28.コヨーテ
何に会いたかったのだろうか。
彼女は真剣に考えた。二人でいて彼女がその目で追うものは、生垣の朝顔やアスファルトの隙間の蒲公英や、年老いた猫だったりするけれど。
--利人は、
強弱を嗅ぎ分ける。
--あたしは何に、会いたかったのかしら。
獣か鬼か人の強さでもって、立ちふさがる人々を凪いで行く男を見ながら、三津は考えていた。
この喧嘩は後一人で終わらせる気なのだと、ちらりとこちらに意識を向けた利人を見て分かった。すうっと切れ込んだ眦の端で見られると、どうにも胸が喧しい。逃げなければならない心持に似ているから不思議だ。
「……逃げちゃおう、」
ふふ、と笑うと、彼女は外灯の下からこそりと抜け出した。
彼らの跋扈していた、どん詰まりから一番近い自動販売機の影でそっと覗く。利人は軽くいなす様に最後の一人をアスファルトに伏せ、実に自然に人工の灯りの下を見た。
くるりと首を巡らす彼を見て、三津は楽しくなってしまった。
--探してる、
うふふ、
口に手を当てて、声を殺す。なのに。目線が、首が、足先が。それなりに離れた、こちらに向いて、三津は心底驚いた。そおっと離れる。
もっと遠い曲がり角。電柱と街路樹の隙間。カーネルの後ろ。背の高い見知らぬ人の横。ポストの陰。
するする逃げる。夜と人と無機質の間を、するする逃げる。
「うそ、」
追われている。
彼はどこへ立ち寄ることも無く、三津の後だけを、的確に、追う。金魚の口の様にはくはくと忙しない心臓がいけないのだろうか。
公園の木の根元。
「お仕舞いか?」
「利人、」
心臓痛い。
「莫迦だな。」
くいっ、と腕を引かれて立ち上がった。いつものように優しい力加減で、怒ってたってきっと変わらないのだろうと、彼女は幸せの高さを少しばかり高くした。
「何で?」
「何では、こっちの台詞だろう。」
ん?
--いやだな、
「すごく、もう、」
嬉しい。
「莫迦だな。」
「莫迦ね。」
狼に追われた赤頭巾は、きっと幸せだったに違いない。あの眼光の鋭い生き物にこれと決められて一途に追われ、捕らわれ、食されて、
--幸せなんだ。
狼の腹の中で一部始終を見ていない少女は、暗闇から手を引いて連れ出した男を猟師だと思い込む。故に容易に手を引かれ、己の真の住処まで案内してしまうのだ。
--おんなじ生き物なのに。
優しくされたら獣ではない、なんて。赤頭巾は短絡的だ。
「どうして分かったの?」
「気配と、」
その、
「ひらひらした赤いスカート。」
「ああ、」
獣でも鬼でも人でも。
--あたしが浅慮でも。
「利人、」
彼に会いたかった。
「会いたかった。」
あいたかった。




