだろうか。会うなり彼女は手を伸べた。

 彼へと一目散に駆け寄った彼女を、利人はベンチに座したまま微動だにせず受け入れた。駆ける、といっても小走りが良い程度で、ぱたたっとした歩様はなんだか拙いものだった。


「どうした、」


「ヤな事あった。」


--やっぱり、


 利人は静かに苦笑した。

 頭を抱えるように廻っている細こい腕と、頬に当たるぽわぽわの乳房に彼は目を眇めた。夕刻を少し過ぎただけの公園という公共の場。そこで交わすには熱烈すぎる抱擁であるが、この居心地と世間とを秤にかけてしまえば、


「些事ね。」


 と、彼女は言うだろう。事実として、その通りである。規則正しい拍動は眠る体制一歩手前の穏やかさだった。星は見えないけれども晴れてはいるから、寒いことも無いだろう。

 有象無象の何に疲れ果てたのだろうか。

 少し身体を離した三津は、疲労をまぶした顔色をしていた。


「今日も一日お疲れ様でした。」


 言って、彼女は頬を寄せた。


「ぎゃぁ、」


 色気は欠片も無い、むしろ笑いを含んだ作り物の叫び。

 

「どうした。」


「ざりざりするよ、」


髭が。


「まあ、夜だからな。」


 ざらりと逆向く音を立てて面白がる。


「汗臭いし、」


 尚も離れない。


「やめるか?」


「やだ。」


 襟足を鼻先で探られる感触は、そう悪いものではない。


「疲れたよー。」


 上面ばかりの平坦な、一日の感想。


「そうか。」


「そう。」


 三津から漂う水に近い花の匂いは、体臭と混ざって既にラストノートである。程好く温い。

 衆人環視は全く減らない公共の施設であるが、ますますどうでも良い気分になって、彼は口角を持ち上げた。鋭利な笑みだ。善からぬ事が腹に有る。そう語るものだった。


「……利人、」


 三津とは似ても似つかない男の声である。利人以上にいつも同じ格好をしている。全身を、まるで欠片も外へ見せたく無いとばかりに着込んだ男は、今日も今日とて暑苦しい。


「他所でやってくれないか。」


--そういえば、


 彼らが勇んで跋扈する開けた地、程好く暗い時刻、であるはずが喧嘩どころか何にも起きていない。


「じゃあ、」


 よっと、彼は立ち上がる。


「他所、行くか。」


 彼女を首からぶら下げたまま、全く危なげ無く。


「さようなら、木内さん。」


 三津が手を振った感触。


--余計なことを、


 恐らく笑んでいるだろう。呆れる衆人を尻目に、利人は歩調を速めるのであった。



利人の趣味と職業が全くの謎。……いえ、決まってはいるのですよ??

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