27.光彩
真っ黒髪の女がシャボンを集めていた。虫取り網で。不思議なことにそれくらいでは割れようで、行過ぎる彼は、
--最近のは強いのか、
なんてことをぼんやりと思っていた。ともあれ、女の集めるシャボンはビー玉の様に網に収まっている。酷く満足げなその顔には見覚えが無いので、彼は唯黙々と歩いていた。三津に会うために、である。
--風向きそっちのけ、か?
そっちのけ、である。彼が目的地と定めた方向から、風の向きも強さも一向に気にせずに、シャボン玉は漂ってくる。その沢山の軽い球体とすれ違いながらも、彼は未だ、
--不思議なこともあるもんだ。
とか考えていた。僅かな引っかかりを人は嫌な予感と呼ぶ。
ひゅう、
ふわ、
わわ、
彼にまとわりつく仕草を見せる。勘違いでもそう思えるくらい傍寄ってくる。丸められた液体の一つを彼の手は、指は、
ぱちん、
割ってしまった。
『利人、』
振り返る。正面に目を凝らす。左にも右にも、上にも下にも。八方に意識を凝らすがどこにも居ない。代わりに漂うのは、ふよよっとしたシャボン玉だけだ。
ぽちん、
『今日は来ないかな、』
--行くよ。
ぱち、
『会いたいのに。』
--三津、
ぱちん、
『アイス食べたい。』
--買ってく。
ぱ、ち、
『チーズのやつね。』
--分かってる。
ぱちっ、
『利人、』
--三津?
ぱちっ、
『早く来て、』
彼は駆け出した。
アイスを片手にすることは忘れずに。
けれどシャボン玉を掻き集めようなんて、思いつきもしなかった。




