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Lace Edge  作者: 一夏
28/36

28.コヨーテ

 何に会いたかったのだろうか。

 彼女は真剣に考えた。二人でいて彼女がその目で追うものは、生垣の朝顔やアスファルトの隙間の蒲公英や、年老いた猫だったりするけれど。


--利人は、


強弱を嗅ぎ分ける。


--あたしは何に、会いたかったのかしら。


 獣か鬼か人の強さでもって、立ちふさがる人々を凪いで行く男を見ながら、三津は考えていた。

 この喧嘩は後一人で終わらせる気なのだと、ちらりとこちらに意識を向けた利人を見て分かった。すうっと切れ込んだ眦の端で見られると、どうにも胸が喧しい。逃げなければならない心持に似ているから不思議だ。


「……逃げちゃおう、」


 ふふ、と笑うと、彼女は外灯の下からこそりと抜け出した。





 彼らの跋扈していた、どん詰まりから一番近い自動販売機の影でそっと覗く。利人は軽くいなす様に最後の一人をアスファルトに伏せ、実に自然に人工の灯りの下を見た。

 くるりと首を巡らす彼を見て、三津は楽しくなってしまった。


--探してる、


 うふふ、


 口に手を当てて、声を殺す。なのに。目線が、首が、足先が。それなりに離れた、こちらに向いて、三津は心底驚いた。そおっと離れる。

 もっと遠い曲がり角。電柱と街路樹の隙間。カーネルの後ろ。背の高い見知らぬ人の横。ポストの陰。

 するする逃げる。夜と人と無機質の間を、するする逃げる。


「うそ、」


 追われている。

 彼はどこへ立ち寄ることも無く、三津の後だけを、的確に、追う。金魚の口の様にはくはくと忙しない心臓がいけないのだろうか。

 公園の木の根元。


「お仕舞いか?」


「利人、」


心臓痛い。


「莫迦だな。」


 くいっ、と腕を引かれて立ち上がった。いつものように優しい力加減で、怒ってたってきっと変わらないのだろうと、彼女は幸せの高さを少しばかり高くした。


「何で?」


「何では、こっちの台詞だろう。」


ん?


--いやだな、


「すごく、もう、」


嬉しい。


「莫迦だな。」


「莫迦ね。」


 狼に追われた赤頭巾は、きっと幸せだったに違いない。あの眼光の鋭い生き物にこれと決められて一途に追われ、捕らわれ、食されて、


--幸せなんだ。


 狼の腹の中で一部始終を見ていない少女は、暗闇から手を引いて連れ出した男を猟師だと思い込む。故に容易に手を引かれ、己の真の住処まで案内してしまうのだ。


--おんなじ生き物なのに。


 優しくされたら獣ではない、なんて。赤頭巾は短絡的だ。


「どうして分かったの?」


「気配と、」


その、


「ひらひらした赤いスカート。」


「ああ、」


 獣でも鬼でも人でも。


--あたしが浅慮でも。


「利人、」


 彼に会いたかった。


「会いたかった。」


 あいたかった。



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