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Lace Edge  作者: 一夏
26/36

26.rush for men

ロリ注意。

 都心部の混雑は苦手なようだった。第一に道が覚えられない、と顰め面で言った。どちらを見ても同じに見えると言う彼女の意見に、彼は、なるほど、と肯定の意を示した。

 確かにどこを見ても人は多く、空虚に混じったタバコやアンモニアの匂いも同じで、ついでに店構えも似通っている。


「利人が居なかったら、長居したくない。」


 お世辞無しの真面目な顔した三津を確り足止めして、言い放たれた彼はその余韻のまま眠ったりしたのだけれど。





 目が覚めると、幼くなっていた。三津が。


「……幾つだ?」


 こき、


 小さな音と共に傾げた彼女の首は小枝のようだった。


「12とか3とか4、くらい?」


「幅広いな。」


「ちびっちゃかったの。」


 言葉通り、ちびっちゃい彼女は纏った夜着を持て余していた。ずり刷りとはだけてしまう衣類から見える、体躯の一部始終を凝視してしまう。


--まずいだろ。


 12とか3とか4。本来の年齢の半分ほどになってしまって、正真正銘の少女ははっきりと守備範囲外のはずなのだ。けれど、


--まずいだろ?


 女と少女では肌の柔さの種類が違う。利人が好いた温柔さと湿度を剥離させた、否、備え付ける前の生木の小枝だ。いたいけで、いたいけで、なのに。


--なのになあ、


 彼は後頭部を掻いた。あっさり諦めたのだ。諦観の念である。


「三津。」


「そうだよ。」


 賢しげな笑い顔の作り方はやはり一緒で、小憎らしいのに安堵する。


「ちびっこだけど、あたしよ。」


 ベッドと水平に腕を伸べた。掛け値なしの笑顔は、それだけでどこか完結している。彼女が彼女である、という一点なのかもしれない。しかし、利人には十分だった。それだけで良かった。

 痛々しい「肘」と名の着いた関節を、そぉっと掴んだ。暴力的にささやかな骨。


「ねえ、利人、」


 胸も腰も無い。最早、布が離れて行くがままにした、裸身の腕で、明け透けな顔で、


--同じ声で、


「利人、」


抱っこ。


 彼女は彼女だった。

 三津は三津だった。


「利人が居なきゃ、ここから帰ってた。」


 抱き上げると、お返しとばかりに彼の頭は、その細い両腕に巻きつかれた。恐ろしいまでの白色が視界を埋め尽くす。

 皮膚の色だけは変わらないようだ。よくよく覚えのある飴玉の色目は、混濁の無い甘めの印象で、利人の視覚に対してとても優しい。けれども、彼が愛でるためだけに存在していた丸い乳房は、花弁の反りほども無い。

 砂糖を固めてこしらえたような、この骨張った体躯がこの幾年か後に腫れ上がるのだ。そうして利人の良く知る水菓子に発育する。

 熟す、という装飾を施されて、やわく、


--倦んで、


 行くのだ。

 彼女は小さな身体を使うことに慣れていた。彼の腿の上に乗り上げて、小枝の指で釦を外していく。


 ぷつ、


 小さな振動は布の下の肌へ細波を広げた。二つ、三つ、と開かれる間も、少女は利人に喰らいついている。薄っぺたい舌先で口角を擽り、上口唇を甘噛する。尖った牙が惜しげもなくぶつかってきた。

 すっかり開いた胸を下から撫で上げ、首筋のリンパ腺の上を通り、耳介を滑る。三津は利人の両目を塞いだ。

 途端に嗅覚と触覚が鋭敏になるのは、彼の獣の性である。


--誰が、


 ぷつんと浮かんだ。思いついてはいけない禁忌であるから、彼は急いでそれを追いやり、少女の皮膚の薄さに集中する。

 いたいけな三津にとって蹂躙ではなかったのだと、重々承知しているからだ。望んで施した刺青のようなものだ。

 利人に消すことは出来ない。

 盲いたまま彼は三津に身体を明け渡し続けた。耳介に尖りを感じ、その一瞬の後には耳道を舌で埋め尽くされた。


 ざ、ざざざ、


 ざざ、ざ、


 耳慣れない音。温柔で小さな舌先、その支配に聴覚をもされるがままにしていると、少女の呼気が髪の生え際に溶けて行った。

 下腹に力を込めて、それらの全てに彼は耐えた。

 おさない少女に分解されることが、とてつもない快楽だった為に。


「利人、」


 不意を撃つ、幼い声帯。呼ばわれたのが己であること、それが愛しい。

 手の平を拳にして、彼は掻き抱く衝動を宥めていた。


「利人の匂い、」


 鼻先で襟足を弄るのは、彼女の無意識である。何度落下したことか。

 ぎゅう、と吸い上げられた。痣になったに違いない痛みだ。銘を打つ、そんな行為だと漠然に理解した。既に利人の心は組み立ててゆく段階を超えて、唯唯、もっと細かに触れてくれないかと皮膚の軌跡ばかりを追っていた。

 光が戻った。

 肩からシャツが抜かれ剥き出しになって、朝であったことを思い出した。

 如何に少女であるか、縮んだ三津が他愛無いか。如実にするには十分すぎる明るさだ。

 薄ぅい肩口と胸に、蜘蛛の巣の緻密さで青い静脈が走っている。なだらかな腹部へ薄青い網は続いている。

 少女は全裸だった。

 すべての白が、肌が、目に痛々しく薄い作りだ。産毛が陽光で輝き、皮膚に金を刷いている。

 喰らいたいと、リーは心底思った。指に二の腕を掴まれ、一瞬思考は停止した。液下に近いやわい場の静脈をきつく吸い上げられる。爪の先で腹筋の一つ一つを丁寧に擽られたかと思うと、臍窩を舐められた。

 成長しきっていないのに、この舌は良く働く。味わうためだけではなく、情報までも吸い上げているのだろうか。

 縁を噛まれ、何度も出入りする動きは、まるで擬似である。


--抱き慣れている。


 愛しみ慣れている。


--誰を、


 強く。時を経るたびに強く。過ぎ去った昔に、どれ程深く、


--誰に、


どれ程膨大に?


 彼は迷わずに、歯を立てた。


「利人っ、」


いたい、


「いたいよ、」


 体重は細かく、如何程も無い。両手で掴んだなら、容易に持ち上がった。

 将来、成すはずの乳房にすら与えたことのない力加減で、幾つも犬歯を立てていく。滲んだ朱を吸い上げて更に濃いものにしていった。首にも腕にも。

 たちまちのうちに、打撲を全身に受けたかのような凄まじい内出血になってしまった。


「いたいよっ、」


 けれども泣きはしない。どこかに仕舞いこんでいるからである。発声の仕方も子供にありがちな斑なものではなくて、どこまでも一枚だ。


「三津、」


 呼んだ。くるりと瞳が動いて、利人を捉えた。


「三津、」


 もう一度呼ばわるのと、同時だった。


「っ、」


 ちっちゃい平が、彼の鎖骨を突っぱねる。平素であっても適いっこないのに、そんなことまで忘れてしまったように、何度も叩いては棒の要領で突っ張った。


--誰が、


 三津からまっさらを奪ったのか。

 恋情を向ける割にどこかが究極にフラットな彼女は、利人を呑み込めた。

 欠片も噛み砕かず。丸呑みである。

 突き当りの部屋にこの先もしかして住み着くかもしれない小さなものだって、抹消しかねないくらいの快楽があった。

細い背骨を指で引っ掛ければたちまちにうねり、爪先まで撫で降りれば細波がおこる。

 彼のものだった。今のこの事実以外、おきてはならない。

 容易く、ともすれば腕が二巻き出来そうな身体へ力を込めると、繋ぎ目と背骨が同時に軋んだ。

 ぎちぎちという音は一体どこから発せられているのか、もう彼には特定できやしない。端から突き止める気も起きなかったろう。

 彼女に刻まれた何某かへどうやったら上書きできるか。彼は無意識で模索している。漠然とした不安。


--いっそ、


 この身体を抱き潰して、中から滑らかなあばら骨が見えたとしても、まだまだ緩めることなくこの胸に引き寄せて、


--串刺して、


 骨と骨が縺れてしまえば良いのに。

 それを夢想して、けれども何よりも快楽を先行させた絡まりを、繰り返し繰り返し。

 彼女の中で昇華してしまった圧倒的なシルエットに共感している自分を嫌悪し、同時にすべてを明け渡さない少女へひたすら飢えていた。


「ぃたぁい、」


 苦痛で咽ぶ。一見他愛ない少女に無体を強いる。

 繰り返し、繰り返し。彼は震撼する。





 目が覚めると、華奢になっていた。三津が。


「で、」


幾つだ?


 昨日の今日である。更に縮んだ三津は、普段彼が接触する機会の無い小ささである。事実、彼は初めて触れた。


「6か7か8?」


 6か7か8の子供に。


「ほんとに子供だな。」


「見たまんまじゃない。」


 これで生きていけるとは、と妙に感慨深い。


「利人。」


 額を上へと撫でると、生え際のけぶる和毛がとてつもなく細くて、喉が詰まった。彼が持つ薄くて平たい口唇を押し付けると、頭蓋の間の仄かな脂肪が思いのほか柔らかい。


「利人、」


 彼はそのまま食んだ。


「三津だな。」


「うん。そうなんだよね。」


おかしいねえ。


「そうでもない。」


「そう?」


 膝によじ登って来る体重の、なんて幽かな事。


「匂いが同じだ。」


「そう。」


 猫のように擦り寄って、小さな女の子が笑った。


「利人が居るから、今日も居るの。」





 目が覚めると、稚い姿になっていた。三津が。


「3つ、くらいか?」


「うん。」


 自分を見やって彼女は頷いた。舌の短さそのままの、喋り口調である。

 一変して、どこもかしこもふわふわとした脂肪で覆われた小さな小さな体は、とんでもなく可愛らしい。同時にとてつもなく恐ろしく感じた。彼が彼自身を。

 どんどん出来立てに近くなっていく三津は、どれ程稚くとも紛れも無く彼女であった。そう感じるだけの歴然とした、消し去れない、確固たる、


--基盤が、


あった。


 クッションを持つような容易さで、彼は三津を抱き上げた。


「三津だな。」


「におい?」


「ああ。」


 出来上がった菓子から素材の甘さを除けないような逆行である。


「ね、利人。」


 やっぱり首を傾げて、彼を呼ぶ。彼の名前だけ、発声の方法が全く同じだ。


「あたし、きえちゃうね。」


 恐れは微塵も含まれておらず、代わりに彼が動揺した。声も無い。


「あしたにはしゃべれなくなって、あさってにはいないわ。」


 つるんとした台詞は、利人のどこにも引っかからない。留まり様が無いのだ。だって摩擦がどこにも無い。


「おい、」


「あたしはいいの。」


 瞬きをする度に、彼の間近で光に反応する瞳孔は、確かに生きている。


「利人がいるところでおこることだから。」


 柔らかい、レプリカではない生身はそう言った。果たして。彼は、


--どうなる、


 三津が消えるというのなら、そうなのだろう。利人が取り除くべき恐れは無いようだから。彼は受け入れた。

 では、自分は。


「三津、」


三津、


「俺は?」


 どうなるのだろうか。






 ぺちぺちと額を叩く、三津の手指。掴んで引くと容易く落ちてきた。腕を巻きつけて彼が少しの力を込めると、細い背骨が、こきん、と鳴いた。


「く、苦しいから!」


 頬に当たるふわふわの皮膚。暖かい血の巡りの音。


--夢だった。




まさかの夢オチ……!!

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